第2話 家族

 話し合いは続く。


「さて、生活費と住居の問題は解決……と言いたい所だけど、住居については、桔梗のご両親の許可を得ないとよね」


 彩姫が言う。

 あの時は勢いで提案をしたが、考えてみればここの家主は桔梗ではなく、桔梗の両親の筈である。

 となれば、必然的に両親の許可が必要になってくるのだが──。


 しかしそれを聞いた桔梗は、


「あぁ、それなら問題無いよ」


 と、非常にあっけらかんとした様子で言葉を返す。


「なんでそう言い切れるのよ」


 当然、疑問に思った彩姫はそう問う。


 すると桔梗は、一拍置いた後、


「だってうち、両親居ないから」


「えっ……あ、ごめんなさ──」


 辛い事を言わせてしまったと、彩姫はすぐに謝ろうとするのだが、ここで桔梗はハッと気がつくと焦り気味で言葉を被せる。


「──あっ、違う違う! 言い方が悪かったね。今、仕事の関係で海外に居るんだ。……だから当分この家には僕しか居ない」


 彩姫はあからさまにホッとした表情を浮かべた後、すぐに半目を作ると、


「……もう。ビックリしたじゃない。なる程ね、それなら問題はない……とは言えないけど、ひとまずは大丈夫ね」


 海外に居るという事は、桔梗の両親が帰ってくるまで幾分か猶予があるという訳である。

 となれば、少女達も多少日本に慣れるだろうし、もし仮に桔梗の両親が入居を拒否しても、アパートを借りるなり何かしらの対策は講じられる筈だ。


 ──これで住居については何とかなった。


「となると次は──」


「言語、容姿の問題があるね。あぁ、あと生活必需品も買わなきゃか。……まぁ、何よりも1番の問題は戸籍とかの公文書系か」


 4人ともここまで話は聞いていたのだが、流石に理解できなくなってきたのか、頭上にハテナを浮かべている。


「言語、容姿については魔法で何とかなると思うわ。生活必需品の購入も私が居れば問題無い。……けど、戸籍は──」


 彼女達はここ地球では明らかに異質な見た目をしている。その上で身分を証明する物が一つも無いとなれば、今後生活する上で何かしらの問題が発生する事必至であろう。


 だからこそ、戸籍等があればだいぶ助かるのだが、こればかりは魔法の力をもってしてもどうする事もできない。


 また、お金の力を使っても解決できるものでも無い為、流石の彩姫でもこればかりはどうしようもないのか、難しい顔をしている。


 何か方法は無いか。


 考えているのだろうか、彩姫は腕を組みうーんと悩み、そして結局方法は見つからなかったと言いたげなため息を吐き──


「──不本意ではあるけど、ママの力を借りるしか無いわね」


 まさかの解決策を提示する。


「ママ!? いやいや! 幾ら彩姫のお母さんでもこればかりは」


 確かに彩姫の母親は凄い人であるが、流石に公文書にどうこうできるような人では無いはず。


 そう思い、桔梗は否定するのだが、彩姫は一切の曇りの無い瞳を桔梗へと向けながら、


「いえ、可能だわ。ママなら」


 と言い切る。


 あの彩姫が全幅の信頼を寄せるとは。


 桔梗は呆れと困惑の入り混じった表情で、


「……えぇ、彩姫のお母さん……何者なの」


「私でも全貌は見えないわ……けれど凄い人なのは確かよ」


 畏敬の篭った声音でそう言うと、一度言葉を止める。

 そして再度難しい表情を浮かべると、彩姫は口を開いた。


「でも、ママの力を借りるとなると、流石に異世界の事やこの子達の事を話さない訳にはいかないわね」


「彩姫のお母さんなら信用できるだろうし、話すのは良いとして……問題は理解してくれるかなんだけど」


「……ママなら、きっと理解してくれる筈」


「こればかりは、話してみるしかないか」


 桔梗の言葉に、彩姫が頷く。

 次いで一瞬の間の後、パチンと手を叩いた。


「よし。とりあえず明日にでもママに会いに行きましょ。そこで異世界の事とか説明して、ついでにこの子達に似合う服を見繕って貰うわ」


「……彩姫のお母さんの所まではどうやって?」


「うちの人に送迎をお願いするわ。……あぁ、安心して。運転手も信用に足る人物よ……少し変な人だけど」


 ……後半は聞かなかった事にしよう。


「うん。じゃあとりあえずそれでお願いしようかな」


「他の問題はどうする?」


「とりあえず目先の問題については解決の糸口が掴めたという事で。残りの細かい部分に関してはその都度対応していくって事で良いかな」


「ええ、それで良いと思うわ」


「よし、じゃあそれで──って、ごめんねみんな。話についてこれてないよね」


 と、話がひと段落した所で、桔梗の視線が、あいも変わらず彼の側にいる3人へと向く。

 物珍しげにあちこちを飛び回っているラティアナとは対照的に、3人は未だ不安げな表情だ。


 とそんな中で、現在右手側の服を掴んでいるシアは、桔梗の顔を見上げると、


「……よくわからないっすけど……けど、ご主人達に迷惑かけている事だけはわかるっす」


 言って、シュンとした表情を浮かべる。

 普段はピンッと立っている狼耳、元気良く振られている尻尾のどちらもが、力無く垂れてしまっている。


「……桔梗……彩姫……ごめんね」


「申し訳無いですわ……」


 シアの言葉に続くように、リウ、ルミアも申し訳無さげに声を上げる。


「…………」


 そんな彼女達の言葉に、桔梗はうーんと少し悩んだ後、


「──迷惑ね。別に掛けても良いんじゃない?」


「よくないっすよ!」


 思わずといった様子でシアが声を上げる。

 対して桔梗は、足りない言葉を補うように言葉を続ける。


「……そりゃまぁ、確かに初対面の人とかに迷惑を掛けるのは良くないよ。けどさ──ほら、僕達って家族みたいなものじゃないか」


「……か、ぞく?」


 何気なく呟かれた桔梗の一言に、シアがボーッと桔梗へと目を向けたまま言葉を漏らす。


「そう、家族。あれだけ一緒に昼夜を共にして、そう呼んでもおかしくない間柄になれたと思って言ったんだけど……違ったかな?」


 先走り過ぎたかな? と、桔梗はどこか恥ずかしげに頬を掻く。


 しかしどうやら杞憂だったようで、シアはグッと口を結び俯くと、


「違く……ないっす」


「…………ん?」


「違くないっすよ! 家族! 家族っすよー!」


 白狼族唯一の生き残り。つまり、家族と呼べる存在が居なくなってしまったシア。

 そんな彼女にとって、『家族』という言葉は強く胸に響いたのか、グッと顔を上げると、桔梗へと力強く抱きつく。


「……家族なら、迷惑を掛けて掛けられて。助け合いながら生きていくものでしょ。だから、もしも今回迷惑を掛けたなとみんなが思うなら、いつか僕が困った時に、今度はシアが助けてくれると嬉しいな」


「助けるっすよー! ご主人ーー!!」


 声を上げるシアにつられてか、同じく家族と呼べる存在の居ない、リウとラティも飛びついてくる。


 が、そんな中で、ルミアだけは表情が優れない。


「……ルミア?」


「──家族。……お父様達は今頃どうしてるでしょうか」


 そう。こちらにやってきてすぐに聞いたことなのだが、どうやら彼女達は突然光に包まれ、何の説明もなくこの世界に連れてこられたらしい。

 血の繋がった存在の居ないシア、リウ、ラティにとっては、環境の変化を除けば問題ないかもしれない。

 しかし、ルミアには家族が居たのだ。


 何の挨拶もできずにいきなり飛ばされてしまえば、向こうはどうなっているのか、家族達は心配していないかと、不安になるのも仕方がないだろう。


 そんな彼女の憂いに、桔梗はグッと口を引き結ぶと、


「──誰がみんなを地球へ転移させたのか、みんなが転移した事を国王様達は理解しているのか。…… ごめん。正直今は全くわからない」


 言って、ルミアの不安に揺れる瞳を見つめると、一拍置き言葉を続ける。


「だからルミア。……辛いかもしれないけど、まずはこちらで生活する事を考えよう。……そしてその上で、向こうの世界と連絡を取る方法を探っていこう。僕も力になれるよう全力で頑張るから」


「……はい。桔梗様」


 頷き、努めて笑みを作る。


「私も力を貸すわ。みんなが心穏やかに暮らせるようにね」


「ありがとうございます、彩姫様」


「全力っすよ! だって家族っすから!」


「……ルミアの為に……頑張る……家族……だから」


「らてぃも! らてぃも!」


「シア、リウ、ラティもありがとうございます」


 ──仲間が居る。


 その事を強く実感したのか、ルミアは幾分か憑物が落ちたような表情であった。


「よし。まずは第一歩として明日私のママに会いに行くわ。みんなもそれで良いわね?」


 暗い雰囲気を吹き飛ばすかのような力強い声音に、皆が頷く。


「それじゃ、私は明日の準備の為に家に戻ろうと思うんだけど……桔梗、後は任せて大丈夫?」


「うん、大丈夫。ありがとう、彩姫」


「……当然の事よ。だって、家族は助け合うもの……なんでしょ?」


 言ってニコリと笑うと、彼女は実家へと戻っていった。

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