初めての傷心

 アタシは叛乱軍撤退の報告を聞いて、城内でレイチェルちゃんたちと合流した。

 疲労でグッタリしている部下たちを見回り声を掛けながら、上気した顔で息をいているのは、接収された宰相派の領地から新魔王軍に合流した地元駐留軍のミルズ少尉。多分そうやって部下たちを鼓舞しながら馴れない前線で気を張っていたのだろう。意外と、野戦指揮官としては優秀なのかもしれない。


「お前たち、魔王陛下の前だぞ、シャキッとせんか!」

「「「はッ!」」」

「ああ、いいのよ、そのまま休んで。お疲れ様、すぐお風呂と食事の用意が出来るわ」


 いち早くアタシに気付き整列させようとしたミルズちゃんを手で制し、歩く冷蔵庫リフレちゃんに頼んで、兵たちに水を配る。冷蔵庫内には柑橘系のフレーバーを付けた冷えた水が入っている。歓声を上げて飲み干す彼らを見て(?)、リフレちゃんもどこか満足そうなゴロゴロモーター音を鳴らす。


「怪我はない? あなたたちも平気?」

「軽傷者が数名出たのみです。陛下の新兵器のおかげで、終始優勢に戦いを進められましたので」

「! ……すぐにその人たちのところへ連れてって! 他にも、ちょっとでも傷があるひとは全員、必ず申し出てちょうだい!」

「……え?」


 尖塔に上がったイグノちゃんが突入してきた敵を狙撃してくれてたことを、アタシは知ってた。新兵器というのは彼女が極秘に開発した(でもパットが全部バラしちゃってたからバレバレだった)……魔導クロスボウ? か何かのことだろう。

 軽傷者という人たちに安癒を掛けながら、念入りに傷を消毒する。消毒液を塗っていると、後ろにショボンとした気配がした。


「魔王様」

「ああ、お手柄よイグノちゃん。あなたのおかげで誰も傷つかずに済んだわ」

「ご存じだったんですね。わたしが、その……」

「アタシのいた世界では、“弱者の核兵器”、って呼ばれてたわ」

「……かく?」

「核兵器というのは、まあ魔法の業火を何万倍にも高めたみたいなものね。それは強大な軍事力の象徴だったけど、超大国しか作れないし使えない。だから、弱小国にとってはね、化学兵器とか生物兵器がその代わりになったの。つまり、あなたの開発した、これよ」

「”菌糸概要”で調べて、兵器に利用できそうなものを使いました。でも、先王様はそんなつもりで研究されたのじゃないです。魔王様もわたしの力をそんなことに使わせたいだなんて思ってらっしゃらなかった。わたしは、おふたりの陛下の理想を……汚したのです」


 アタシは負傷兵たちの治療を終え、イグノちゃんに向き直る。ションボリした表情の彼女はいつにも増して小さく幼く見えた。……パットが漏らした実年齢はともかく。


「先王様がどんな人かは知らないわ。良いところも悪いところもあったでしょうね。ただアタシから見て、彼がひとつだけ間違っていたと思うのはね。現実より先に理想を優先したことよ。そのために傷付かなくてもいい人たちが傷付き、死ななくてもいい人たちが亡くなった。アタシはそれが許せないの」

「それは、みな納得して……」

「そんなわけないでしょ。だったら導く者が間違ってる」

「しかし」

「民があって初めて王なのよ。いきなり王と呼ばれて、民のいない国の打ち捨てられた玉座に座らされた気分が、どんなだかわかる?」

「……そ、それは」

「あなたを……あなたたちを責める気はないのよ。でもね、あのとき思ったの。先王は無能だったんだなって」


 空気が固まった。周囲が静まり返った。その場にいた誰もが、硬い表情でアタシを見る。

最も強い視線は、アタシの身を守るためずっと近くにいたセバスちゃんのもの。殺意に近い怒りが、チラチラとこちらに刺さる。

 それも当然だ。何よりも大切な思い出を、誰よりも愛した男を否定したのだから。


「……我が、君。と、取り消して、ください。魔王様であっても、先王様を、彼の理想を愚弄することは、許せません。……絶対に!」

「だったら、あなたもアタシの配下から除名するわ。これからは、彼の思い出とともに暮らしてちょうだい」

「……本気で、おっしゃっているのですか」

「ええ。いま最優先するべきは、愚にも付かない綺麗事なんかじゃない。アタシは彼を許せないし、同じ轍を踏みそうだった自分のことも許せない 。イグノちゃん、あなたは何も間違っていなかったわ。間違っていたのはアタシ。非情な決断は魔王であるアタシ自身が魔王の名のもとに決断し命じるべきだったの。それだけよ」

「……ッ!」

「ま、ままま……魔王様!?」


 駆け去ったセバスちゃんとアタシを交互に見て、イグノちゃんとレイチェルちゃん、そして事情がよくわからない顔のミルズ少尉がアワアワと右往左往する。


「……いいのよ、好きにさせておいて。それより、戦いはこれで終わりじゃないわ。お風呂と食事が済んだら、バーンズちゃんを呼んで今後の防衛体勢について話し合いましょ」


◇ ◇


「……十数本、だと?」


 魔王城の最上層にある王族用の食堂。夕食が済んだ後、各部隊指揮官――というよりも軍人が殆どいないので防衛地点の責任者、がそのまま残されていた。イグノちゃんレイチェルちゃんミルズちゃんにバーンズちゃん(セバスちゃんは不在)。なかでも最古参、最専任の下士官であるバーンズちゃんの顔色が、イグノちゃんの報告を聞いて変わった。


「我々がいた裏門側を除けば……事実上あの狙撃が戦闘を制したんだぞ。それに要した矢が、たったそれだけか?」

「そうよ。あれは魔王様の発案なの。失敗作でしかなかった遅発性信管かまってちゃんに、あんな使い方があるとは思ってもみなかったわ」

「かまってちゃん?」

「爆弾を起爆するための信管なのに、“優しく触らなければ機能しない”という気難し屋なのよ」

「……さすが輜重隊の悪夢おまえだけあって、相変わらず完全無欠の失敗作だな」

「イグノちゃん、それがまた、どうして大戦果を? 悪いけどアタシ、何かアイディア出した覚えはないんだけど」

「覚えてらっしゃいませんか。捨てようと思ってた“かまってちゃん”の性能緒元スペックを読まれた魔王様が、“敵が触りたい感じにしたらいいんじゃないかしら”って」

「……え゛」

「その後、兵器としては威力が足りないことをお話ししたら、“いいのよ、殺すよりもケガさせた方が敵の人手を割くから”って」

「ほぉ……」


 “ほぉ”じゃないわよ脳筋猫耳娘が、こっちは全然覚えて……いるような、いないような。何にしろあんまり考えて発言した物ではない。あ、思い出した。“いっそのこと可愛いリボンでも付けたら?”とかいっちゃってたような気がする。完全に過大評価だ。


「それにしても、正門側と尖塔上空、城を見下ろす高台にも支援攻撃用の魔導兵がいた筈だ。総兵力は千を越えていただろうに」

「丘の上のは、ハミングちゃんたちの爆撃」

「……ああ、うん。全然わからんが、多分それはあの機械仕掛けの鳥だな。じゃあ、尖塔と正面だけか。それにしても……」

「正門200に増援150、尖塔上にも降下部隊が100と、上空監視部隊が10ほど。撤退を確認出来たのは50前後です」

「……壊滅だな」


 冷静に戦果を報告したのはレイチェルちゃんだ。ちなみに裏門側は攻城の本命だったのか300弱の兵が死体になっていた。撤退した兵は200前後。だが、彼らの苦しみはこれから始まる。正体不明の病に悶絶しながら息絶える傷病兵の姿は、敵陣に恐怖を蔓延させるだろう。敵の戦死者についてはイグノちゃんの機械化埋葬部隊が、夜明けとともにフル回転することになる。今度は食肉加工がないので、アタシたちもそこに加わる。


「しかし、破裂する矢の狙撃だけで、あれほどの敵を」


 来たか。まあ納得するわけないわよね。隠し事はしたくないし、その責任から逃げるわけにもいかない。イグノちゃんを目で制して、アタシはバーンズちゃんに向き直る。


「矢に毒を塗ったの。アタシの指示でね。呼吸を止める神経毒と、感染症を発生させる腐敗菌。一応報告しておくけど、制作した矢は全数を回収したし、使用した現場は完全に消毒洗浄してあるわ」

「……魔法、ではなく」

「いまの新魔王軍ウチに攻撃魔導師はいないの。生物化学兵器どくは魔法より確実で低コスト。そして敵を長く苦しめる。安癒や回復魔法も効かない。毒を特定できなければ、解毒方法もわからない。それが敵に恐怖を刷り込む。これが最善の策。アタシが・・・・、そう判断したの」


 バーンズちゃんは顔色こそ変えなかったが、無表情になってアタシを見返す。怒りも軽蔑もなかったが、この方針に同意したようにも見えない。彼女のように一騎当千の武人なら、恥ずべき戦い方なのだろう。


「陛下は生物化学兵器それを、今後も使用されるおつもりですか」

「必要であれば、いつでも、どれだけでも。恐怖は、敵への抑止力になるもの。もちろんそれだけで戦えるものではないし、主力兵器に出来るわけでもない。新魔王領このくにの未来は、あなたたち兵士の力に掛かっていることには、変わりがないわ」

「……御意」


 誰も、アタシと目を合わせようとはしない。部下たちの心が離れていく方が、彼らが死んでいくより良い。いくら自分にそういい聞かせても、苦い思いは消えなかった。

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