女神運営☆異世界転生斡旋所〈とりっぷ〉
緋色 刹那
序「転生希望:妖精の世界」(1/2)
俺の名前は、
ごく一般的な家庭に生まれ、ごく平凡な人生を送り、ごく当たり前に家族に看取られて死んだ、どこにでもいる一般人だ。
いい人生じゃないか、と言うやつもいるかもしれない。
だけど……俺はもっと刺激的な人生が送りたかった。テレビや雑誌で取り上げられるような、周りからうらやまれる人生を送りたかった!
……そう、強く後悔しながら死んだ。
もう二度と目を開けることはない……はずだった。
「……どこだ、ここ」
気がつくと、俺は見知らぬ不動産屋を訪れていた。窓には若い頃の俺が映っていて、キョトンとした顔でこちらを見ている。
清潔感のある、オシャレな内装だ。壁にはポップなポスターが貼られている。入口のラックにも同じチラシが置いてあったが、よくよく見ると
『勇者希望者大歓迎!』
『新人転生者様、応援キャンペーン中!』
『新世界発見! 移住希望者大募集!』
など、おかしなキャッチコピーのものばかりだった。
「冗談、だよな?」
「いいえ。マジのマジでございます」
「うぉあッ?!」
その時、毒々しいほど濃いピンクの瞳と目があった。いつからいたのか、白いスーツを着たボブの金髪の女性が俺の隣に立っていた。
首に下げたネームプレートには「
「転生希望者の方ですか?」
「ア、アンタ誰?!」
「私は女神。ご希望の異世界へお客様を転生させる斡旋所〈とりっぷ〉の所長を務めております。気軽に、"女神様"とか"女神ちゃん"とか"女神っち"とか呼んでも良いのですよ?」
自称女神はパチンと指を鳴らす。すると部屋全体を照らすほどの後光が、彼女から放たれた。
「ま、眩しい……!」
「環境に配慮し、LEDライトを使用しておりまぁす」
「える、いー、でぃー……?」
間違いない。この神聖なオーラ、女神だ!
眩しすぎてよく見えないけど美人だし、目の色がピンクなのも女神だからなのかもしれない。
女神は再度指を鳴らし、後光を消すと、改めて尋ねてきた。
「それで、お客様は転生をご希望……ということでよろしいですか?」
転生。最近よく聞く単語だ。
そういえば、孫がハマっていた小説も「転生もの」だった。入院中、しつこく勧められて何冊か読まされたなぁ。
「じーちゃんもそろそろお迎えが来る頃っしょ? 参考に読んでおいたら?」
「コラッ! おじいちゃんに縁起でもないこと言わないの!」
「はっはっは。そうだな、参考にさせてもらうよ」
あの時は内心、冗談だと思っていた。まさか本当の話だったとは。
念のため、女神に確認した。
「その転生っていうのは、死んだ人間が別の人間に生まれ変わることだよな?」
「はい! 転生先やプロフィール、ステータス、どのような最期を送るかまで、自由にカスタマイズ可能ですっ!」
「チート勇者に生まれ変わって悪者をざまぁしたり、モブ高校生に生まれ変わって大勢の可愛い女の子達からチヤホヤされたり、なんやかんやスローライフを送ったり?」
「人外に転生して不条理に虐げられたり、悪役令嬢に転生して正統派イケメンにボロ雑巾のように捨てられるあの、です!」
……女神の例えが気になるが、もう一度生まれ変われるなんて夢のようだ。
しかも、自由にカスタマイズできるらしい。断る理由がない。
俺は力強く頷いた。
「分かった。俺は転生する」
「では、こちらへどうぞ!」
女神はカウンターの席へ俺を案内した。
バインダーに数枚のアンケート用紙を挟み、ピンクのボールペンと一緒に差し出してくる。
「まずはこちらのアンケートにお答えください。書ける範囲で構いませんので」
転生後の希望だけ書けばいいのかと思いきや、生前の情報を書く欄もあった。
どちらも質問の内容はほぼ同じで、世界観、生い立ち、家族構成、交友関係、職業、経済状況、特殊能力、恋人や婚姻の有無、死因、死後の扱いなど、とにかく細かい。全て埋めるのにどれだけかかるのだろう?
「これって、書いたら全部叶うのか?」
女神は「そうですねぇ……」とカウンターの向こうでお茶を入れながら答えた。
「叶うかどうかは、生前の行いによりますね。だって、前世では超極悪人だった人が、転生したら億万長者の大富豪なんて都合良すぎるでしょう? 我々もそのような矛盾を見逃すわけには参りません。日頃から良き行いをし、努力なさった方々を応援したいのです」
……それなら、来世の俺は前世より報われる人生を送れるかもしれない。
生きていた間は、何をやっても平凡な成績で終わった。どんなに努力しても報われず、一番を取ったことがなかった。人に優しくしても、大した見返りがないほうが多かった。
そんな俺にも、やっと運が回ってきたらしい。
(せっかく叶うなら、思いつく限りリクエストしてやろう。今度こそ、ものすっごい人生を送るんだ!)
俺はとっくの昔に捨てた黒歴史ノート『俺が考えた最強の主人公』『脳内異世界・楽園〈エデン〉』、『好きな彼女のタイプ(イラスト付き)』の内容を思い出しながら、夢中でアンケートの空欄を埋めていった。
俺はたっぷりと時間をかけ、アンケートを完成させた。
「で、できた……!」
すみからすみまでピンク色に染まった用紙が、宝物のように輝いて見える。何度も書き直したので、あちこち修正テープだらけになっていた。
「これ、お願いします!」
お茶をすすりながら待ってくれていた女神に、バインダーごとアンケート用紙を突き出す。
女神は俺のアンケート用紙を見て、ドン引きした。
「うっわ、ずいぶん書きましたねぇ。お疲れ様です」
「別にいいだろ? 俺の人生なんだから、俺がいくらリクエストしたってさ」
「まぁ、そうですけど」
女神は苦笑いしながら、アンケートを受け取る。
何を言われようと関係ない。これは俺の次の人生を決める、大事なアンケートなんだ。ここで手を抜いたら、また平凡な人生を送らされてしまう。
女神は毒々しいピンクの瞳を左右へ素早く動かし、俺がアンケートを書くのに使った時間の半分もかけずにアンケートを読み終えた。ギョロギョロと、まるで目が動く人形みたいだった。
「生前の死後の扱いが空欄のままですが、このまま受理してよろしいですか?」
「死んでるのに分かるわけないだろう。というか、答えられる人なんているのか?」
「えぇ、たまに。お葬式に三人しか来なかった、と嘆いていらっしゃいました」
「少ねぇ」
女神はアンケートを読み終えると、今度は電子タブレットを取り出した。LEDライトといい、女神はハイテク機器がお気に入りらしい。
女神は電子タブレットを立ち上げると、画面にピンクの四角い枠を表示させた。
「ここに指を置いてください」
言われるまま、人差し指を枠に当てる。ピピッという電子音とともに、『認証しました』と無機質な女性の音声が聞こえた。
画面が変わり、見たことのない言語で書かれた表が映し出される。アルファベットに近いが、なんて書いてあるのか全く分からない。
女神は先ほど俺が使っていたボールペンを使い、履歴書にある十桁の数字とアルファベットをアンケートの欄外に書き加えた。
「この表は何だ?」
「お客様が前世でどのような人生を歩まれたか分かる、履歴書のようなものですよ」
「じゃあ、俺がわざわざ書く必要なかったじゃないか」
「ここにあるのは、客観的事実に基づくデータのみ。お客様の記憶とは多少ズレがあるのです」
「ズレ?」
女神は意味深に微笑んだ。
「お客様の中には、ご自身の記憶や人格を都合良く解釈し、転生なさろうとする方もいらっしゃいます。これはお客様の人格を調べるテストでもあるのですよ。どちらか一方が欠けていては、正確に判断できません」
淡々と語る女神に、俺はゾッとした。
彼女は人間を「お客様」と呼ぶ。だが、敬っているのは口先だけで、心の中では「異世界へ斡旋する"対象"」としか思われていないのかもしれない。
(大丈夫、だよな? 俺はちゃんと正しくアンケートに答えたはずだよな?)
急に不安になってきた。
超常的な力を見せつけられたわけでも、特別な力を与えられたわけでもない。本当にここが死後の世界なのか、希望どおりに転生させてもらえるのかすら分からない。
ただ、これだけは確信した。
彼女は紛れもなく……本物の「女神」だ、と。
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