赤ずきんには渡さない [1,451文字]
赤ずきんを食べる罠を仕掛けるため、狼はおばあさんの家に行きました。おばあさんを丸呑みにしてしまって、おばあさんになりすまして赤ずきんを騙そうとしたのでした。
「狼さん、ここにはいない方がいいわ」
「は?」
おばあさんからの予想外の台詞に、狼さんは呆気にとられてしまいます。何の冗談かと思いましたが、おばあさんの表情は真剣そのものでした。
「あの子に見つかる前に、早くお逃げ」
「え?」
「さぁ、早く!」
訳が分からぬまま、狼さんは家を出ました。赤ずきんの匂いがしたので、草むらの影で気配を消して様子を窺ってみることにします。
「ちょっと! どうしてあんたがいんのよ! 狼さんはどこ?」
「さぁ? 来ていないよ、狼さんなんて」
「嘘よ。ほら、ベッドに狼さんの毛が落ちてるわ。正直に言いなさい。正直に言えば命だけは助けてあげる」
「ははは、老い先短いババァの命を人質に取っても無意味さ」
「あぁそう、じゃあいいわ。さよなら」
バァンと、大きな銃声が響きました。狼さんはびっくりして駆け出します。火薬の匂いと血の匂いがおばあさんの家から漂い、森の獣たちの食欲を刺激したようでした。
他の獣たちがおばあさんの家に向かう中、狼さんは狩人の家の近くを通りました。狩人は、既に骨になっていました。ここにも火薬の匂いが残っていて、赤ずきんの仕業だとすぐに気付きました。
狼さんは真っ青になり、森を駆けます。どこに行けばいいのかは分かりませんでしたが、とにかく駆けました。そうして、気付くと辺りは雪に覆われていました。ぶるぶると身を震わせ、狼さんは穴ぐらを見つけるとそこに丸くなって眠りました。
赤ずきんの匂いが微かに鼻に届き、狼さんはまた駆けました。真っ赤な森を抜け、緑の森を抜け、花畑を抜けました。その頃には狼さんはへとへとで、お腹も空いていました。
何度夜を越えたか分かりません。その間、狼さんは小鳥や野ウサギを数匹食べただけでした。ぐぅぐぅと鳴り続けるお腹を抱えて、それでも狼さんは駆けました。
ある時、狼さんはおばあさんの匂いを感じました。もういないはずの、しないはずの匂いがどうしてするのでしょう。不思議に思いながら進んでいくと、そこには小さな山小屋がありました。
小屋の扉が開いて、中から少女が出てきます。
「狼さん!」
それは、若かりし頃のおばあさんでした。狼さんは嬉しくなっておばあさんに擦り寄りました。おばあさんは狼さんをぎゅうと抱きしめ、ざぶざぶと洗い、美味しいご飯を食べさせてくれました。
「狼さん、私と結婚して下さい」
「は?」
おばあさんからの予想外の台詞に、狼さんは呆気にとられてしまいます。何の冗談かと思いましたが、おばあさんの表情は真剣そのものでした。
「私と狼さんが結婚すれば、赤ずきんは産まれない。あの子があなたを追い掛けることもなくなるわ」
「し、しかし……」
「なんて、それは言い訳ね。本当はただ、あなたが好きなの。赤ずきんなんかに渡したくなかった。それだけよ」
「好き……」
「そう。あなたが私に会えてうれしいと思ってくれたのなら、結婚してちょうだい」
「好きは、よく分からん……だが、会えたときは、うれしかった」
「それで十分すぎるくらいだわ。ありがとう、狼さん」
そうしておばあさんは狼さんに自らの身を捧げました。おばあさんが狼さんに食べられた瞬間、どこか遠くから叫び声が聞こえた気がしました。
狼さんのピクリと動いた耳を、おばあさんが塞ぎます。
「だめよ、今は私だけを気にしてくれなくちゃ」
狼さんは大きく頷き、おばあさんと幸せに暮らすのでした。
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