フライト・チキン2

 イグノちゃんの開発した機械式荷車(虫みたいな動きをする山岳用ではなく汎用の車輪型)を2台持ち込んだが、そこに積まれた物資だけで2130人もの食事は当然ながら賄えない。そもそも積んであったのは、不味くて持て余していた帝国軍の携行糧食。鉄板みたいに硬くて、錆びた鉄板でも齧ってるみたいな味のする保存用の……乾パンと乾肉、みたいなもの・・・・・・だ。どっちがどっちかは見てもわからないし、食べてもそんなに区別がつかない。それは緊急時に蓄えておけとメイブル村長に体よく押し付け、魔珠を使って新たな荷車を呼んだ。

 少し、思いついたことがあったからだ。


 魔王城からタッケレルまで40哩(約65キロ)の道程は、整備された新街道も貢献して追加の機械式荷車5台が小一時間で到着した。

 そう、ここは街道の比較的近くに位置している。村自体は少し奥まったところにあるが、街道に近い場所に新村を整備すると宿場町に出来るのだ。


 アタシは今後誘致する予定の商人や観光客が魔王領の旅を楽しんでもらえるように、街道をいくつかの宿場町でつなぎたいと考えていた。

 魔王領を南北に縦断する街道の全行程は、試算した段階では300哩(約480キロ)。これは南端にある海辺の漁村ヒルセンまで貫通した場合の数字。メインルートである(王国と国境を隔てた魔王領北端の街)メレイアから、山の上の魔王城までは、だいたい250哩(約400キロ)。

 王国から魔王城に向かって山道を登ると、六合目あたりに温泉が湧いている村バッセンがある。ここが宿場町の最有力候補。二合目と四号目にも何か欲しいところだが、それはさておき現在いるタッケレルは八合目の手前くらい。

 何か客を呼べる売りがあれば、ここも栄えるはず。


「そこで、これよ!」


 村の住人たちが、ポカンとした顔で荷車から降ろされる野鶏ヤケイの群れを眺めていた。

 噂には聞いていたけど、オスはひときわデカいのね。まだ肉の柔らかい若鶏・・の筈なんだけど、前に見たメス(成鳥)と同じサイズ。ただし、あの可愛らしさはない。人でも殺してそうな目付きの悪さと、いつでも蹴り殺すといわんばかりの態度。遠巻きに眺める獣人族たちも、いくぶん腰が引けている。


「陛下~?」

「ああカナンちゃん、待ちかねたわ! オマリー伍長、部下のみんなと後ろの荷車からフライヤー下ろしてくれるかしら。ああ、油はそこの樽よ、コリンズ伍長たちに手伝ってもらって。ねえタバサちゃーん、あなたお料理出来る~?」

「お任せください陛下、実はわたくし原隊は給糧中隊でして」


 あら頼もしい。要領を得ない村人よりも勝手知ったる新魔王軍の兵士たちの方が話が早いわ。

 甲高い悲鳴に振り返ると、広場の端に並べた野鶏の首をバーンズちゃんが嬉々として刎ね飛ばしている。とっても有難いんだけど、お客さんがドン引きしているんで出来れば見えないところでやってくれないかしら。

 その横で血抜きをしているのはモル軍曹。妙に手際が良いのは料理慣れしているからだろうと深く考えないことにしておく。


「ま、魔王陛下、これは……」

プレゼン・・・・よ。実は会食を兼ねて、あなたたちに提案があるの」


◇ ◇


 魔王領で豊富に自生するハーブやスパイスは、“菌糸概要”と並ぶ先代魔王様の名著“食餌薬典”にかなり詳しく記されており、凝り性なのか何なのか植生・効能・栽培時の注意点と図解入りで非常にわかりやすく、重宝させてもらっている。

 どうも最初は回復薬ポーション的な物を目指していたようなのだが、途中から味覚と健康を追求する方向にブレ始め、中華料理の薬膳みたいなところに突き進んでしまっている。

 ともあれ。


 じゅわわぁーっという音とともにどよめきが広場を包む。

 小さめのバスタブほどもある巨大フライヤーを前に、飢えた獣のような獣人族たちが身悶えながら見守っていた。

 フライヤーの横では、バーンズちゃんの部下であるタバサ伍長の分隊が、連携の取れた整然とした動きで鶏肉を分断し、スパイスをまぶし、小麦粉(少し片栗似のデンプン粉入り)をまとわせ、ゴマに似た風味のナッツオイルに投入する。

 揚げ担当は、魔王城厨房部隊のエース、カナンちゃん。芳しい香りの油で揚げられ、“野鶏の唐揚げ魔王風”が着々と完成に近付いてゆく。


「うわぁああ、なんて良い匂い……!」

「何だこれ、何なんだこれ、嗅いでるだけでウズウズするこれ、いったい何なんだよ……」

「へいかー、なあへいか、まだー? おれハラへってもうダメ……」

「もうすぐよ、待ってなさーい」


 付け合わせには山盛りのポテトフライ。芋は品種改良中の野生種(小ぶり)だが、これはこれで悪くない。

 モル軍曹率いる軽装歩兵部隊が、配膳とつまみ食いの監視を行う。


 視覚と嗅覚と聴覚を狂おしいまでに刺激され、一部の若者は半分暴徒化しかけている。数千もの獣人族たちの胃袋をガッチリとつかんでいるこれは、紛れもなくひとつの魔力・・だ。

 ちなみに、肝心のメイブル村長は唐揚げの匂いに正気を失っているため、ビジネスの話は微塵も進んでいない。ヨダレを垂らして身悶える相手と仕事の話をする気にもならず、これは食べた後にするしかない。


「では、いただきます」

「「「いただきます」」」

「っただきまふァチぃッ!?」


 先代魔王の広めたものらしい挨拶の後、フライング気味にかぶりついたウリ坊集団が溢れた肉汁に悲鳴を上げる。


「う、ぅまッ」

「鳥なのに、お肉やぁらかーぃ」

「まわりのこれ、すごーく良い香り……」

「何だこれ、カリッカリでサックサクなのに、ジュワーッてこれ、何なんだ、これ!?」


 涙を流してむしゃぶりつき奪い合う村人たちを見て、アタシは勝利を確信した。

 ただし、現時点では商売の、だ。


「あの、まおーさま」


 見ると、小さな人狼族の女の子が、お土産なのか大きな葉で包んだ唐揚げを持ってアタシを見上げていた。


「これの作り方、教えてもらえませんか。おとーさん、お仕事でいないの。でも、食べさせてあげたいの」

「あら、良い子ねー。もちろん、いいわよ。残った材料も鶏も置いていくわ。でもいまは、ちゃーんと美味しく作れるように、いっぱい食べて味を覚えてちょうだい」

「は、はいッ!」


 思わず抱き締めて頭をワシャワシャと撫でると、フサフサの尻尾が元気よく振られた。

 この村は、栄えるわね。いえ、絶対にそうさせなきゃ。


 精肉換算で3トン近くあった筈の野鶏唐揚げと、荷車1台分のポテトが一瞬で消え、食後に恍惚とした表情の村長と話した宿場町計画と養鶏ビジネスの話は2分で契約が締結された。

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