異世界ヒロインと帰還勇者の激甘ラブコメ〜ぼっちの少年が異世界の美少女達にモテ、クラスメイト達の度肝を抜く様な話〜

福寿草真

プロローグ

「終わった……のか?」


 呆然と呟く少年、一ノ瀬桔梗いちのせききょうの言葉に答えるかのように、数十年もの間暗がりが支配していた空が、徐々に澄んだ青空へと変わっていく。

 同時に数十年ぶりに顔を出した太陽が、まるで長く虐げられていた地上の民を癒すかのように、暖かな日の光を地へと届けた。


 ──勇者として異世界に召喚されてから3年。


 きっと、日本に居ては経験する事などできなかった刺激的な日々。

 そんな長いようで短かった桔梗の冒険が、魔神討伐という責務を果たした事により、遂に終わりを迎えたのだ。


「桔梗!」「桔梗様!」「ごしゅじんたま!」「……桔梗」「ご主人ーーー!」


 と。未だ実感が湧かず立ち尽くす桔梗の元へ、共に冒険をした仲間達が駆け寄ってくる。


「みんな、お疲れ様」


 仲間達の声色が明るかったからか、それとも単純に仲間達の姿を目に収めたからか。

 ようやく勇者としての戦いが終わった事を実感した桔梗は、どこか肩の荷が下りたような表情で小さく息を吐いた。


「その言葉、そっくりそのままあんたに返すわ。お疲れ様、桔梗。やっと、終わったわね」


 言って、目前の赤髪ツインテールの美少女が微笑む。

 彼女の名は、水森彩姫みなもりさき。共に勇者としてこの世界に召喚された同郷の少女であり、実は高校のクラスメイトだ。

 そして当然だが、共に召喚されただけあって、この世界で最も長時間共に過ごした少女でもある。


「……やっと。そうだよね、この世界に来て3年だもんね……」


 刺激的な日々であった為短く感じたが、本来3年と言えば中学1年生が義務教育を終えてしまう程の期間である。

 召喚当時高校1年生であった桔梗も、ごく普通に生活をしていれば現在は大学生か社会人だろうか。


 3年という期間に、桔梗がどこか感慨深さを感じていると、眼前に立つ彩姫は昔を懐かしむように目を細めた。


「勇者召喚されたあの日は、大嫌いな男とよくわからない世界に召喚されて正直絶望していたわ」


 そう、彩姫と桔梗は召喚当初から仲が良かった訳ではない。

 寧ろ、学校のマドンナ的存在で大の男嫌いであった彩姫と、虐められてはいないものの、クラスでは一切目立たなかった桔梗の間には、大きな隔たりがあったと言った方が適切だろう。


「僕も、あの時は正直絶望したよ」


 言って苦笑を浮かべる桔梗に、彩姫は小さく笑うと、


「けど……ね。今は、あんたと一緒に異世界に召喚されて、その……色々大変ではあったけど……良かったと思ってるわ」


「僕もだよ。一緒に召喚されたのが彩姫で良かった。きっと……彩姫が居なかったら、僕は早々に心が折れていただろうし、こうして魔神討伐なんてできなかったと思う。……だから、ありがとう、彩姫」


 言って桔梗が微笑むと、彩姫はわかりやすく顔を赤らめ、


「…………ふ、ふん! 感謝なんてされても嬉しくなんてないんだからね!」


 最早見慣れてしまったツンツンした彼女の姿に、桔梗はニコリと笑みを浮かべた。

 と、そこへ共に冒険をした仲間の1人である妖精族の幼女、ラティアナが飛んでくる。


「ねーねーごしゅじんたま! らてぃは!? らてぃは!?」


「ラティがいなくても、ここまで来れなかった。ありがとうね」


「うん! らてぃはね! ごしゅじんたまのことだいすきなの! だからね、これからもね、いっしょにいるんだー!」


「うん……そうだね。いっしょに……」


「……? ごしゅじんたま?」


 この時桔梗の脳内に、とある言葉が思い浮かんだ。


『魔神を討伐してくだされば、すぐに女神様が勇者様を故郷へと還して下さるそうです』


 それは召喚されてすぐに、この国の王から言われた言葉。

 あの時は早急に日本へ帰りたいと、故郷へ帰れる事に肯定的であったが、勇者として冒険をし、大切な仲間ができた今となっては、彼女らを置いて日本へ帰る事に、桔梗はどこか後ろ髪を引かれる思いでいるのであった。


 ◇


 別れというのは、案外突然訪れるようだ。


「やーだーー! ごしゅじんたまとはなれたくない!」


 魔神を討伐した次の日。勇者を元いた世界へと返すべく、神によって術式が組まれた大広間に桔梗達は居た。

 そこに彩姫の姿は無いが、それは彼女が女神様が1人ずつしか送還できないということで、つい先程一足先に故郷へと帰ったからである。


 当然、仲間との別れという事で、その場に居る者が皆笑顔かと言われればそんな事は無く。


 大広間には湿っぽい空気が漂っていた。


 そんな中でも特に悲しみを顕著に表現していたのが妖精族の幼女、ラティアナである。

 ラティアナは、泣きながら20センチという小さな身体で、懸命に桔梗の腕にしがみついていた。


 無理もないだろう。彼女はまだ1歳。

 妖精族は精神的成長が早いとは言われているが、それでも人間に換算すれば3歳程度の幼子なのだ。


 桔梗はそんなラティの姿に、思わずずっと一緒に居ようと、彼女が望む言葉を吐きそうになる。

 しかし、桔梗はその言葉をグッと飲み込む。


 この世界での永住は世界バランスの崩壊に繋がる為、不可能であると女神に告げられたからだ。


 桔梗は沈痛な想いを滲ませたまま、小さく口を開く。


「……ごめんね、ラティ。勇者は任務を果たしたら帰らなくてはならない。これは決まりなんだ」


「きまりとかしらない! らてぃは、ごしゅじんたまとずっといっしょなのー!」


 嫌々と、泣き喚きながら桔梗の腕に縋るラティアナ。

 その小さな身体からは考えられない程大量の涙で、桔梗の服がじんわりと濡れる。


「ご主人」


 と。ここで1人の少女が桔梗へと声を掛ける。

 白狼族唯一の生き残りにして、桔梗の仲間の1人であるシアだ。


「……どうした、シア」


「どうしたじゃ、ないっすよ。何すかこれ。聞いてないっすよ」


「ごめん……」


「ごめんじゃないっすよ! ご主人は私の唯一の居場所なんすよ! ご主人が居なくなったら私は、私はどこに行けば良いんすか!」


「シア……ごめん、ごめんね」


 言って桔梗は、胸へと飛び込んできたシアを左手で優しく抱きしめた後、 ゆっくりと撫でた。


「……桔梗」


 魔王の娘であるリウだ。


「……桔梗が居なくなったら……生きていけない。……行かないで……桔梗」


「リウ……」


 魔神の配下である魔王。勿論リウの父親も魔王であり、人類の敵であった。

 しかし、リウだけは違った。

 彼女は魔族の悪事と、それにより害を被る人族に心を痛め、何度もやめるようにと父親に伝えていたのだ。

 が、その声は届く事無く。邪魔だと監禁されていた所を、桔梗達が保護したのである。


 当然、魔王であり彼女の唯一の家族──とは言え、リウに情はなかったが──は桔梗達により討伐されている。


 つまり彼女には家族と呼べる存在は居ないのである──家族と呼べる程の仲である、桔梗達を除いて。


 その事を桔梗も理解していた。しかし、だからと言ってこの世界に残るという選択は取れない。


 だから桔梗は悟すような優しい口調で、


「……リウ。ラティが、シアが、ルミアが居る。リウの家族であるみんなが居るんだ。だからこれからは彼女達と協力して──」


「でも……桔梗は居ない。彩姫も……居ない。……そんなの、嫌だ」


 言って縋るように桔梗に抱きつくリウ。

 そんな彼女の、こちらを見上げる彼女の純白の肌には大粒の涙がツーっといくつも伝っている。


「…………っ」


 その悲哀に満ちた表情を見て、桔梗はグッと歯を食いしばる。

 そして何かを言おうとして、しかし結局彼女にかけてあげられる最適な言葉が見つからず、開きかけていた口を閉じた。


 と、ここで。


「……桔梗様。時間ですわ」


 桔梗の仲間の1人にして王国の第2王女であるルミアが、残酷にも約束の時間が訪れた事を告げる。


 その言葉を受け、桔梗は努めて微笑みを作ると、ルミアの方へと向き直る。


「ああ。……ルミア、最後の最後まで本当にありがとう」


「何を仰いますの。愛する桔梗様の為ですもの。この位……何の…………」


「ルミア……?」


「桔梗様。……やはり無理ですわ。何とか泣かないようにと、必死に耐えていましたのに……もっと貴方と共に居たい。その気持ちが溢れて、涙が……涙が止まりませんの」


 言葉と同時に、走り寄ると桔梗の身体に顔を埋める。


「…………っ!」


 それは桔梗が初めて目にする彼女の涙であった。

 どんな事があっても、決して弱音を吐かず、いつも笑顔で居たルミアの涙。


 それを目にし──ここまで耐えていた桔梗の涙腺が遂に崩壊した。


「……僕だって、僕だって本当は離れたく無い。ルミアと、リウと、シアと、ラティともっと一緒に居たいッ!」


 涙を流し、感情を吐露しながら、彼女達を抱きしめる桔梗。


 しかし、どうやら女神様は待ってくれないようで、魔法陣が輝いたかと思うと、桔梗の身体を白い光が包み出す。

 と同時に、桔梗にしがみついていたラティ、シア、リウ、ルミアは魔法陣の外へと弾かれてしまう。


「──ッ! 桔梗!」「ご主人!」「ごしゅじんたま!」「桔梗様!」


 4人が声を荒げ、手を伸ばす。


 しかし、桔梗を覆う光はどんどんと強まっていく。


「みんなッ!」


 桔梗も彼女達へと手を伸ばす。


 が、当然その手が彼女達へと届く事は無く──遂に桔梗の姿は光に包まれたかと思うと、瞬く間に消えた。


 ◇


 桔梗が目を開くと、そこは懐かしの我が家であった。


「帰って……きたんだね」


 3年ぶりに目にする我が家に──とは言え、女神様が異世界転移した日時と同日同時刻に送ってくれた為、転移時と全く変化は無いが──桔梗は感慨深いものを感じ、小さく微笑む。


 しかし──その笑みもすぐに消え、表情は憂いを帯びたものへと変わる。


「……けど、みんなとはもう会えない」


 そう。地球に帰って来たという事は、同郷の彩姫以外の仲間にもう会うことが叶わないという事なのである。


「ルミア、ラティ、リウ、シア……」


 愛しい仲間達の名前を、ポツリと呟く。


 ──と、その瞬間であった。


「…………ん?」


 突如、自身の居るリビングの一部に小さな光が集まったかと思うと、その光が段々と強さを増していったのである。


「なっ……なんだこれ!?」


 想定外の事態に桔梗が素っ頓狂な声を上げる。

 が、そんな彼の言葉など関係ないとばかりに光は更に光量を増す。


 そして数瞬の後、遂にその光が収まったかと思うと、そこには──


「…………は?」


 最早会う事など叶わないと思っていた4人の姿があった。

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