友人の会社は倒産に追い込まれた [730文字]

 あの日、パスポートをスられた瞬間、私の未来は決まったのだろう。


 惑星間旅行は、海外旅行よりも何もかもが厳しかった。

 パスポートを紛失するなど言語道断。

 銀河系に於いて地球人の信頼度がいくら高いとは言え、予定通りの帰星は絶望的だった。


 どう悪用されるのか、考えただけでも眩暈がする。


 カーミュック星人などは成りすましの精度があまりに高く、どんな検査でさえ彼らの違法航行を取り締まれないと聞く。


 もしも私が私であることの証明が出来ずにこの星に取り残されたとしたら。

 私はどこまで堕ちるか分からない。


 この星は身分により待遇に天と地ほどの差がある、貧富の差が激しいどころではない星だ。

 奴隷以下の存在になり下がった私など、家畜よりも役に立たない生き物と看做されるだろう。


 あぁ、考えただけで身体中が、小刻みに震えるほどだ。

 どうしたら、どうしたらいい。


「あ! あの人です!」


 行きの宇宙船で隣の席だった地球人が、旅行会社のカウンター前で打ちひしがれる私を指さしながら近付いてくる。


「さっき、スリの常習犯が捕まったんですよ。地球人のパスポートを持っていたとかで、よくよく聞いてみれば貴方の名前じゃあないですか。同じタイミングでここに居て良かった!」


 あぁ、神よ!

 地獄から天国とはこのことか。


 私は、私を地獄から掬い上げてくれた男に出発までの間、出来る限りのもてなしをした。

 その最中さなか、今の仕事は待遇が良くないから転職したいのだ。せめてもの気分転換に宇宙旅行に来たのだ。と言う彼の言葉を聞き、地球に帰ってから仕事を紹介してやったりもした。



 それから半年ほど経ったある日、ある男が詐欺罪と横領罪で捕まった。

 捜査の結果、その男はカーミュック星人だったという。


 その男は、あの時、私を掬い上げてくれた、男だった。






お題:掬い上げる・パスポート・堕ちる

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