4.ゾンビと暗殺者

 正面から二頭の猛獣が迫りくる。

 ユミが限界まで引き絞って放った矢が、百メートル先のサーベルタイガーの眉間に突き刺さる。クリティカル判定が入り、サーベルタイガーは地面に転がってやがて動かなくなった。

 だが、その間にもう一頭が高速で迫りくる。次の矢を番えるユミの横から、深紅の短剣を手にしたクロトが前へ出た。既にサーベルタイガーは目と鼻の先である。

 己の間合いに入ったサーベルタイガーは、クロトを押し倒してその首に牙を突き立てようと、勢いよく飛び掛かって来た――同時に、クロトは両膝から脱力落下して猛獣の下に潜り込むと、喉元に短剣を深く突き刺した。跳躍した猛獣の勢いを利用し、その腹に向かって容赦なく掻っ捌く。

 クリティカルとカウンター判定による大ダメージを受けたサーベルタイガーは、クロトの背後に墜落した。そして待ち構えていたユミがほぼ零距離で放った矢に頭を貫かれ、ついに力尽きる。

「……敵性反応消滅、索敵スキルに感知なし、戦闘終了だ」

「強敵でしたね」

「いや、楽勝だったじゃないか?」

 二人の後方で控えていたガーノとヒメノが呆れながら合流する。

「クロトなんか手慣れてなかった?」

「この手の肉食獣は目線が高い人間を狙う場合、肩や胸に向かって飛び掛かり、前足に全体重を乗せて押し倒してから首筋に噛み付いて仕留めてくる。その習性さえ解っていれば対処も可能だよ」

「……すごいわね。ゲームといっても実際にやるとなったら怖いでしょうに」

「マジで何者なんだよ、お前……」

 クロトとユミは、ガーノとヒメノのパーティーに加わり、四人で害獣駆除のクエストを行っていた。目的はユミの射撃技術向上のため、動きの素早いサーベルタイガーを討伐していたのだ。ちなみに今討ち取った二頭で最後であり、無事にクエスト達成である。

「それはそうと、ユミも大分様になってきたわね」

「ありがとうございます」

 最初はガーノが盾役として前衛に出て、ヒメノが魔法で動きを制限したところをユミが狙撃する算段でやっていたのだ。ちなみにクロトは索敵と回復などの後方支援である。パーティーでモンスターを倒せば、その経験値は戦闘に参加していない後衛にも分配されるため、クロトは高みの見物を決め込んでいても良かったのだが、あえて異を唱えた。

「例のNPCは圧倒的な物量で攻めてくるだろうから、乱戦も意識した方が良い」

 その意見を聴いたガーノは、試しにとクロトとユミを前線に出してみたのだが、結果は完勝である。



「さて、次はどんなクエストが良いかな」

 冒険者ギルドに戻った一行は、クエストボードに貼られた依頼書を見る。

 【マンティコアの討伐】や【行商人の護衛】、【薬草の採取】など様々な依頼があった。

「そろそろ人型相手を想定した方が良いんじゃないか?」

「そうだな」

 例のNPCは近代的な装備で固めた人型だ。クロトの意見を踏まえてクエスト内容を吟味し、

「よし、これなんかどうだ?」

 ガーノはあるクエストを指差す。


【ゾンビ50体及び死霊術師の討伐】


「ゾンビまで出るのか、このゲーム」

死霊術師ネクロマンサーってエネミー限定のクラスが居てな、そいつが死体を操っているのさ」

「アンデット系の敵なら神官クラスのヒメノさんが居れば楽勝ですね」

「そうね。でもアテにし過ぎないでよ、相性が良くても私一人では限界があるんだから」

 攻撃力と防御力を底上げする料理を食べながら、四人は装備の確認を行う。

 レベル32まで上がったユミの装備は、格段にバージョンアップしていた。

 まず武器である短弓ショートボウから、より射程と威力が上がった長弓ロングボウに。革の胸当てやグローブも現在のレベルで入手できる最高のものに替えて防御力を底上げしている。

 クロトもアイテムを多く持ち運べる効果のあるベルトキットにタクティカルブーツと、より動き易く回避と機能性に特化した装備だ。

 ふと、クロトは動きを止める。

 次のクエスト準備をする自分たちだけでなく、周囲にいる他の冒険者たちも皆、楽しそうだ。誰もが未帰還者となるリスクを理解した上でこの世界を楽しんでいる。

 科学が発達した現実にはないからこそ憧れる剣と魔法の幻想世界。そんな世界に没入できるゲームを、ヒトは夢中になってしまうくらい楽しく、愛おしく感じているのだ。

「クロト、どうしました?」

 それはガイノイドである助手ですら解る、極めて当たり前で『普通』なこと。

「ん? ああ、何でもないよ」

 ゲームには疎く、それほど好きでもない黒沢鉄哉という探偵は、その『普通』を守るためにここに居るのだ。



「おお、もしや貴方たちが今回の依頼を引き受けてくれる冒険者ですかな?」

 死霊術師討伐の緊急クエストはゾンビが現れない昼間の時間帯、教会で牧師からの依頼を聴くことで始まる。

 話によれば、牧師が管理している霊園にいつしか死霊術師が現れた。死者を蘇らせては夜な夜な村を徘徊させているだけで、実際に襲われた村人は居ないようだが時間の問題だろう。いつ民家に踏み込んで人を襲うか解らない上に、住民が他所よそへ離れてしまえば村は滅びてしまう。そうなる前にゾンビとその主犯である死霊術師を討伐してほしいとのことだ。

 作戦会議ブリーフィングを兼ねた会話方式による依頼受注。牧師を演じるNPCにはAIを使用しているのだろう、会話の流れと受け答えに違和感がなく実に自然だ。随分と凝った作りのゲームである。

「あの牧師といい、随分とストーリー性が高いな」

 霊園の下見に向かう道中、クロトがそう言った。

「クエストが作業化してマンネリしないよう突発的に起きるイベントだからな。過去にもあったぞ」とガーノ。

「その時もゾンビが?」

「いや、大量発生した走るアシツキマグロを捕獲するやつだ」

「…………えっ、何? マグロ? 足付いて走ってんの? おかで?」

 それは幻想ファンタジーではなく、狂気クレイジーの類ではないのか?

「アスリート並にしなやかな筋肉が付いた脚線美と脂身が乗ったシュールなデザインで、初めて見た時は腹筋崩壊してしばらく動けなかった」

 何その水陸両用仕様。実在したらシュール以前に恐怖でしかない。「SAN値チェックです」的な。

「あれは楽しかったわね、私達はでっかい虫取り網を持って追い掛けてさ」

「オスはガニ股で、メスは内股で走ってたよな。あれはウケた」

 経験者の話の内容に「何それ楽しそう」とユミが食い付いた。

「しかも食ったら敏捷性が大きくレベルアップしてな」

「違う意味で美味しかったわね、あれは」

「おぉ……」

 ガーノとヒメノが楽しそうに語り、ユミが目を輝かせる。

(……くっそ、どこからツッコめば良いのやら……!)

 ゲーム初心者のクロトは一人思い悩む。

「あー、ガーノはFOLを始めて長いのか?」

「二年くらいかな。つい最近まで期末しけ……リアルで忙しい時期もあったけど」

 慌てて言い直したガーノを睨むヒメノにも訊ねる。

「ヒメノも?」

「えっ、ええ、まぁね」

「二人とも学生なんだな」

 突然のカマかけに、

「なっ⁉ いや、その……」

「い、いやいやいや……!」

 二人は目に見えて驚愕し、身振り手振りを大きくして狼狽える。

 ちらりとユミを見ると、彼女も真顔で頷いた。すでにハッキングで調べは付いていたらしい。予想通り、ガーノもヒメノもリアルでの身分は学生だ。

「あー、ごめん。手前で訊いておいて話の腰を折ったのは悪かった。それで、FOLを始めたきっかけは何だったんだ?」

 二人は顔を見合わせると、やがてガーノが質問に答える。

「……えっと、俺は子供の頃、よく学校でイジメられていたんだ」

 クロトとユミは真顔で耳を傾ける。

「俺はどちらかといえばゲームやアニメが好きなインドア派で、そのせいかよく周りから『オタク』だの『キモイ』とか言われてた……」

「ヒドイ言い掛かりですね」

 たまらずユミが憤慨し、

「同感だが、話は最後まで聞こうな」

 クロトが続きを促す。

「それで学校に行けなくなって、引き籠っていた時期があって……そんな時、FOLの存在をネットで知ったんだ」

 子供の頃に憧れていた幻想の世界で主人公になれる、そんな夢みたいな話に魅了されて親にせがんでPSギアを買って貰い、この世界に彼は足を踏み入れた。

「俺はインドアで運動音痴だったから、前衛職には向いてなかった。それでも、ゲームや漫画で活躍する主人公たちは皆最前線で戦っていた。その姿に憧れて戦士クラスを選んだんだ」

 しかし、リアルを追求した造形美が裏目に出た。モンスターとの初戦闘で初めての『死』を体験し、他のプレイヤー同士の決闘――激しい『殺し合い』を初めて見た時はショックで寝込んだこともある。当時のFOLはリアリティを重視した傾向が強かったため、今のように精神衛生面を考慮したマイルドな演出や非現実的なエフェクトなどは実装されていなかったという。

「それでも死にはしなかった。ゲームだから当然……怖くはあったけど、学校の方が、よっぽど怖かったから……」

 そしてガーノは気付く。ゲームの中ならば恐怖を感じることはあっても死ぬことは決してない。憧れた主人公のように幻想の世界で強くなれば、いつか現実にも立ち向かえる強さを得られるのではないかと。

 気付いた時にはFOLに没頭し、今では高レベルのベテラン重騎士にまで上り詰めていた。

「それじゃあ、今はちゃんと学校に行けて――いるんだな、さっき『期末試験』とか言い掛けたし」

「いや、まぁ、その……はい、何とか……」

 クロガネの発言に、ガーノもしどろもどろになりつつも頷く。

「……いじめは大丈夫なのか?」

「まぁ、何とか。リアルでも自分だけの『主人公ガーノ』に近付きたくて、髪形を変えたり、強気で毅然で居られるようにしていたら、いつの間にかいじめられなくなってました」

 いつの間にか敬語で話すガーノに、

「……私も似たような感じ……です」

 控えめにヒメノが続く。

「私も学校では地味で暗くて、よく他の女子から陰口を言われてて、何となく似たような感じだったガーノの雰囲気が日に日に良くなっていくのを見て、思い切って訊いてみたんです。何かあったのかって」

 初対面時の妖艶さが抜け落ちたヒメノが、そう告白した。

「それがきっかけで私もFOLで、自分がカッコいいと思う女性を演じていたら誰も彼もが私を頼ってくれて、とても嬉しかった……私もリアルではオシャレとかしてみたら、自然と周りと話せるようになってました……」

 ふむ、と感心して頷くクロトの隣でユミが滝のような涙を流して号泣していた。ゲーム内の表現補正があるにしろ感動し過ぎである。

「……君たちは強いな。自分を変えるのは半端ないエネルギーを使うし、大抵の人間は嫌な現実から逃げてしまうのが『普通』なんだろう? 立派だよ」

「いや、あはは、恐縮です」

「あの……それで、その……このことは……」

 照れるガーノの横で、ヒメノがどこか焦った様子で何か言い掛ける。

「……解ってる。絶対に口外しないよ」

 そう頷くクロトに二人は安堵した。

 先程から二人が焦っている理由は、自分たちの家族には今や社会問題になっているFOLで遊んでいることを隠しているからだろう。親としては子の安全を第一に考えるのが『普通』であり、FOLに己の居場所を築いた本人たちの事情など二の次だ。クロガネクロトも二人の本心を理解する一方で、自身もまた美優ユミの保護者である。彼らの親の心情も想像できた。

「では、ネットに書き込みはOKですか?」

「ダメに決まってんだろッ!」

 空気を読まないユミの脳天に、クロトのげんこつが落ちた。

 涙目で頭をさすりつつ、ユミは反駁はんばくする。

「いや、私なりに空気を読んだ発言ですよっ。今話したお二人の経験談を公開すれば、同じ悩みを抱えている人を勇気づけられる可能性があります」

「この話は当事者だけが持つデリケートなものだ。第三者が本人の許可なく余計なことをするんじゃない」

「ええ。ですから本人に直接許可を取ろうとしたところ、げんこつが」

「そういうところが空気読めてないんだってことに気付け!」

 呆気に取られるガーノとヒメノの視線に気付いて「コホン」と咳払いを一つ。

「……口外も公表もする気はないが、一つだけいいか?」

「な、何でしょう?」

 突然の見返り要求に、ガーノとヒメノは身構える。

「今まで通りに接してくれない? いきなり敬語で話されると、調子が狂う」

 二人は一瞬呆けた後、たまらず噴き出した。

 それは実に楽しい笑顔だった。



 教会のある村から一本道を通って森を抜け、やがてくだんの霊園に辿り着く。

 そこは無数の墓石が整然と並べられ、当然ながら静かで物寂しい場所だった。

「お墓に名前が刻んでありますね……グラフィック担当、サナダ・コウスケ?」

 ユミがそう読み上げると、クロト達も辺りを見回す。どの墓標にも何らかの担当者の名前が刻まれてあった。

「察するに、開発スタッフの名前か」

「そのようだ。ちなみにスラム街の落書きにも書かれてあるぞ」

「スタッフだけの特権というか、遊び心よね。それで、作戦はどうするの?」

 普段の調子に戻ったガーノとヒメノを交えて作戦会議を行う。

「クエスト達成条件が『ゾンビを操る死霊術師の討伐』だから、ゾンビは無理に殲滅する必要はないな。てか、4対50の戦力差は流石にキツイわー」

「なら、ピンポイントでユミが標的を狙撃するのは?」

「それが一番手っ取り早いけど、当然対策してあるだろう。腐った肉盾は豊富にある」

「敗北条件にも注意しないといけませんね。今回のクエストは目標討伐に加えて防衛戦も兼ねています。ゾンビが一体でも村に入ったら即クエスト失敗です」

 攻略の鍵は、敵の矛であり盾でもある50体ものゾンビをどう捌くかに尽きる。

 たった四人で村には一体も通さず、無数のゾンビに護衛された標的を討ち取らなければならない。

「難しく考える必要はない。各々の得意分野を活かせば良い」

 クロトは木の枝で地面に四角く描いた【霊園】と、丸く描いた【村】の間に一本道を描いた。

「この霊園は背の高い柵で周囲を囲んでいる。流石にゾンビも身の丈以上の柵や壁は越えられないだろう。そこで、唯一の出入口をガーノが塞ぐ」

 一本道と【霊園】の境い目に『G』と書き込む。

「流石に俺でも抑えるのは厳しいぞ」

「当然だ。そこでトラップ作成のスキルを持つ俺がガーノの前に落とし穴を作る」

 『G』の隣に×印をつける。

「一時的だが、これで足は鈍る筈だ。ついでに落とし穴の中には油を大量に仕込んでおく。ゾンビが落ちたら火を着けろ」

「鬼か」

 さすが暗殺者クラス。やることが容赦ない上にえげつない。

「穴に落ちたゾンビを踏み台にして後続が進行してきた時は?」

「ガーノ次第だ。ヒメノを援護に付けるから片っ端から薙ぎ払え」

 『G』を挟んで×印の反対側に『H』と書き加える。

「なるほど、私が回復と攻撃を同時に行うわけね」

 神官クラスのヒメノが操る祝福魔法には、味方の回復効果と同時に対アンデッド特攻効果があるのだ。

「二人がゾンビを足止めして霊園の出入口を死守し、ユミが標的を仕留める。ユミは霊園中央にある大木に登って狙撃ポジションを確保。〈索敵〉も巧く使って最適な場所を陣取れ」

「解りました」ユミは頷く。

「狙撃に失敗、あるいは狙撃不可能だと判断した場合はガーノ達の援護に回れ。絶対にゾンビを外へ出すな」

 クロトはコントローラーを操作し、錬成スキルで作成した火炎瓶と炸裂弾付きの矢を三本ずつユミに預ける。

「そして俺は遊撃だ。状況に応じて陽動や攪乱、ガーノ達の救援、ユミの保険として標的の暗殺などに移る可能性もあるから、過度な期待はしないように」

 こんなところか、と三人の顔を見回す。

「……何か質問は?」

「万が一、ゾンビが防衛線を抜けてしまった場合は?」とヒメノ。

「すぐに大声で伝えろ、索敵が広いユミが狙撃して仕留める。その時は俺がユミのカバーに入る。ガーノとヒメノは絶対に持ち場を離れるな」

「回復役のヒメノが襲われたらどうする?」とガーノ。

「ユミがカバーする。その場合、俺が標的を仕留める」

「私が攻撃を受けた場合は?」とユミが挙手する。

「俺がカバーする。敵の牽制と陽動はやっておくから、自前のアイテムで回復しつつ別のポイントへ移動しろ。態勢を整えて狙撃を再開」

「俺が力尽きてしまった場合は?」とガーノ。

「その前に標的を仕留めていなければクエスト失敗だ」

 沈黙が訪れる。

「この作戦の要はガーノだ。自前のステータスとヒメノのバックアップがあれば充分に耐え切れると踏んで計画したんだが、自信の程は?」

 クロトからの質問に、「……ふっ」とガーノは不敵に鼻で笑う。

「あるに決まってんだろ。拠点防衛は得意中の得意だ」

「……では、この作戦で行くことに異論はないな?」

 全員が同時に頷く。

「よし。それじゃガーノ、号令を」

「…………えっ、俺?」

 名指しされたことに戸惑うガーノ。

「このパーティーのリーダーはお前だろ」

「……クロトが頼もしいから、すっかり忘れてた」

「誉め言葉として受け取っておく」

「コホン……それじゃ改めて」

 ガーノは表情を引き締め、号令する。

「討伐クエストに、のりこめー」

「「わぁい」」

 楽しそうに駆け出したガーノに、ヒメノとユミが続く。

 ……ぽつんと、クロトだけがその場に取り残され、

「……えっ、今の号令? FOLここではそれが普通なのか?」

 慌てて仲間たちを追い掛けた。


 各々が配置についてクエストを開始すると、舞台である霊園に夜が訪れる。

 赤く大きな月が夜の墓場を不気味に照らし、不安と恐怖を煽るようなBGMが流れてきた。

 やがて無数の死者たちが永遠の眠りから目覚め、地中から這い出て来た。

 呻き声を上げながら、ふらふらと覚束ない足取りで村へ通じる唯一の出口へ殺到する。

「よし、戦闘開始。各自の役割を果たせ」

 軽い足取りでゾンビの群れに飛び込んだクロトは、深紅の短剣を振るって進路上にいたゾンビの首を刎ねながらすり抜けた。そして再び群れの中に入り、するすると滑らかに、次々と首を切断していく。ゾンビ達はクロトに掴み掛ろうと噛みつこうとするも、伸ばしたその手は、剥いたその牙は掠りもしない。

「……ホントにすごいわね」

「マジで何者なんだよ……」

 出口を塞ぐガーノとヒメノの前にも押し寄せたゾンビ達は、次々と落とし穴に嵌っていく。クロトはかなり深く掘ったようだ。

 ガーノが炎の魔石を投げ入れると穴の中に仕込んだ油に引火し、瞬く間にゾンビ達は炎に包まれる。

「うわぁ……」

「エグイわね……」

 二人は同時に呻いた。例えゲームで相手がゾンビだとしても、ヒトが焼かれる姿というのは見ていて気分が良いものではない。FOLは嗅覚がない仕様であるのも幸いだった。死臭はおろか、人肉が焼け焦げる臭いなど知りたくもない。

 次々とゾンビが落ちて穴を埋めていく。やがて酸素供給が途絶えて鎮火し、焼かれた屍を踏み越えて後続の死者が迫りくる。

「いくぞ!」

「ええ!」

 重騎士の戦斧と神官の祝福が、死者たちを薙ぎ払い塵に変えていった。



 霊園の中央にある大木から、眼下を見回していたユミは首を傾げた。

「……変だ」

 先程から索敵スキルを使用しているにも関わらず、標的である死霊術師が見付からない。弓兵は他のクラスに比べ索敵補正率が高いため、霊園マップ全域を隈なく見渡すことが可能だ。しかし標的の姿はない。

「このままだとジリ貧ですね……早く見付けないと」

 クロト達がゾンビを倒すと時間経過で増援が現れる。今になって気付いたのだが、このクエストはゾンビが一度に出現する上限が50体までであって、実質無限に湧いてくる仕様のようだ。制限時間付きの耐久戦ではない以上、大元を叩かなければいずれこちらが力尽きることになる。

「クロト!」

「何だ?」

 肩越しに背後へ投擲した爆弾で複数のゾンビを吹き飛ばしたクロトが応じる。

「標的が見付からない! 地上には居ない⁉」

「……いや、こちらの索敵にもヒットしない、な!」

 会話しながら飛び掛かってきたゾンビを紙一重で避け、短剣で首を刎ねる。

 弓兵と暗殺者の〈索敵〉に感知しない標的。

 ゾンビを一定数撃破か、それとも時間経過で出現するのか。

「ちょっとマズいな! 今は良くてもいずれMPとアイテムが切れるぞ!」

 ガーノがゾンビを薙ぎ払いつつ話に加わる。

「ゾンビが居るなら操ってる死霊術師も居る筈でしょッ! それとも何、最初からここには居ないって言うの⁉」

 ガーノの回復と援護に注力していたヒメノの声に、ユミははっとする。

「……それだ! クロト!」

 彼も同じ考えに至ったのか、ゾンビを蹴散らしながら最短でガーノ達の横を抜けて戦線離脱する。

「お、おい、どこに行くんだ⁉」

「勿論、標的の所です」

 クロトが抜けた穴を、高所からの狙撃でユミがフォローする。

「どういうこと?」

 消費したMPをアイテムで回復させたヒメノが、再びガーノの援護を再開。

「ヒメノさんが言った通り、標的はこの霊園には居ません。別の場所からゾンビを操っていたんです」

 火炎瓶を投げ付け、炸裂弾付きの矢を放って密集していたゾンビ達を一掃したユミは、増援が出現するまでの間に説明する。

「ストーリー形式のクエスト受注だったのがそもそもの伏線でした。今回の敗北条件を思い出してみてください」

「敗北条件って、ゾンビを村に入れてしまったら――あッ!」

 ガーノとヒメノは同時に気付いた。

「そう、今回のクエストは防衛対象である村もマップに含まれています。この霊園に居ないとするならば、

 一同は振り返る。

 村へ向かったクロトの姿は、すでに闇に紛れて消えていた。



 防衛対象である村へ辿り着いたクロトは、迷わず教会へと向かった。

 夜中とはいえ村は不気味なほど静まり返っており、明かりを灯した家は一軒もない。今回のクエスト内容も手伝ってゴーストタウンを彷彿とさせた。

(……思えば、依頼人である牧師以外に村人NPCを一人も見ていない)

 てっきりゲーム上の演出や仕様だとばかり思っていた。

(もしも牧師が黒幕でゾンビの正体が村人だとしたら、全ての辻褄が合う)

 動機は不明だが、ストーリー的に村人をゾンビに変えた死霊術師は村を支配し、立ち寄った旅人や冒険者を襲っては少しずつ勢力圏を広げて屍者の国でも築こうとしていたのだろうか。我ながら無理のある考察だが、感情移入できない倒すべき敵であることは間違いない。

 最速最短で駆けてきた勢いのまま教会の扉を蹴り開ける。

 そこには無作法な来訪に驚きもせず、幽霊のように佇んでいる牧師が居た。

 教会内の床に大きく描かれた魔法陣の中心に立ち、赤く光る不気味な眼で一心不乱に呪文を唱え続けている。

大当たりジャックポット

 クロトは深紅の短剣レッドラムを腰だめに構えて一気に間合いを詰め、牧師――標的である死霊術師の心臓に、深々と突き刺した。

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