第67話 昔の話6。
召喚術という魔法を追求する過程で、その発想は確かにあった。
召喚術は基本的に新しく生み出す物では無い。文献に記されていたり、各家系で代々受け継がれていたりする。冒険家や調査団の話では、遺跡などの古い建物から図形や詠唱等の記述が見付かる場合もあるという。恐らく誰かが後世の為に記録を残したのだろう。
ここで疑問が浮かぶ。ならば、それらを記したのは一体誰だ。
その『誰か』はどうやって理論を構築し、定義付けをしたのか。また何の為に召喚術を生み出し、何の為に記録を残したのか。それらは諸説あるが、今現在に於いても尚分からないままである。
そんなロマン溢れる召喚術発祥の謎を解明すべく、調査を続ける者も少なくない。噂によれば、古くからこの国に伝わる『ヤマタノオロチ』の伝説に関係しているとか、異界の一つである『竜の国』にヒントがあるとか。様々な憶測が飛び交っているが、明確な究明を果たした人間はまだ一人も現れていない。
だが、私が注目したのはそこでは無かった。その『誰か』は確かに召喚術を生み出しているという点……理論を構築しているという事実だ。
ならば私にも可能ではないだろうか。その『誰か』によって、人の手による創造が不可能では無いという事が証明されている。まさか神による不可侵の創造物とでも言うまい。
誰も知らない全く新しい召喚術。もしもこれを自在に操れるとしたら、誰にも予期出来ない、正に最強の召喚師となれるはずだ。
ロジーの一言から、私はもはやそれのみに注力する様になった。暇さえあれば知り得る全ての召喚術を分析し、各図形や詠唱についての類似点や相違点、同一部分や規則性を事細かに調査した。
勿論、それによって仮に新たな図形を描けたとしても、それが果たして何を喚び出すゲートなのか見当も付かないし、それに対応した詠唱を完璧に詠みあげるなど不可能に近い事は分かっていた。
だけど私は止めなかった。召喚術の創造は、召喚師として更なる高みを目指す足掛かりになると信じていたからだ。
そして、ついにその時が来た。
私の浅はかな選択で辿る事になるその運命を、幸福と呼ぶか悲劇と呼ぶかは、私には決められない。……いや、少なくとも私にとってはきっと幸福だった。
ここにこうしてトアが居て、今君達にこの話をする事を、こんなにも嬉しく感じているのだからね。
季節は秋。連日の木枯らしが和らいで、まるで春の様に陽射しの暖かい日だった。
儀式は仰々しく行われた。公式の研究では無い為、国の内部の人間だけで秘密裏に進められた実験だったが、召喚術の創造という史上初の試みに研究者達も興味を持って見学に来ていた。
場所は城の地下にある超巨大ホール。周囲をミノンアーチ警備団体の面々が厳戒態勢で警備していた。万が一凶暴な獣が喚び出され、制御出来ずに暴走してしまったら……この場で強引に抑え込まねばならない。この場所を選んだのは、そうなった場合外に逃さない様にする為でもあった。確立されていない不明瞭な召喚術が、まともな送還を行える保証もない。
法則を踏襲した図形を用意出来た。それに伴う詠唱も、その他近しい召喚術の傾向を鑑みて、それらしい形に仕上げた。成功率など導き出せる物では無いが、根拠の無い自信は確かにあった。
「……まるで討伐訓練だな」
短刀四本を腰に備えて、ロジーが皮肉を吐いた。この状況を、どうやらあまり良く思っていないらしい。
「自分で始めておいて何だが、何が起こるか分からないからな。万全の準備を整えるに越した事はない」
言い訳の様に答える。気付いていた。私はロジーの言葉に、多少の痛みを覚えていたのだ。
召喚術を悪用する輩を取り締まる為に、この警備団体を設立した。召喚術を正しく活用する為に、法律を制定した。そしてその礎をより強固な物とする為に、誰よりも私が召喚術に精通し強くなろうと、努力をしてきた。
これから私がしようとしている行為は、果たしてその信念に則したものだろうか。利己的な欲求で未知の召喚術を試し、その結果が意にそぐわなければ討伐する……これでは、私が今まで制圧してきた輩と何も変わらないのでは無いか。
土壇場になって、そんな思考に捕らわれたせいだろう。
今となっては、私が分析し創出した召喚術が本当は何を喚び出せたのか、そもそも召喚術として成立していたのか、全ては謎のままである。改めて試す勇気は、もはや私から失われていた。
召喚の儀式は、失敗したのだ。
描いた図形から眩い光が溢れた刹那。放射状に広がるそれは突如として歪に捻じ曲がり、収縮した直後、大爆発を起こした。
幸運だったのは、討伐する場合の対策を講じていた事。防御壁や結界を用意していたお陰で、被害を最小限に抑える事が出来た。それは周囲に居た我々にとって救いであっただけで無く……、
「……何か、召喚されてる」
召喚された対象にも同じ様に作用したみたいだった。噴煙立ち込める図形の中心に、何かの影が見えたのだ。
召喚術が失敗した時、大抵の場合は何も召喚されない。座標軸のズレで対象を見失っているか、引き上げる際の力不足で喚び込めないという状況が大半だからだ。そして有り余ったエネルギーだけが行き場を失い、爆発を起こす。
だが例外がある。ミスによってズレた座標軸が奇跡的に何処かに照準を合わせ、尚且つそこに何らかの対象が居た場合だ。不安定な詠唱の道筋が、まるで引力が作用する様に強引にゲートへと誘導する。その結果、全く意図して居なかった対象が爆発と共に召喚されてしまうのだ。
ロジーが警戒しながら様子を窺う。ただでさえ未知の召喚術から、失敗という形で喚び出されてしまった対象。その得体の知れなさに、その場に居た誰もが緊張した表情で臨戦態勢を取った。
「あー!」
だが、そこに居たのは……。
「死ぬかと思った!!」
大声で文句を言い放つ人間の女性。
……それが、ナルミとの出会いだった。
私とさほど歳の離れていない女性。ナルミは淡いピンクのセーターに、足首程まである若草色のロングスカートを履いていた。「アーチェみたいだ」とロジーが呟き、「成る程、確かに」と応えた事を覚えている。抱えていた花柄のポーチも、洋服にとても良く似合っていると思った。
当然だが儀式は中止。ひとまずナルミを保護し、召喚術については分析を見直して日を改めようという流れで解散した。だが、ついにその時は訪れなかった。私自身、この失敗を受けて意欲が削がれてしまったのかもしれない。直前の葛藤も原因の一つを担っているだろう。
それよりも私は、もはやナルミの事で頭が一杯だった。
それは例えば、恋心の様な甘いものでは決して無い。……身の磨り減る痛みを伴う、罪悪感と責任感であった。
愚かにも私は、その時やっと気付いたのだ。自分がどれだけ罪深い行為をしようとしていたのかを。そして、してしまったのかを。
召喚術が成功であれ失敗であれ、喚び出されたのが獣であれ人間の女性であれ、送還技術が保証されない段階で儀式を執り行うべきでは無かった。これでは拉致誘拐と同じだ。それも、極めて悪質な。
私には、彼女を元の世界に送り返す事が出来なかったのだ。
「……で、ここは何処なの?」
ナルミはパクパクと美味しそうに出された料理を食べながら、キョロキョロと辺りを見回している。
「ここはミノンアーチ国。城の食堂だ。口に合わない物もあるかもしれないが、好きなだけ食べてくれ。それと、要望があったら何でも応えよう」
ふむふむ、と大袈裟に頷きながら私の目を真っ直ぐ見てくる。その真っ黒で大きな瞳は、吸い込まれてしまいそうな深みもあって、まるで夜空の様だった。全く目を逸らさない彼女に気圧されて、私の方が動揺してしまいそうだ。
けれど伝えねばならない。彼女の置かれている状況について。
「大変に言い難い事なんだが……君は事故でこの世界に喚び出されてしまったんだ」
「……???」
眉根を寄せ、口を尖らせるナルミ。頭にハテナマークが浮かんでいる事は容易に想像が付く。
「私、確か歩道橋を歩いてたと思うんだけど。……はっ! そうか、あの橋は夢の世界への架け橋だったわけね!」
「???」
同じ反応を、今度は私がする事になる。夢の世界への架け橋? 彼女の世界では、召喚術をそんな風に表現するのだろうか。
ひとまず説明を続ける。これは儀式の総責任者であり、当事者である私の義務だ。
「そして申し訳無いのだが……事故によって偶発的に召喚されてしまった為に、現時点で君を元の世界に送り返す事が出来ない。その方法が見付かるまで、しばらく時間を頂けないだろうか」
あまりにも身勝手な言い分。こうなる事は最初から分かっていただろうに、あまりにも考えが浅はかだった。
ナルミはアーチェの実を食べて、そのフォークを口に咥えながら「うーん」と唸る。
「別に良いわよ、急用も無いし。どれくらい? 半日? っていうかここは何処なの? 海外?」
矢継ぎ早に質問が飛んでくる。場所については先程答えた気がするのだが……。
この時点で私は、彼女に対して若干の苦手意識が生まれていた。こんなにも明朗活発な女性と関わった事が無かった為に戸惑っていたとも言える。
「努力する。半日は厳しいかもしれないが……出来るだけ早く無事に元の世界に還れる様、尽力する。それまでの間、ここでの生活は私が全面的に面倒を見ると約束しよう」
負けない様に、私も彼女の目を真っ直ぐ見て言った。こちらは真摯であり誠実である、だから安心して欲しいという意味も込めて。
すると彼女はふわりと表情を変えた。そこには不安も、緊張も、恐怖も。私に対する疑心も嫌悪すら無かった。
夜空の様な瞳を柔らかく細めて、温かな笑顔で。
「よろしくお願いします」
深々と頭を下げたのだ。
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