118.プチケーキの美味しい食べ方

「妖精の子が遊びに来た事はあるんですけどね。お花で指輪とか首飾りを作って遊んだ思い出があります」

「妖精族と遊ぶのも珍しい経験だな。流石といったところか」


 そんな話をしていると、ホワイトプリムが目映いメイドさんが気配もなく現れた。驚いてしまって肩が跳ねたのも仕方がない事だと思う。隣のアルトさんが笑っているけれど、テーブルの下で足を踏んづけてやろうか。


「精霊王がお冠でな。今にもシュトゥルムに攻め込むと言っているのを宥めてきたんだ」

「おおぅ……お疲れさまです」

「それは澱みが増えているのと関係があるのか?」

「ご明察。澱みが増えて自然が穢れれば、彼らも無事では済まんからな」


 精霊とは自然を糧にして生きる種族。

 自然から生まれ自然に還る彼らにとって、澱みが増えているのは確かに死活問題だろう。


「でもどうしてシュトゥルムに? 戦争を仕掛けている国だからですか?」

「それもあるが、守神が姿を消しているのはクレア達も知っているだろう? 精霊王はそれをしているのがシュトゥルムだと言っているんだ」


 うぅん……気持ちはわかる。

 あの勇者を抱えている国で、あの勇者がしている事を思えばあり得なくもないんだけど……かといって間違いなく、そうだろうとは言えないし。


 わたしの考えが顔に出ていたのか、ヒルダはその綺麗な眉を下げて笑うばかり。


「しかし実際どうなんだろうな。勇者が澱みから魔物を創造していたのは間違いない。ただ守神を討っているのが勇者だとは、証拠もないし言い切れない。シュトゥルムがしているとも言い切れない」


 アルトさんの言葉にわたしも頷く。

 新しく淹れて貰ったのはコーヒーだった。花の形をしたお砂糖をひとつ落とすと、ふわふわと水面を漂ってゆっくりと溶け消えていった。


「シュトゥルムでも守神が狙われていますよ。実際、南の森で鷹の姿をした守神がいなくなったそうです。その土地は澱みに溢れていて、魔物もとても大きなものでした」

「そうだったな。あんなデカさの闇熊は初めて見た。澱みに触れ続けた魔物が巨大化しているのかもしれん」


 そんな巨大な魔物を、簡単に討伐していた超人が何かを言っているな。

 わたしはカップを口元に寄せて、コーヒーの香りを楽しんだ。柑橘系の爽やかな香りが鼻を抜ける。

 口に含むとやはりオレンジのような酸味に、苦味が広がってバランスがとれているのを感じた。うん、美味しい。

 隣のアルトさんも満足そうにコーヒーを楽しんでいる。これ、どこの豆なのかな。それよりもメイドさんのドリップ技術がすごいな。


「シュトゥルムでもか……。それならシュトゥルムが国として関わっている事ではないのかもしれんな。好んで自国を乱そうとはしないだろうが……いや、それさえも撹乱か?」

「ひとつを知れば、またひとつわからない事に襲われる感じがしています……。勇者の目的がシャルテを復活させる事だとして、シュトゥルムはそれを知っているんですかねぇ」


 メイドさんは色様々で可愛らしいプチケーキをお皿にのせると、美しい姿勢で一礼してから去っていった。お見事としかいいようのない手捌きでした。


「知っていて利用しているのか、知らずに利用されているのか。それは私が調べようか。シュトゥルムとしては勇者に伝わる伝承を元に、うちに戦争をふっかけたわけだからな。その伝承が異なると知っているのかどうか」

「気を付けてくださいね」

「ああ、ありがとう」


 そう言って笑うヒルダは色気もあるのに、滅茶苦茶格好よかった。危うく胸がときめくところだった、なんて言ったらレオナさんに笑われるだろうか。



 可愛く飾られたプチケーキを頬張るのは勿体ない感じもするけれど、わたしはそれに囓りついた。見ればヒルダも同じように頬張っていて、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。


「何してるんすか……」


 呆れ声にそちらを向くと、銀のトレイを持ったイーヴォ君がやってきていた。トレイにはベルベットの布が敷かれ、きらきらとした水晶が置かれている。太陽の光を強く反射して、思わずわたしは目を細めた。

 イーヴォ君が東屋に入ってくると、陽光が遮られて反射も落ち着いた程に煌めいていたのだ。


「そう言うな、イーヴォ。私はこのケーキを囓るのが好きなんだ」

「知ってますよ。でも宰相様にやめるよう言われていたでしょう。書類に零れるし、はしたないって」

「しかしこれは囓りつくのが美味いんだぞ。なぁ、クレア」

「ええ、囓りつくか一口で食べるのが一番ですね」


 わたしも心から同意をすると、イーヴォ君は盛大に溜息をついて見せた。


「それよりヒルデガルト様、お持ちしました」

「ありがとう」


 ヒルダはイーヴォ君の持つトレイから、ジュエリーボックスを手に取る。蓋の開けられたそれにはイヤリングとネックレスが綺麗に並んでいた。……水晶じゃない、ダイヤモンドだ。

 イヤリングもネックレスも、まるでパーティーにでもつけていくような華やかさ。というか目に眩しい。目に優しくない。


「これは先日の一角獣の礼だ。受け取ってくれ」

「無理ですよぅ!」

「気に入らないか?」

「そうじゃなくて、そんな高価そうなものを受け取れないって事です! お礼なんていらないんですよぅ」

「しかしそれでは私の気が済まない。これは私がクレアに似合うと思って選んだものだ。受け取ってくれ」

「うぅ……こんな素敵なもの、着ける機会もないですし……」

「なんだ、それならパーティーでも開こうか。ドレスももちろん、私に選ばせてくれるな?」


 そうだ、この人って王様だった。パーティーとか開けちゃう人だった。


「クレア、受け取っておけ。これを受け取らないと次は国宝レベルを贈られるぞ」

「有り難く頂戴します!」


 イーヴォ君の溜息混じりの言葉に、わたしは即座に了承していた。ヒルダならやる、きっとやる。というよりも、もう既に国宝レベルの贈り物をしようとして、イーヴォ君達に止められていたまである。


「アルト、貴方にはこれを」


 次にトレイからヒルダが取ったのは、水晶で出来た短剣だった。刃も柄も全てが水晶で出来ていて……この水晶、魔力を帯びている?


「魔水晶か」

「そうだ、流石だな。これは剣に付与する事で、切れ味が上がるとか歯こぼれしないとか、そういった効果があるらしい」

「有り難く」


 魔水晶は言葉の通り、ある特定の効果をその身に宿した水晶だ。とても希少性が高くて、わたしも実物を見るのは初めてだ。こんなにも綺麗なものなのか。


 わたしはジュエリーボックスと、アルトさんの魔水晶を空間収納にしまうと瞬きを何度か繰り返した。アクセサリーの輝きと魔水晶の輝きに目がおかしくなってしまったのだ。あんなに煌びやかなものを見る機会なんて滅多にないもの。



 ふぅ、と息をついて再度コーヒーを楽しんでいたら、ふとわたしを呼ぶ声がした。

『生きたい』と願う強い想い。


 わたしは立ち上がると隣のアルトさんに目を向ける。勘のいい彼はそれだけでわかったようで、立ち上がって剣の位置を直した。


「行くのか?」

「すみません、ばたばたしてしまって。……生きたいと願っている人の声が聞こえたので、行ってきます」

「貴方のそれは本当に素晴らしい使命だと思うよ。そのお陰で優秀な部下を失わなくて済んだ身としてもな」

「気を付けろよ」


 ヒルダとイーヴォ君は不躾にも関わらず、気にした素振りもなく見送ってくれる。


「なにかわかったら、また連絡します」

「ああ、それ以外でも気楽に連絡してくれ。貴方は私の友人なのだからな」


 その言葉が嬉しくて、大きく頷く。

 それからわたしはアルトさんの手を取って、転移をするべく意識を集中させた。慣れた浮遊感に思わず吐息が漏れると、アルトさんが手をきつく握ってくれたのが分かった。

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