第6話 エピローグ【完】
私が一年と数日眠っていた間、世の中は少しずつ動いていた。
私が撃たれたあの日、ポプラレスは公安騎士団によって解体された。そして拘束されたポプラレス幹部達は各々裁判にかけられたらしい。なかでも私を魔法銃で撃った科学者のビリー・クープは、殺人の前科もあり重い罪に問われたそうだ。
だけどグレンズ先生だけは未だ捕まっていない。この件に関しては私はちょっと複雑だ。もちろんポプラレスの一員としてジュリアちゃんの暗殺を計画した罪は償うべきだと思う。だけど、あの時の「復讐に生きるのをやめる」という言葉をできることなら信じてみたいし、これからは過去に囚われずに生きてほしいと思う気持ちもある……。
そして私はというと、長い間眠っていたせいで身体は鈍ってるし、魔力も弱くなってしまった。
しばらく療養の日々が続いたけれど、先日ついに来年からの復学が決まった。私はもう一度二年生からやり直すことになって、来年からはジュリアちゃんやギデオン達の後輩になる。なんだか慣れるまで時間がかかりそうだけど、こればっかりは仕方ない。
そして殿下やリチャード様や同級生の皆は今年で卒業だ。分かっていた事だけど、それがとても寂しい……。
―――
今日は、三年生の卒業記念パーティーだ。休学していた私を除く、同級生の皆は今日で卒業する。
学園の生徒は皆ドレスアップして舞踏館へ集まっている。私はもう体力も魔力も元に戻ったけれど、今年はまだ休学中の身。だけど卒業する皆へのお祝いがしたくて、パーティーには参加させてもらうことになった。
私は殿下にプレゼントしてもらった鮮やかなブルーのドレスに身を包み、久しぶりに学園へと出向いた。
「ディアナ様ぁー! 一緒に卒業できないなんて寂しすぎます!」
会場入りするやいなやリンダ様とシシィ様が駆け寄って来てくれた。二人は学園で初めてできたお友達だ。
「お二人とも、ご卒業おめでとうございます。卒業されても仲良くしてくださいね」
「うわーん! 当たり前です!」
「やっぱり留年すればよかったですぅー!」
二人は目に涙を溜めながら、私の手を握った。この感じ、懐かしいな……。
すると今度はギデオンとジュリアちゃんがこちらに向かって来ていた。なんと二人は学園の現総裁コンビだ。今年はルーメンがジュリアちゃん、テネブライがギデオンだった。
「よ、ディアナ。来年はまた総裁だな」
「え? 待って。その話、聞いてないよ?」
得意げに話すギデオンが恐ろしい。総裁? 私、それ一度やりましたけど……?
すると隣にいたジュリアちゃんが満面の笑みで話し始めた。
「昨日、総裁選の結果が出たんです。それでディアナ様は見事再選しました。ふふ、おめでとうございます!」
「えっ、うそぉ……」
思わず情けない声が出てしまった。私、立候補した覚えないのですが……。
「ま、何かあったら“先輩”が助けてやるから頑張れよ」
「そうです。ディアナ様、何でも言ってくださいね」
「あ……ありがとう」
ジュリアちゃんはともかく、ギデオンは先輩風を吹かせたくて仕方がないって感じだ。
総裁か……気が進まないけど、決まってしまったからにはきちんと役目を果たさないとね。昨年はあんなことがあったから仕事を途中で放棄してしまったし、今度こそはきちんと仕事を全うしたい。
「皆揃って何の話?」
背後からそう声がして振り返ると、そこにはいつもより一段と華やかな美貌のリチャード様がいた。
「総裁選の話です。来年はディアナ様がテネブライを引っ張ってくださることになったんですよ」
「はい。何故かそうなってしまいました……」
私がそう苦笑いすると、リチャード様もつられて眉尻を下げた。
「あー……やっぱりそうなったか。復帰早々に大変だね。だけどギデオンにでもできたわけだし、何とかなるよ」
「は? それどういう意味っすか」
そう突っかかったギデオンを、リチャード様は動じず笑顔であしらってる。なんだかこの二人のやりとりも懐かしい……。
するとジュリアちゃんは周囲を見回してから私に声をかけた。
「そういえば、ランドルフ殿下は?」
「ああ、殿下はさっき理事長方とお話しされてました。だから私は邪魔しないようにこちらに来たんです」
卒業生に王族がいると、大人達はまずそこに群がるのよね。そろそろお話終わったかな?
するとリチャード様が驚いた顔をして口を開いた。
「えっランドルフのやつ、ディアナ嬢を待たせておじさん達の相手してるの?」
うっ……改めてそう言われるとおじさん達に負けたみたいで悔しい……。仕方ないってわかってるけど……。
「殿下も災難だな。理事長の話はクソ長いのに」
そう言ってギデオンは同情の眼差しで私を見た。そ、そんな目で見ないで……。
確かに理事長の話は長い。きっとまだまだ喋っていそうだ。
「ですけど、もうすぐファーストダンスが始まっちゃいますよ? ディアナ様、いいのですか?」
ジュリアちゃんは私のことを心配してくれているみたい。相変わらずいい子だなあ。
確かに、もうすぐパーティーのメインであるダンスが始まる時間だ。もちろん今回も殿下と最初に踊りたかったけど……今年は卒業生として色々と忙しそうだし我儘は言えないかな。
「私はただ皆のお祝いに来ただけですから……」
そう言って気持ちを誤魔化そうとした時、何故か会場中の視線が私に集まっていることに気付いた。私は今、周囲からキラキラした目で見られている。
え? 何? どうしたの?
私は驚いて周りを見渡した。すると中央の階段から、殿下が降りてきているのが見えた。そして、殿下はそのまま真っ直ぐにこちらに向かって来た。周囲から注目されていた理由はたぶんこれだ。
正装姿の殿下は、いつにも増して凛としていて大人っぽい。私はついその姿に見惚れてしまった。そんなことをしているうちに殿下はすぐそこまで来ていた。
さっきまでの沈んだ気持ちが一気に晴れた。
「ディアナ、すまない。遅くなった」
殿下にそう言われて、私は思わず顔が緩んでしまいそうになった。けれど、頑張って耐えた。だってそんなの格好悪いじゃない。殿下がこんなに大人っぽくて素敵なのに、隣の私がニマニマ笑ってるなんて。私は負けじと澄まし顔で声を発した。
「……もうお話は終わったんですか?」
「ああ、長すぎるから切り上げてきた」
殿下はうんざりした口調でそう言った。切り上げてきたって、話の途中で? そんなことして大丈夫だったのかな。……だけど、ファーストダンスが始まる前に来てくれたのはとっても嬉しい。
澄まし顔を作っていたはずだけど、いつの間にかニンマリと頬が緩んでいた。やっぱり慣れないことはすべきじゃなかった。殿下はそんな私を見て微笑んでいた。
「じゃ、僕らお邪魔虫は大人しく退散しますか」
「ですね。後はお二人で楽しんでください」
「……だな」
ええっ、ちょっと。リチャード様にジュリアちゃん、それにギデオンまで……。
三人はそう言い残して行ってしまった。呆然としながら三人の後ろ姿を見送っていると、ちょうどファーストダンスの音楽が奏でられはじめた。
ダンスフロアには、少しずつ人が集まってきていた。すると殿下は私に向けて手を差し伸べた。私は緩んだ表情のまま、その手をとった。
二年前はこの手を握るだけで精一杯だった。いつもよりも近い距離にドキドキして、照れ臭くて。それにこの手は、いつか離されてしまうものだと思っていたから。
だけど今は違う……。
私は音楽に合わせて殿下に身を委ねた。私達の動きに沿って、ドレスの裾が大きく弧を描いて周りを彩る。まるで二人だけの空間になったみたい。殿下を見上げて視線を合わせ、私は一度息を整えた。
「ご卒業おめでとうございます」
「ありがとう。一緒に卒業できなかったのが残念だけど」
「私は卒業まであと二年もありますからね。……寂しくなります」
来年からは殿下やリチャード様、それにテネブライの皆がいないんだ。まだ想像できないけれど、頑張るしかない。
私の言葉を聞いて、殿下は苦い顔をして口を開いた。
「……心配だよ」
「心配……ですか? 確かに魔力のスランプはありますけど……こう見えて、療養中に二年生の授業範囲は完璧に予習したんですよ」
殿下に褒めてもらいたくて、私は誇らしげにそう言った。これで実技がイマイチだったとしても、総合成績は巻き返すことができるはず。だから心配ない。
だけど殿下は私を褒めることなく小さく溜息を吐いた。
なんで?
「私はそんなことを言ってるんじゃない」
「……? じゃあ、何を心配してたんですか?」
そう言うと、殿下は更に不満そうな顔をした。
「……決まってるだろ。ディアナに悪い虫がつかないか心配なんだ」
「えっ? それは流石にないですよ」
殿下の言葉が予想の斜め上すぎて驚いた。
「なくはない。君にその気がなくても、またあの教官のように隙に付け込まれることだって……」
「ないです……! そんな心配はご無用ですよ!」
私ははっきりとそう言った。グレンズ先生との一件があったから、殿下はこうやって気にかけてくれているのだろうけど……もうあんなことは二度と起きないから安心して欲しい。
そうは言っても、殿下に心配をされること自体は正直悪い気はしない。大切にされているって実感できて、むしろちょっと嬉しかったする……。
「何ニヤニヤしているんだ。こっちの気も知らないで……」
殿下は恨めしそうに目を細めた。こうやって近くで色々な顔が見れるのは楽しい。それに最近は、殿下のことが可愛くって仕方がない。ってこんなこと本人には絶対に言えないけど……。
私がそんなことを思っていると、殿下は急に真剣な表情を見せた。
「……ディアナ。この先もずっと、何があっても私と共に居てくれるか?」
「もちろんです」
私は迷わずそう答えた。
殿下の言葉は、私が二年前にこの場で言った言葉とよく似ていた。
『簡単に手を離さないでください。来年もその次の年も、一緒にいてください』
私はあの時、殿下にそう言ったんだ。あれから沢山の事があった。すれ違って、衝突することもあったけれど……今はこうやってお互いの手を取り合っている。
「私がどれほど殿下のことを想っているか……知らないなんて、言わせませんよ?」
私は悪戯っぽい口調でそう言ってみた。そして触れ合っていた手をぎゅっと強く握った。
「はあ……君には敵いそうにないな」
殿下はそう言いつつも、嬉しそうに顔をほころばせていた。それにつられて私もとびきりの笑顔になった。
彼の真っ直ぐな瞳に映っていた私の姿は、それはそれは幸せそうで……もう全然悪役っぽくなんてなかった。
Fin.
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