47.思い出すのは

「リュナ月教の神殿を勇者が拠点としているなら、兄天使が関わっているのも頷けますねぇ」

「兄天使が勇者に力を貸しているということか。……今回の戦争に神々が積極的に介入する事はなかったと思うんだが」

「ええ、神々は基本的にそういった諍いには無干渉ですからねぇ。ああ、やだなぁ……わたし、兄天使の事が苦手なんですよ。このままだといつか会ってしまいそうで怖いなぁ」


 溜息も大きくなるというものだ。わたしを忌み嫌っていて、その悪意を全身で向けてくる人に会うのは辛い。出来るなら会わないほうがお互いの為だと思う。


「俺がお前を守るのは変わらん。その相手が勇者でも、兄天使でもだ」

「ふふ、アルトさんなら兄天使にも勝っちゃいそうです」

「負けるつもりはないぞ」

「頼りにしてますよぅ」

「だから、どこに行くにも俺を付けるようにな」


 紅茶を飲み干したアルトさんが、目を眇めてわたしを見る。

 う……これは、彼を置いて月の泉に行こうとした事を言っているな。


「はぁい。もう一人で行こうなんて思わないですよ」

「それならいいんだが。……お前は無茶をするからな、心配なんだ」


 心配。

 この神殿の人達は優しすぎる。今までひとりで過ごしてきたわたしにとって、その優しさは時々、痛い。


「……ありがとうございます」


 誤魔化すようにへらりと笑うも、アルトさんの表情は曇ったままだった。それでもそれ以上追求してくる気はないようで、有難くそれに乗っかる事にする。


「それにしても疲れましたねぇ。アルトさんも疲れたでしょ」

「俺は平気だが」

「体力お化けですか。あれだけ勇者と切り結んでおいて」

「大したことじゃない。あれだけ感情が揺らいでいれば動きも読みやすいからな」


 感情を揺らがせたのはあなたでしょうに。


「しかし今回は影を介していたからか、魔法を使ってこなかっただろう。次に対峙する事があれば魔法も使うだろうし、仲間のパーティーもいる。簡単にはいかないだろうが、まぁ、負けはしない」

「わたしが足手まといなんですよねぇ。攻撃魔法の才能は皆無らしいんですが、今からでも多少は練習するべきでしょうか」

「何の為の護衛だと思っている。お前は俺の後ろにいればいい」


 そう穏やかに話すアルトさんは、見惚れる程に美しかった。ここにレオナさんが居れば、恋愛脳をこれでもかと発揮させて恋愛小説の一幕にしてくれたかもしれない。

 ただ、アルトさんはその表情を街の中では見せない方がいいと思うし、誰にでも言わない方がいいとは思った。こんなの、街の女の子全員が惚れるに決まっているもの。


 わたし? 他意がないのは分かっているからね、勘違いしたりしないよ!


「ありがとうございます。せめて結界の強度だけでも上げておきますね」

 

 話が一旦落ち着くと、なんだか眠くなってきてしまった。気も張っていたのかな。

 ふぁ、と欠伸を噛み殺すと、テーブル向かいのアルトさんが苦笑いをしている。わたしに手を伸ばし、カップを取るとテーブルに戻してくれた。


「眠るといい」

「そうします。アルトさんも休んでくださいね」

「ああ。……眠れるまでついているか?」


 内心ドキリとした。わたしの胸の中にある不安だとか、両親への思い、兄天使への恐怖だとか色々な事を見透かされているのかと思った。


「子どもじゃないんだから大丈夫ですよぅ」

「大丈夫な顔をしていないが」


 いつもは見逃してくれるのに、誤魔化されてくれるのに、今のアルトさんはそれを許してくれない。胸の奥が軋む音がする。だめだ、これじゃあひとりに戻れなくなってしまう。


「眠いからですかねぇ。もう限界でして」

「それなら眠ればいい」


 アルトさんは一足でわたしの隣に来ると、さっと抱き上げてベッドへと運んでしまう。うぅん、見事なまでの子ども扱い。

 カバーと上掛けをはがすと、わたしをベッドの中に押し込んで、毛布をきっちりと肩まで掛けてくれる。


「わたしも一応、年頃の女の子なんですが。こんな子ども扱いされると傷つきますよぅ」

「子ども扱いしているわけじゃないぞ」


 いやいや。それならそれでタチが悪いんだけど。

 それにしてもベッドってどうしてこんなに気持ちいいんだろう。冷たかった寝具がわたしの体温と馴染んでいく。ふぁ……とまた欠伸が出た。


「何も恐れる事は無い。俺がついている」

「……アルトさんがいてくれるなら、大丈夫だって分かってます。いつだって、わたしを守ってくれていますから」


 アルトさんは毛布の中で、わたしの手を握ってくれた。わたしよりも高い体温が、不安や恐怖を溶かしていくようだった。

 もう眠くてだめだ。異性の前で眠るだなんて、年頃女子としてはどうかと思うけれど、まぁアルトさんの前だし今更か。

 それにしても安心する。


「……父さんみたい」


 わたしが幼い時、呪いを受けて体を壊した時、両親が交代で看病してくれたのを思い出す。

 何だか今思い出すのは父の手の温もり。節くれだった長い指とか、大きな掌とか、そのわたしよりも高い体温だとか。


「……複雑なんだが」


 アルトさんが何かを言った気がするが、眠りに落ちるわたしの耳には言葉として届かなかった。意識がゆっくりと落ちていく。何も恐れることはない、穏やかな眠りの中へと。

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