迎え [2,125文字]※ホラー

 私とカズ坊は大層仲が良かった。年の頃が近い子は他にもいたが、カズ坊以上に気の合う子はいなかった。大勢で遊ぶこともあったが、二人で遊んでいる時の方が楽しかった。そういう感情が表に出ていたのか次第に私たちは他の子たちからは敬遠されるようになっていった。

 両親は心配したが、私は気にしていなかった。遊び相手として認識されなくなっただけで、勉学に励んだり運動をしている時にまでそれが及ぶことはなかったからだ。


 ある日、私とカズ坊はさびれた神社の境内けいだいで遊んでいた。欠けた石ころを拾い、少し離れたところにある石畳いしだたみに当てる。私はこの手のことが得意で、ほとんど百発百中であった。カズ坊は負けず嫌いな気質があったため、力みすぎてしまったのだろう。決して大きくはない手から放たれた石は石畳を通り越え、生い茂る植え込みの中に吸い込まれていった。


 樹木や植え込みの剪定せんていなど誰もするはずがなく、ぼうぼうと伸び放題だった。ただの石ころをその茂みの中から探すのは無理だと言ったが、あの石でなくては手に馴染まないのだと言って聞かなかった。カズ坊はがさがさと植え込みの中に消えていった。


 そうして、二度と帰ってこなかった。


 随分と時間が掛かるものだと不審に思った私が声を掛けても返事がない。何かを探すような音もいつの間にか消えていて、夕陽に照らされ橙色に染まる世界にカラスの鳴き声がこだましていた。


「カズ坊? なんじゃ、そういう遊びにしたんか?」


 私は植え込みの中に入ったが、カズ坊はいなかった。おかしいと思いつつそのまま進むと壁に突き当たり、足元が崩れて穴が空いていた。あぁ、ここからこっそり抜け出て、私をからかっているのだな、と思った。だから私は騙されたフリをして、しばらくの間カズ坊を探して名前を呼んだ。


『騙されおって、オレはここじゃ!』


 そんな風に出てくるのだと信じて疑わなかったが、橙が宵闇に変わっていくと私の心臓は嫌な予感に締め付けられた。もしかしたら先に家に帰ったのかもしれない。そうに違いない。私は自分に言い聞かせるようにカズ坊の家に向かった。カズ坊の両親が出てきて、いつまで遊んでいるんだ心配したぞと言った。私はカズ坊に会いたいと言って、彼らを困惑させた。カズ坊は、家に帰っていなかった。


 私は事情を説明し、大人たちが捜索にあたった。私は自分の家に送られ、母に抱きしめられながら眠れぬ夜を過ごした。翌朝になっても、一週間経っても、カズ坊は見つからなかった。私はカズ坊の両親にひどなじられたが、仕方のないことだと思った。もし石投げをしていなかったら、もし私がカズ坊をあおるように的に当てなければ、もし自分の石を譲っていたら、私が何か一つ行動を変えていたら、カズ坊は消えなかったかもしれないのだ。


 私はどんどんと消耗し、両親は決断した。持ち家を売り払い、都会に引っ越したのだ。ここにはカズ坊との思い出がありすぎる。罪悪感に押し潰される前に、何も知らない場所に行こう。それは明確な逃げであったが、拒絶できるほどの力は残っていなかった。引っ越した先でカズ坊の最後の笑顔がおぼろげになっていくのを、他人事のように思っていた。


 数十年経ち、私はカズ坊のことを忘れた。山に囲まれた地方で暮らしていたことすら忘れ、無意識の内に自然を忌避きひするようになっていた。同じく都会でしか暮らしたことがなく、わざわざ自然に触れにいく意味が分からないという女性と知り合い、結婚した。彼女は特に虫が嫌いで、生まれた息子が山登りをせがんでも断固として拒絶した。


 息子を公園に連れていくと、地面に転がる石を投げ始めた。私はその行為をやめさせようとしたが、一向に手を止めない。息子の腕を掴んで無理やり止めると、振り向いた息子の顔は息子ではなくなっていた。


「ひ……ッ!」


 ぐりんと首だけが回転し、ほとんど真後ろを向いた状態の顔はカズ坊のものだった。以上なほどに見開かれ血走った瞳はギョロギョロと周囲を見回し、そして私を見た。


「忘レルナ、忘レルナ、忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レルナ忘レ」


---


 どうやら気を失っていたらしい。気付くと私は神社の境内に横たわっていた。やけに霧が濃い。ゆっくり上半身を起こして周囲を伺うと、霧の向こうからカズ坊がら現れた。私が起きているのを見て嬉しそうに笑う。


「よーやくお目覚めか、随分寝とったのぅ」

「ほーか? 疲れちょったんかもしれんわ」

「まぁえぇ、また会えたしの」

「? ずっと一緒におったじゃろ?」

「……おぉ、そうじゃな」


 差し出された手に掴まって立ち上がる。カズ坊は私の手をぎゅうと強く握りしめた。私が居眠りをしていた間に、何かあったのだろうか。私はその手を同じくらいの強さで握り返し、カズ坊を見た。目が合い、どちらからともなく笑い合う。


 何だか久しぶりに、満ち足りた気分だった。


---


「パパ! パーパ! 起きてー! 起―きーてー!」


 公園の地面に転がる男の身体は、既に冷たく固まっていた。

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