74.今日も今日とて人助けー二人の冒険者③ー
「これは一体……」
戸惑う声に目を向けると、そこには彼女の相棒の冒険者が困惑を隠せない様子で立っていた。
にこりと笑いかけて、彼女の隣のスツールを勧めると、彼女が手招きしているのもあって大人しく腰を下ろす。
「はい、どうぞ。もう大丈夫そうですか?」
彼の前にも、用意しておいたサラダを出す。彼女は慣れた様子でカトラリーセットから、彼の分のフォークを出してやっていた。
「ああ、君が助けてくれたのか。本当にありがとう」
「どういたしまして」
茹で上がったペンネをざるにあげると、蒸気が立ち上る。水を切ってソースに絡めて……うん、いい出来! その上にチーズを削ってから、彩りにパセリを散らした。
二人の前にペンネの載ったお皿を出すと、わぁ……と感嘆の声が聞こえる。そういう何気ない声が凄く嬉しいのだ。
「さぁ召し上がれ。体力を回復させるのは、やっぱり食べなくちゃですねぇ」
「遠慮なくいただくわ。美味しそう」
「い、いただきます……」
二人が美味しいと食べ進めると、わたしの気分も上がっていく。鼻歌なんて歌いながらお茶の準備をしていると、時折音が外れるレオナさんの鼻歌を思い出した。うん、やっぱりまだ胸が苦しい。
お茶の準備に専念しよう。今日は何にしようか。大神殿で最初に貰った紅茶はまだたっぷりと残っているけれど、まだわたしはそれが飲めない。思い出してしまって苦しくなってしまうから。かといってコーヒーも入れられないのだから、もうどうしようもないなと思う。仕方ないので、別の紅茶缶を選んでお茶にする事にした。これにミルクをたっぷり入れて飲もう。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま。とっても美味しかったわ」
「そう言って貰えると作った甲斐もありますねぇ」
二人はペンネをぺろりと食べて、山盛りだったパンも綺麗に食べてくれた。やっぱり冒険者だけあって、沢山食べるのかもしれない。
わたしは二人のお皿を回収すると、カウンター上に紅茶とイチゴのタルトを出した。これは自分でも綺麗に出来たと思っているし、味も間違いないだろう。
二人は早速フォークを手にして、タルトを味わっている。
「それにしても、君があの大毒蛾の解毒薬を持っていたなんて、俺は運が良かったんだな」
「違うわ、クエント。この子が飲ませてくれたのは解毒薬なんてものじゃない。それよりも特級の治療薬よ」
「な、っ! そんな貴重なものを……」
「私の傷もあっという間に治してくれたし、あの大毒蛾を倒したのもこの子」
「一体、君は何者なんだ……」
「ただのしがない屋台引きですよぅ」
洗い物を止めて、手をひらひらさせて笑うけれど、彼は疑念の視線を送ってきている。うぅん、こちらは手強そうだなぁ。
「そうだ、名乗っていなかったな。俺はクエントだ」
「あらやだ、私もね。私はジュディスよ」
「これはどうもご丁寧に。わたしはクレアです」
ぺこりと頭を下げてから、また洗い物に戻る。大した量ではないけれど、以前は二人でやっていたから、早かったし楽しかった。ああだめだ、またあの人を思っている。
「クレアちゃん、ただの屋台引きが大毒蛾を倒せないと思うんだが。君も冒険者なのか? ギルドの依頼でここへ?」
「いえいえ、たまたま倒せただけですよぅ」
「たまたまじゃないでしょ。あんな強力な結界を同時に張るだなんて、聞いた事もないわ。それにこの屋台だってそう、空間収納でしょ」
「空間収納?! こんな大きなものを?」
「そうよ、しかも陣も描かずにね」
あれれ、ジュディスさんは追及しないでくれると思ったのなぁ。
「まぁいいじゃないですか、妖精さんの不思議秘術ですよぅ」
「妖精なのか……!」
「違いますけど」
ジュディスさんとも交わした遣り取りだ。ジュディスさんは呆れたように肩を竦めているけれど、これくらい適当でいいじゃないか。
「……クレアちゃんが追求しないで欲しいなら、もう何も聞かないが。治療薬と、この食事代と合わせていかほどだろうか」
「いらないですよぅ」
「はぁ?!」
二人の声が揃う。いらないって言っているんだから、得したなぁくらいでいいのに。
「いやいや、クレア、ちょっと待って。特級治療薬よ? 治癒魔法よ? それにこの食事にも体力を回復させるような魔力が篭められているでしょう? 金貨を幾ら積んだって足しになるかって位、貴重だって分かってる?」
「危険な大毒蛾の討伐もこなしている。命を救われた恩もある。支払える全ての物を差し出すし、足りなければ俺達を自由に使ってくれて構わない」
「えぇ……本当に何もいらないんですってばぁ」
こっそり胸元を覗き込むと、水晶は輝きで満ちている。うん、対価は貰っている。
「あんたねぇ、これで無料ですなんてやってたら、悪い奴らにつけこまれるわよ!」
怒ってくれるジュディスさんはわたしを心配してくれている。その優しさが、あの人達に重なって、笑顔がうまく作れない。
それに気付いたジュディスさんは、立ち上がりそうに浮かしていた腰を再度スツールに戻すと、カウンターに頬杖をついた。
「なんか訳アリみたいね。……話、聞くわよ。見ず知らずの方が話せる事もあるかもしれないしね」
この察しの良さ。まるであの超人護衛みたいじゃないか。
優しくするのはやめて欲しい。あの人達を思い出してしまうから。……ああ、この世界はなんて優しいんだろう。それが、辛いくらいに。
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