第2話 相性最悪⁈



「……なるほど、なるほどね」


 私は独り言をぶつぶつ言いながらテネブライ棟の廊下を歩いていた。

 今日は午前の授業が終わると、グレンズ先生が一年生のクラス名簿を渡してくれた。一年生は先日クラス分けの試験を終え、配属が決まったばかり。一応私はテネブライ総裁だからどんな生徒が配属されたかを把握しておかないといけないみたい。私は名簿をペラペラと捲りながら歩いていた。


 ……えーと、ああ、やっぱりジュリアちゃんはルーメンクラスなのね。これはゲーム通り。

 後は知らない子ばかりだなぁ。名簿を見ても顔と一致しない。まぁ少しずつ覚えていけばいいかな。あ、そういえばギデオンは……?



「よお、ディアナ 」


「あら、ギデオン!」


 ちょうどギデオンはどっちのクラスだろうと調べようとした瞬間、後ろから本人がひょっこり現れた。

 ギデオンとは昔色々あったけど枝葉健忘しようけんぼうを治療したおかげで関係は回復した。今では普通の仲のいい従姉弟に戻れたと思う。

 去年は学園が忙しくて二人で話す機会はあまりなかったけど、彼が入学してきてからはこうやってたまに話しかけてくれる。

 ギデオンももう十五歳で、大人っぽい顔つきになった。特徴的な吊り目にふわふわで癖っ毛気味の髪は変わらない。だけどやっぱりゲームの攻略対象者なだけあって、目を引く華やかさがある。あの時は私よりも小さかったのに、今じゃかなり背も伸びた。


「ディアナ、見てよこれ」


 ギデオンはそう言って嬉しそうにテネブライの紋章ピンを私に見せた。

 なるほど、やっぱりギデオンもゲーム通りテネブライなんだね。


「テネブライになったのね」


「……え、それだけ?」


 ギデオンはあからさまに不満そうな顔をした。そ、それだけって言われましても……。


「……よ、よかったわね! ようこそテネブライへ!」


「わざとらしいな。なんか、もっとこう……もうちょっと俺に関心を持てないわけ?」


 そう言ってギデオンは口先を尖らせて目を細めた。こういうところはまだちょっと子供っぽい。

 別に関心がないわけじゃない。だけどゲーム通りの展開だから、あんまり驚かないって言うか……。


「はいはい、ごめんね。あ、そうだ。ギデオンは本館のカフェテラスに行ったことはあるの?」


 謝っても機嫌が直りそうにないから話題を変えてみた。ちょうどお腹が空いてきたし、ギデオンにランチをご馳走してあげよう。


「まだないけど」


「じゃあ今から行こうよ。私も普段あんまり利用しないけど、せっかくだし一緒にランチでもどう?」


 総裁として、ギデオンから他の一年生の様子も聞いておきたいし。

 ……て、あれ。ギデオンからの返事がない。私の言葉に固まってしまった。


「……もしかして、嫌だった?」


「い、嫌じゃない! 早く行くぞ!」


 ギデオンはぶっきらぼうにそう言ってスタスタと早足で歩き出した。いきなりどうしたんだ。

 ギデオンの態度を不思議に思いながら、私も急いでその後を追った。






「やあ、ディアナ嬢じゃないか。ここにいるなんて珍しいね」


 テラスのイスに腰掛け、ランチのメニューを広げていたら頭上から声がした。


「リチャード様、奇遇ですね」


 声の主はリチャード様だ。珍しく今は殿下と一緒じゃないみたい。


「ギデオンもいるんだ。久しぶりだね、また背が伸びたんじゃない? そろそろ抜かれそうだなぁ」


「いや、とっくに抜かしてますけど……」


 ギデオンはピクリと眉を引き上げ、なんだか棘のある口調でそう言った。もちろんお互いすでに面識はある。だけどあんまり二人が話しているところを見たことがない。この状況はちょっとレアかも。


「ジョークだよ。ねえ、ちょっとの間ご一緒してもいい? 今少し困っててさ……」


「リチャード様ぁ〜〜! こちらにいらしたのですね〜〜!!」


 リチャード様が言い終える前に、耳が痛くなるような黄色い声がこちらに向かってきた。あ……あれは『リチャード様親衛隊』こと上級生のお姉様方……! どこからかリチャード様を追いかけてきたみたい。


「あの人たち、ランドルフがいない時を見計らって追いかけてくるんだよ。注意しても、ちっとも聞かないし……だから少し匿ってくれない?」


 リチャード様は青い顔をしながらそう言った。若干やつれてるし、相当困っている様子だ。


「なぜ俺達がそんな面倒くさいことを……んぐっ」


「こらギデオン、困ったときはお互い様でしょう?」


 ギデオンが悪態をつくので、私は手のひらでその口を塞いで言葉を封じた。全くもう、子供みたいなこと言うんだから。


「リチャード様、こちらに座ってください。先輩方も先約があると知れば諦めると思いますよ」


「ありがとうディアナ嬢……! 君は天使だ!」


 そう言ってくれるのは嬉しいけど、こんな悪役顔の天使なんてどこにも存在しないでしょ……。むしろ圧倒的にリチャード様の方が天使という言葉が似合うビジュアルだ。

 そんなことを思ってるうちに、親衛隊のお姉様方が近くまでやってきた。そして相席している私とギデオンを見て目を丸くしていた。

 私は少し先輩方に申し訳ない気持ちになって軽く会釈してみたけど、先輩方はそんな私の顔を見るなり退散していった。

 何だろう……すごく複雑だ。あの先輩方が文句一つ言わず逃げていく私ってそんなに怖い顔してるのかな……。だけど、一応作戦大成功だ。


「ああ、助かった……二人ともありがとう。あの人たちしつこくてさ」


「大変ですね……」


「はぁ……疲れた。とにかく僕、あのキツい香水の匂いが苦手なんだよね。まだホルマリンの方が嗅いでられるよ」


 先輩方がいなくなってほっとした様子のリチャード様は溜息混じりにそう言った。

 お姉様方が良かれと思ってつけた香水が、ホルマリン以下だと思われているなんて。なんだか不憫だ。

 というか、今私も少し香水をつけてるけど大丈夫かな。臭いって思われてないかな。なんだか急に心配になってきたよ。

 私はさりげなく鼻元に腕を近づけて自分の匂いを確認してみた。

 ……たぶん大丈夫かな? そんなにキツイ匂いじゃないし。


「ははっ、ディアナ嬢は大丈夫だよ。むしろいい匂いがする……」


 そんな私を見ていたリチャード様は笑いながらそう言って、私の方に綺麗なお顔を寄せた。


 ……よかった。流石にリチャード様に臭いって思われていたら立ち直れない。



「リチャード先輩、従姉上あねうえに変態みたいなこと言わないでください」


 静かにしていると思っていたギデオンが、地を這うような声でそう言った。

 ちょ、ちょ、ちょっと! ギデオンったらリチャード様に何てこと言っちゃってるのよ。


「は? 僕のどこが変態なわけ?」


 そうよそうよ。百歩譲って私が変態に間違えられるのは仕方がないとしても、リチャード様にその言い方はないわよ。


「じゃあ早くディアナから離れてくださいよ!」


 うん、まぁ……ちょっと距離が近いわよね。


「なっ、これぐらい良いだろう? ディアナ嬢と僕は友達なんだから! ね、いいよね。ディアナ嬢?」


 わわわ、そんな不意打ちで友達だなんて照れちゃう。確かに近いかなって思ってたけどこれじゃ言いにくくなっちゃった。

 でもまあいいか。ふふ、友達……友達……だって。改めて言われると嬉しいわね。私は顔がにやけてしまいそうなのを必死で我慢した。


「ほら、ディアナが困ってるだろ! さっさと離れろよ!」


「なにその言い方! これでも一応、僕の方が先輩なんだけど!」


「たった一年で先輩ぶるなよな!」


「はあぁ?! もうっ、本当に君って生意気だな!」


 ……もしかして、この二人って…………かなり相性悪い……?


「二人とも落ち着いてください!」


 しだいに言葉がエスカレートしていく二人に嫌な予感がして、私はそう声を張った。すると二人はピタリと言葉を止めて私の方を見た。


「リチャード様、従弟おとうとが無礼を言って申し訳ありませんでした。あと、やっぱりもう少しだけ距離があった方が落ち着いてお話しできるので……そうしていただくと私は嬉しいです」


「あ……そうなんだ。分かったよ、ごめんね」


「ありがとうございます。それとギデオン、貴方は礼儀を忘れたの? 言葉遣いに気をつけて」


「えっ……でも」


「ギデオン」


「はあ……分かったよ」


 私が少し強めに言うと、ギデオンは渋々そう答えた。もう、攻略対象者同士なんだから仲良くしてよね……まったく。


 こんなやりとりをしているうちに、テーブルの上には注文したパスタやデザートが届いていた。

 私は気を取り直してクリームパスタを口に入れた。うん、美味しい。


「そういえば、殿下は今日はお休みですか?」


 さっきから殿下の姿がどこにも見当たらない。私がそう言うと、リチャード様は苦笑しながら口を開いた。


「いや、学園には来てるよ。でも今朝ルーメン棟で色々あってね。今はあの子に付きっきりだよ、あの……ジュリア・マグレガーとかいう特待生に」


「え……」


 リチャード様の言葉を聞いて、さっきまで美味しいと思っていたクリームパスタが砂のような味に変わってしまった。

 すると隣のギデオンが呆れたように声を上げた。

 

「ああ、あの特待生また何かやったんだ」


「“また何かやった”って……ジュリア・マグレガーさんがどうしたのですか?」


 私は自然と身を乗り出してそう訊いていた。


「ディアナ嬢は知らないんだね。彼女、魔力を制御できないんだよ。だから今朝は結構大変な騒ぎになったんだ」


 リチャード様は今朝のことを思い出した様子で、苦笑しながら言葉を続けた。


「僕はあんな“魔力の暴走”を初めて見たけど、一年生の中では結構有名な話なの?」


「いや、俺も一度しか見てないです。でもその時も急に備品が飛び回ったりして大変でしたよ」


 二人は“魔力の暴走”の話をしている。

 ゲームをプレイしていた私は、もちろんそれが何か知っている。

 ジュリアちゃんの魔力の暴走は、突然変異で魔力持ちになってしまった者に起こりやすい現象だ。最初の頃は感情の変化や動揺で自分の意志とは関係なく魔法を発揮してしまう。そしてその暴走を止められるのは、同じような強い魔力を持った人物だけだった。王族である殿下は生まれ持った魔力が強い。だから突然変異のジュリアちゃんを抑えられるのは、この学園には殿下ぐらいしかいない。

 殿下が付きっきりになっちゃったのは仕方がないし、ゲームでもそんなシナリオだったはず。こうなるって分かっていたことじゃない……。



「今朝はグレンズ教官がジュリア嬢の異変に気付いて制御してくれたんだ。でも、テネブライの教官だから普段は面倒見きれないって言ってね」


「それはそうですよね……」


「ルーメンの教官は誰も彼女の力を抑えきれないみたいで、それで結局一番魔力が強いランドルフに彼女のことを丸投げってわけ」


 リチャード様はやれやれと溜息を吐きながらそう言った。

 殿下は先生達からジュリアちゃんを頼まれたからそうしてるだけなのに、私ったら何でこんなにモヤモヤしてるんだろう。


 それはそうと、さっき今朝はグレンズ先生が制御したって言ってたよね?

 午前に会った時はそんな話はしてなかったし、あの先生がそんなことをやってのけるなんて意外だ。


「グレンズ先生は実は王族の血でも引いてるんですか?」


 ジュリアちゃんの突然変異の力はとても強いはずだ。他の先生が抑えられなかったものを、グレンズ先生だけが制御できたなんて不思議。


「あの教官は王族ではないよ。だけど元特待生だったらしい」


「えっ……それは知らなかったです」


 それならジュリアちゃんの力を制御できたのも頷ける。でもゲームではそんなシーンはなかったような気がするけど……。


「とにかくランドルフは暫くジュリア・マグレガー嬢のお目付役で忙しいよ。ずっと付きっきりって感じ」


「……そうですか。ずっと付きっきりですか」


 あ、まずい。いつもの私じゃないような、低くて冷ややかな声が出てしまった。

 やだな、これじゃ本当に悪役になってしまいそう。

 私の異変に気付いたのか、リチャード様もギデオンも黙って私を見ていた。

 私は沈黙が重くて目を伏せた。ああ、こんな自分が嫌になる。



「ディアナ 、これあげるから食べろ」


 沈黙を破ったのはギデオンだ。小さなお皿にのったデザートのケーキを差し出してきた。


「いいよ。自分の分食べたし……」


「いいから食べろ! そんな顔してる時は甘いものが必要なんだよ!」


「僕のもあげる! はい、あーんして?」


「えっ、待って、こんなに食べれないです……!」


 リチャード様まで私にケーキを食べさせようと、フォークに一口大のケーキをのせて私の口元に運んできた。


「おい! また変態行為かよ!」


「なっ! 人聞きが悪いこと言わないで! さっき言葉遣いに気を付けてって言われてたよね?」


「ッハ、それは申し訳ありませんでした。でもそのフォークはさっきリチャード先輩が使った物ですよね⁉︎」


「う、ギデオンって結構目敏めざといな」


「うーわ、ドン引きっす。もうリチャード先輩は向こうのテーブル行ってください」


「いやだ!!」


 しょうもない内容を真剣に言い合っている二人が面白くて、気持ちが少し明るくなった。

 もしかして……私があまりにもひどい顔をしてたから励まそうとしてくれたのかな? 

 いい友達と従弟を持ったなぁ……。

 私は未だに言い合いをしている二人を眺めながら、もらったケーキを頬張った。


「ふふ、美味しい……」


 口の中に広がる甘さのおかげで、自然と笑顔が戻ってきた。

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