123.彼の、目的とは
「モーント様、それは一体……」
「うん、まぁこれは追々。それよりも勇者とマティエルの件だけど、このまま放っておくわけにもいかないな。姉上に再度接触してみるしかないか」
わたしの問いをにっこり笑って流したモーント様は、その美しい顔に憂鬱の色を濃く乗せて溜息をついた。
「その事なんですが、わたしが
「うん?」
「え……」
「クレア」
わたしの言葉はそんなにもおかしいものだっただろうか。
まさに三者三様。モーント様は不思議そうに目を瞬いているし、サンダリオさんは唖然としている。アルトさんは明確に咎める声。でも
「会えないし、声も聞けないとエールデ様は仰っていました。今回のマティエルと勇者の事を思うと、リュナ様も既に同じように自由を奪われて暗示を掛けられているのではないかと思うんです」
「それは僕も思うけれど。クレア、危険かもしれないと分かっているかい?」
「充分に。でも……もしかしたら、ですけど。これは全部十七年前の月神祝から繋がっている事なんじゃないかと思うんです」
十七年前の月神祝の夜。
わたしが一度死んだ日。マティエルに殺された日。
思った事を口にしたら、わたしの中でパズルのピースが綺麗にはまっていくようだった。そうだ、これは全てあの夜から始まっている。
「わたしが死んだ日、わたしを蘇らせて下さったのはリュナ様もだったと、お聞きしました。わたしを蘇らせて、その代償に両親は地底牢獄に囚われた。その後……
わたし以外、誰も声を発しない。
ただ静かに聞き入ってくれている。アルトさんがそっとわたしの手に自分の手を重ねてくれた。その温もりに勇気が貰える。
「リュナ様はマティエルに事情を聞いたかもしれない。叱責したかもしれない。マティエルはもしかしたら、わたしの両親、いえ……メヒティエルが地底牢獄に囚われた事も知ったかもしれない。そうしたらマティエルは何をするか。……きっとメヒティエルを救いに行こうとする。でもそれは難しいこと。だからマティエルは……この世界を滅ぼそうとした」
サンダリオさんが、ごくりと息を飲む音が聞こえた。そちらに目を向けるとただでさえ白い顔が、更に血の気を失っている。
「リュナ様とお会いできなくなったのは十七年前と聞きました。言葉を交わす事も出来なくなったのは二年前、人魔戦争が始まった頃。十七年前からずっとマティエルは同じ願いのために動いていたのかもしれない」
口の中が乾く。冷めてしまった紅茶を一気に呷ると、わたしはふぅと息をついた。
「……そこまで考えていたんだね、クレア」
「間違っていてくれたらと思うんですけれど」
肩を竦めても、モーント様はわたしの考えを否定はしてくれない。それはそういう事なのだろう。
「だからやっぱり、わたしが
おどけて見せると、やっと部屋の中の空気が和らいだ。サンダリオさんは空咳を繰り返して紅茶を飲んでいる。
「モーント様、
アルトさんが口を開いた。わたしの手をぎゅっと固く握りしめて。応えるようにわたしもその手を握りしめた。
「うん……行けないことはない。でも分かっているだろうけれど、危険だよ」
「承知しています」
「アルフレート君も行く気なんだね」
「私はクレアの護衛ですから」
「君が居てくれて良かったよ」
わたしは隣のアルトさんをまじまじと見てしまった。来てくれたら有難いし心強いんだけど、危険だとわたしだって分かっている。それでもこの人は一緒に来てくれると言うんだろうか。
わたしの考えを読んだように、アルトさんが口端に笑みを乗せる。
「一人にしないと言っただろう」
「……そうでした。頼りにしてます」
わたし達のやり取りに、どこか満足そうにモーント様は笑った。
「
「次に
サンダリオさんが手の平を掲げると、そこに二つの月が浮かび上がった。言うまでもなく一つは
「十二日後の夜、月の泉においで。
「どんな事でしょう」
「気配も、姿も何もかも隠匿する魔導具を作るんだ。君の父君が残しているはずだよ」
「分かりました。必ず作ります」
どうして父の魔導具をモーント様が知っているのか、父がどうしてそんな魔導具を作ったのか気になったけれど口に出来る雰囲気ではなかった。それにそんな魔導具があるのなら、確かに潜入するにはもってこいだ。
「アルフレート君、クレアを頼むよ」
「お任せください」
「では十二日後に。……すまないね、クレア。君にばかり背負わせている」
「何を仰いますか。モーント様がそう簡単に動ける事ではないのだと、理解しているつもりです」
「……ありがとう」
モーント様が立ち上がると、肩から髪がはらりと落ちた。その艶やかさは触れなくとも分かるほど。
追いかける形でわたし達も立ち上がった。この対談ももう終わりだ。
「もう君の転移でも、ここには来られるよ」
「……宜しいんですか?」
神域にそんなに簡単に転移できていいんだろうか。
わたしが内心で恐れ戦いていると、モーント様は肩を揺らした。
「そうした方がいい気がしたんだ。それから先日、魔王領のオアシスを浄化したけれど、一角獣を作ったのは君たちかい?」
「そうです。お力を貸して下さってありがとうございました」
「あんな見事なものを捧げられて、力を貸さないわけもないだろう。魔式はもちろん、一角獣の細工も見事だったよ」
「ありがとうございます」
褒められるとアルトさんもその表情を綻ばせる。あの一角獣は本当に見事だったもの、なんてわたしまで得意気になってしまったけれど、それも仕方ないと思う。
「クレアちゃん、アルト君、これを」
扉が開き、サンダリオさんが入室してくる。……いつからいなかったんだろう。あれ、そういえばモーント様が立ち上がった時は、いた……よね?
わたしの内心の動揺を知るはずもないサンダリオさんは、わたしが両手を合わせてやっと載るくらい大きな鉱石の塊をふたつ持っている。差し出されたそれをわたしとアルトさんは受けとるけれど……これは月華石だ。
「こんな大きいの貰えませんよ!」
「僕からの気持ちだよ。君達がいなければ、この身は滅びていたかもしれない。もし万が一命を繋げたとしても、マティエルに捕まっていたかもしれないからね」
「クレア、受け取りなさい。サンダリオが生還して報告してくれた件がなければ、事はもっと手遅れになっていたかもしれない」
モーント様にもそう言われたら、受け取らないわけにもいかない。
わたしとアルトさんは顔を見合わせ頷くと、わたしの開いた空間収納にそれを二人してしまいこんだ。
「ありがとうございます、サンダリオさん、モーント様」
「ありがとうございます。では、十二日後に」
アルトさんがわたしの手を取る。
二人で一礼をすると、サンダリオさんは膝をついて頭を下げている。わたしは内心で慌てたのだけど、これは感謝の意だろう。それならば受けとるまで。
にこやかに手を振るモーント様にまた頭を下げてから、わたしはエールデ大神殿へとその体を移したのだった。
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