18話 季節外れのお鍋①
ある休日のこと。
明け方に大雨が降り、昼前になってもまだ肌寒い。
二人で一枚のブランケットを羽織り、淹れたての熱いお茶をすする。
ふと目を閉じると、ぐつぐつ煮えたお鍋が浮かんだ。
春にお鍋ってどうなんだろう。
梅雨に入るかもって時期だし、体を温める食事として考えれば妥当なのかな?
やっぱりまだ早いかもしれない。
いや、でも……ダメだ、頭の中が鍋のイメージに支配されてしまっている。
「ねぇ、真菜。今日のお昼なんだけどさ、お鍋とかどう?」
「えっ?」
ビックリして湯呑みを落としそうになるも、間一髪のところで阻止できた。
「ご、ごめんっ、そんなに驚かれると思わなかった! いくら寒くても、さすがに時期外れだったかな~」
「ううん、謝らないで。というか私の方こそごめん。実はまったく同じこと考えてたから、萌恵ちゃんの口からお鍋って単語が出てビックリしちゃった」
「おぉ~、やっぱりあたしたちって気が合うね! それじゃあ今日はお鍋に決定~!」
明日に予定していた一週間分の買い物も、今日ついでに済ませてしまおう。
私たちはブランケットを畳み、いつもより少しだけ厚着して家を出た。
「二人きりでお鍋って、何気に初めてだよね~」
萌恵ちゃんが私の右腕に腕を絡ませながら言う。
複数枚の衣類に阻まれてなお感じる柔らかさを堪能しつつ、私は確かにそうだとうなずいた。
お互いの家で食べることはあっても、そのときは当然ながら家族も同伴している。
信号に一つも引っかからず、お鍋について話している間にショッピングモールに到着した。
カートにカゴを乗せ、まずは入り口付近の野菜売り場を物色する。
ピーマンやニンジンなど普段の食事で使う物をカゴに入れてから、お鍋の具材として使う品を選ぶ。
……まぁ、私は素材の良し悪しとかよく分からないから、萌恵ちゃんの隣で呑気に眺めているだけなんだけど。
白菜、ネギ、セリ、しいたけが追加され、鮮魚コーナーへ移動する。
話し合った結果、今日は魚介がメインということになり、エビ、あさり、ベビーホタテを手に取った。
調味料やお菓子のコーナーも一通り見て回った後、必要な物がそろっているか二人で確認してからレジへ向かう。
フードコートで一息ついてからドラッグストアに寄り、ショッピングモールを後にする。
家に着くと、きちんと手洗いうがいをして、すぐに使わない食材を冷蔵庫に仕舞う。
いくら萌恵ちゃんが炊事担当とはいえ、お鍋をするときまで全部やってもらうわけにもいかない。
周りをうろちょろしても邪魔になるので、テーブルにカセットコンロを設置し、食器を準備しておく。
台所の方から、おいしそうな匂いが漂ってくる。よく分からないけど、醤油とかかつお節とか、そういう感じの香りだ。
チラッと覗いてみれば、私の実家から持って来た土鍋が使われている。
日の目を見るとしても冬だろうと思っていたけど、半年ほど早く出番が来た。
「真菜~、ちょっと味見してくれない?」
「はーい」
萌恵ちゃんに呼ばれ、飼い主の帰宅を喜ぶペットのように駆け寄る。
小皿に注がれたスープを口に含む。あっさりとしながらも薄すぎることのない、絶妙な味加減だ。
あと、これは味と無関係だけど、私に手渡す前に萌恵ちゃんが「ふー、ふー」と息を吹きかけて冷ましてくれたことにキュンとした。
もちろん不満などあるはずもなく、グッと親指を立てる。
「よかった~。それじゃ、もうしばらく待っててね」
「うん、楽しみにしてる」
頬に軽くキスをして、私はリビングに戻る。
本音を言えば手伝いたいところだけど、我が家の台所はそんなに広くない。ここは素直に甘えさせてもらおう。
トントンとテンポよく響く包丁の音が、萌恵ちゃんの鼻歌と一緒に聞こえてくる。
萌恵ちゃんが料理する際の後姿は何度も見ているのに、一向に飽きが来ない。
ただひたすらに幸せを感じながら、私は愛する萌恵ちゃんを眺め続けるのだった。
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