部屋より

 どうしても伝えたいことがあって、あなたに手紙をしたためました。

 メールやDMだと届かない可能性もありましたし、ニューラルリンクだと犯罪になってしまうので、五百年前に原則廃止となったアナログな方法でのご連絡となってしまいました。

 でも、この文章を読んでいただけているということは、きちんと届いているようでほっとしました。

 不安で仕方なかったのです。

 どういう不安かと申しますと──例えて言うなら擬人化した部屋が持つ寂しさでしょうか。

 あなたがある部屋だったとします。そこには入れ替わり立ち替わり沢山の人がやってきます。楽しい話もあれば悲しい話もあるでしょう。でもあなたは彼らと触れあうどころか話すことさえできません。

 なぜなら部屋という空間だからです。

 何のことか分かりませんよね? 順を追ってお話しましょう。

 私は高校生の時に献血応援イベントのスタッフを経験したことで、医療に関する仕事に興味を覚えて様々な医療従事者とコミュニケーションを取った結果、看護師を目指しました。

 医師を目指すには成績と学資金の問題があったためです。いったん看護師として働きながら勉強をして資金を貯めて、自分の力で医学部に入ろうと決意しました。

 そうして専門学校に通いながら看護師の国家試験を受けて合格した私は、これまでお世話になっていた医療従事者の方に紹介してもらった病院で働き始めました。

 そこでの仕事は大変なものでしたが、非常に多くのことを学べました。特に「医療は人が相手」という当然の事実を、改めて思い知らされたからです。

 患者さんたちは病気や怪我で病院を頼ってきます。ですが、そこは人。弱々しかったと思ったら虚勢を張っていたり、もう死んでもいいとわめきちらす人、挙げ句の果てにはスタッフを脅す人。

 虚勢を張るのは怖いから、死にたいのは死にたくないから、脅迫をしてくるのはすがりつきたいから。

 人というものの本質を見た気がしたのです。

 そこに医療がどう関わるべきか。病気や怪我を治すだけではなく、医療行為を通じてその人の心の病気や怪我も手当して社会へ戻ってもらう──そんなことが大事なのだと気づかされました。

 医師にもできることだとは思いましたが、もっとも患者さんに近い看護師のままで「私なりの医療」を続けていこうと決意しました。

 仕事もそうですが、その活動の一環として献血事業や募金イベント、ドナー事業等に関わっていきました。

 もちろん自分も献血をしたり臓器提供のサインをしたりしていましたが、そこで私は自分の体について意外な事実を知りました。

 あなたが食事中でないことを願って話をしますが……私の便が優秀だと研究者から教えられたのです。

 便移植という言葉はご存じでしょうか? 近年では消化管微生物移植と呼ばれるようになりました。

 クローン病や潰瘍性大腸炎、慢性の腸閉塞等、大腸に関係する病気のために苦しんでいる方に対してドナーの糞便を移植する治療法です。

 乱れた腸内細菌を持つ患者さんにお薬を与えて大腸の環境をクリアしてから糞便を移植すると、ドナーが持ついい腸内細菌で塗り替えられて病気が抑えられたり再発しなくなるというものです。

 どういう理屈か研究者ではないので省きますが、私の腸内細菌はそのバランスが良かったのか優秀だとして数多くの患者さんのドナーとして移植されていきました。

 あんまり気持ちのいい話ではないですが、私にとっては献血と同じく人助けの手段の一環でしたし、病気が治った以上に体調も改善されたと何人もの患者さんから喜びの声を聞いて、本当に嬉しく思いました。

 当時、私が二十代になったばかりの女性だったこともあるのでしょう。SNSで持て囃され、まるでネットアイドルのような扱いを受けました。

 最初は困惑していたのですが、逆にいいチャンスだと気づいてNPO団体を立ち上げました。回復後のサポートもする包括的な医療支援を目標として、その資金源を寄付と私の消化管微生物移植ドナーで賄いました。

 ですが「包括的な医療支援」は聞こえは良かったものの、軸がないと言われたり親切な病院とどこが違うのかと指摘されたりして活動はうまくいかずに解散となり、結局は私が個人的に消化管微生物移植ドナー活動を続けていくのみとなりました。

 それでも社会へ貢献できることは嬉しいことでした。

 それまで様々な医科大学の研究室と協力して腸内細菌のさらなる改善を図り、大腸の病気改善以外にも様々な効果を持たせられるようになりました。

 その十年前まではイメージが先行して受け入れづらかった移植も保険の適用対象としたこと、その効果と安全性が知れ渡ったことで爆発的に流行し、特に私の腸内細菌は病気の再発防止と抑制、体質改善効果が大きいとして、本当に多くの方──気がつけば全世界で一億人ほどに移植されました。

 その頃でしょうか。私が体に違和感を覚えたのは。

 例えて言うなら、寝る間際、覚醒と睡眠の間にある渚のような時間帯に体から意識がふわりと浮いて、まるで自分を第三者的に見ているような瞬間が出てきたのです。

 金縛りとかそういう時に起きる、いわゆる入眠時幻覚や入眠時{ruby:心像{しんぞう}}ということが、起きている時や仕事の最中にも発現し始めました。

 勤め先の病院で内科や心療内科でも診てもらいましたが異常はなし。

 しかし仕事の精度が著しく下がり、このままでは手技を失敗したりして患者さんに怪我をさせかねない状態となってしまったため、考えに考え抜いた上で──退職を決意しました。

 消化管微生物移植の報酬があったので仕事がなくても生活するには困らない状況でしたが、どこの大学病院や高名なドクターでも診断は下してもらえず、私は落ち込みました。

 そうして鬱々として過ごすこと一年。ついに声が聞こえてしまいました。

「はーあ、いいことないかなー」

 若い女性の声でした。

「今日もばあさんの愚痴を聞くのか。辛い……」

 そして次は老人の声。

 その二人の声が聞こえたのを皮切りに、老若男女様々な人の声が私の頭の中に聞こえてきたのです。

 それは日本語だけでなく、英語やフランス語、中国語等もありました。

 統合失調症が発病したのかと思いましたが、幻覚や異常行動はなく、ただ幻聴が聞こえてくるだけです。

 これもまた様々な病院とドクターに診てもらったものの病名はつかず、日常生活に支障もないことから「我慢して生きるしかない」と絶望に追いやられてしまったのです。

 自分が自分でいるうちに、せめてこの病気の原因を知りたい。その思いで懇意にしている研究者と協力して病名を探りました。

 その課程で気づいたのです。

「何とかして助けたい。これを私の一生の研究に捧げてもいい」

 その研究者の声が聞こえてきたことでした。彼女は私の消化管微生物移植を受けた方の一人で、推測は現実味を帯びたのです。

 私の頭に聞こえてくるのは、私が消化管微生物移植ドナーとなった人たちだったと。

 老若男女と言っても高校生や赤ちゃんがいないことに気づいてはいましたが、それは法律で消化管微生物移植が二十歳以上を対象としていたからでした。

 移植した微生物がテレパシーの媒体になった? 最初はそう思いました。しかし相手の思考しか読めない一方方向で、私からは誰にも送りことが出来ませんでした。

 もう意味が分かりません。研究者の方も心の声の通り一生をかけて研究してくださいましたが、交通事故で亡くなってしまいました。

 こんな状態ではパートナーを作ることもできず、そのうち年齢だけは重ねていき還暦を迎えました。

 私も独自に調査を重ね、様々な研究者とコンタクトを取って調べてもらいましたが、原因は分からず時間だけが過ぎていきました。

 そうして百歳を超えた私は──老衰で死んだのです。

 周囲の方からは大往生だと言われました。

 でも私は死んでいませんでした。

 老衰でしたが意識はありましたし、意に反して体が動かなくなり耳も遠くなって頭の回転は鈍くなっていきましたが、それでも考える力は残っていたのです。

 最後には食べ物も受け付けずそのまま弱っていき、眠るように意識がうっすらと弱くなっていく中、私は自分自身の心臓が止まったことも認知できていました。

 ぼんやりと覚えているのは、抜け殻になった肉体が運ばれ綺麗にされて棺に入れられた後、焼かれたことでした。

 劣化に劣化を重ねた肉体というハードウェアが要らなくなった私の頭は、以前のように素早く物事を考えられるようになりました。

 ですが、いくら考えても「死んだのに生きている」状況の説明を付けられることはありませんでした。

 何も見えない。何も触れない。声だけはいつもと変わらず全世界のありとあらゆる言語で聞こえてきます。

 私に出来るのは思うことのみ。なので願いました。祈りました。

 すると誰かが反応してくれたのです。研究すると。

 それは最初は小さく、時に大きなうねりとなって全世界へと波及していきました。

 そしてついに私が生きている理由が突き止められたのです。

 やはり消化管微生物移植が原因でした。

 人間の受精卵が分裂を繰り返して人体を形成していくその課程で最初に作られる臓器は腸なのだそうです。

 卵の外側がくぼんでその口が閉じて「腸」を形成する。

 その腸が延びた一方が口となり、もう一方が肛門になります。次に栄養を貯める肝臓が作られ、酸素を貯める肺が、そしてその上が膨らんでいって脳が作られると。

 ウニやヒトデ、クラゲにイソギンチャク等、脳のない生き物はたくさんいるものの、腸のない、即ちエネルギーを吸収しなくてもいい生き物はいません。

 そして人間の腸は脳に次いで多くの神経細胞を持っており、なおかつ脳が未熟な新生児でも栄養の吸収と排泄ができることから、独立した器官であることも判明しています。

 さらには、腸に埋め込まれている太い迷走神経はその九割が脳に繋がっていたことも理由の一つだそうです。

 快感ホルモンのドーパミンやストレスの元となるノルドアドレナリン、幸せ物質のセロトニン等の多くは腸内で生成され、その物質が神経を通じて脳に影響を与えています。

 つまり腸内の状況がそのまま感情に、性格に繋がるということです。

 最初に臓器として作られ、独立した機能を持ち、さらに性格まで影響することから、腸が第一の脳だと呼ばれていることも知りました。

 言い換えれば腸内細菌の活動そのものが脳のシナプスになっているとも言えます。

 そこを端緒とした研究が進んだ結果、分かったのは、同じ腸内細菌を持つ人々は似たような性格や物の考え方をし、しいてはそれが集団的知性としての構造を形成して、まるで一人の人物を作り出す──というものでした。

 もうお分かりですね?

 私はこれまでの数十億人の消化管微生物移植ドナーとなった結果、移植を受けた人々の一人の脳の脳細胞とするような形で、彼らの中に「私」という集団的知性が作られてしまったのです。

 そして私の死後──肉体の消滅後も、大きな病気にもならず健康のままで一生を送ることの出来る私の腸内細菌は、各国で新生児のタイミングで移植されていった結果、私はほぼ全人類の集団的知性となったのです。

 意図せず永遠の命を得てしまいました。

 あれから五百年が過ぎた今でもこうして私の意識が途切れていないことが不死を証明しています。

 世界は発展しました。車の自動運転が当たり前となり、人口調整政策とテクノロジーの発展によって地球の温暖化が止まり、人類は太陽の終焉まで過ごせると豪語できるほどまでになりました。

 既に月と火星に進出し、エウロパにも居住し始め、人類の発展は留まることを知りません。

 その全ての人類が私を構成しているのです。

 これで伝わったでしょうか。冒頭で例えた「部屋」の意味が。

 私は全人類の声を聞くことはできますが、こちらから直接話しかけられはしません。強く強く願っても、人が数分でできることを百年かけて達成できるような存在です。

 不死であるものの、神でもなく、ただ死なないだけの存在なのです。

 そんな寂しい私が認知できない人がいました。

 それがあなただったのです。

 手違いによって新生児の消化管微生物移植を受けなかったあなたは私由来の腸内細菌を持っていません。すなわち、私という存在を消し去ることのできる唯一の人間なのです。

 お願いです。

 私は人々の役に立ちました。貢献をたくさんしました。人類の発展も見届けました。もう私は充分生きたのです。

 だから、私を消し去ってください。

 変えてください。これから生まれる子供たちへの、私由来の消化管微生物移植を止めてください。

 私はもう、意識があることに疲れてしまったのです。

 あなたにも寝られずに悶々と考える夜があったと思います。

 私はそれを五百年続けました。

 狂うことも死ぬこともできず、何一つ見られない、触れない時間を、ただの部屋としての時間を過ごしたくないのです。

 こんなことを、太陽の終焉まで、あと五十億年も続けたくないのです。

 だから祈りを続け、願うことで手紙を書いてもらいました。それですら百年もかかりました。

 お願いします。

 私を消し去ってください。

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