4話 これは事件だ

  何事もなく終わるはずだった高校初日。

 同じクラスになれて、コンビニに寄ってアイスや飲み物を買い、仲よく晩ごはんを食べていたんだけど――


「も、萌恵、ちゃん?」


 オムライスを一口食べた直後、萌恵ちゃんが倒れてしまった。


「どっ、どど、どうすれば……嘘……やだ……もっ、萌恵ちゃん、萌恵ちゃん!」


 落ち着こうとしても頭がグチャグチャで、思考がまとまらない。


「だ、い、じょ、う、ぶ」


「萌恵ちゃん!? 本当に大丈夫なの!? きゅっ、救急車!」


「だ、大丈夫、だか、ら……落ち着い、て」


 その言葉を聞いて、ほんの少しだけど冷静さを取り戻した。

 顔色は悪いけど、血色はいい。息もちゃんとしているし、心拍数にも異常はない。

 テーブルを端に寄せ、押し入れから布団を引っ張り出して萌恵ちゃんを寝かせる。

 私は深呼吸して息を整え、状況把握のためここに至る経緯を思い出す。

 



 コンビニから帰った私たちは、ア○スの実とタピオカミルクティーを半分こして味わった。

 そろそろ夕飯ということで、今日は私が作ることになった。ちなみに一昨日はファミレス、昨日は萌恵ちゃんお手製の肉じゃが。

 萌恵ちゃんが作ってくれた肉じゃがは服が弾け飛ぶイメージが浮かぶほどおいしかったんだけど、詳しく話すと夜が明けるから割愛。

 私は以前から練習していたオムライスを振る舞うことにして、冷蔵庫から卵とオレンジジュースとケチャップとマヨネーズと味噌と梅干しを取り出す。

 炊飯器からご飯をしゃもじで適当な量をフライパンに移し、強火にしつつケチャップとマヨネーズをかけてフライ返しで混ぜる。

 棚に仕舞っておいた甘納豆をドバーッと入れ、ご飯が焦げてフライパンの表面に貼り付いていたのでごま油を注いで潤いをプラス。

 香ばしい香りが漂い始めたので、お皿にご飯を盛り付け、流れるような手際でフライパンに卵を何個か割り入れる。殻の欠片が入ったけど、カルシウムをれるからそのままにしておく。

 味付けにオレンジジュースをちょっと、マヨネーズをちょびっと、味噌を一つまみ、梅干しを四つ。

 火の通し過ぎは厳禁だから、ちょうどいい感じのところで火を止めてご飯の上に乗せて、出来上がり。

 独学だけど、我ながら上手にできたと思う。家族に振る舞ったときは両親そろってなぜかトイレに直行したけど、お腹の調子が悪かったのだろう。

 折り畳みのテーブルを部屋の真ん中に置いて、料理を運んで食事を始める。

 萌恵ちゃんに手料理を食べてもらうのは初めてだから、緊張と不安から彼女の手元を凝視してしまう。

 調理法と味付けは多分、問題ない。愛情はこれでもかというほど注いだし、きっと喜んでくれるはず。

 とはいえ、いくら自信があっても、萌恵ちゃんの口に合うかどうかはまだ分からない。

 ゴクリと唾を飲み、前のめりになってその瞬間を待つ。

 スプーンですくわれたオムライスが、小さく開いたかわいいお口に運ばれる。

 笑顔で咀嚼している様子を見て一安心、味の感想をいまかいまかと熱望していた矢先に、事件は起こった。




 そして、現在。

 やっぱり、原因らしい原因は見当たらない。

 もしかしたら食材がいたんでいたのかとも思ったけど、試しに私も食べたところ特に異常は感じられなかった。

 いくら思考を巡らせても謎は深まるばかりで、推理は難航の一途を辿る。


「んぐっ、うぅっ、はぁ、はぁ……ま、真菜、うぷっ、ごめんね、お、おいしすぎて気を失っちゃった」


 萌恵ちゃんが布団から上体を起こし、力のない声色で途切れ途切れに言葉を紡いだ。

明らかに体調が悪いのに、私を安心させるように優しく微笑んでくれている。


「萌恵ちゃん、本当に大丈夫? 痛いところはない? 苦しかったりしない?」


「うん、本当に、大丈夫。ところで真菜、お腹、平気?」


「大丈夫そうには見えないけど……私なら平気だよ。お腹もなんともない」


 なぜ心配されているのかは分からないけど、お母さんに鋼鉄の胃袋と称されるほど頑丈だから、私がお腹を壊すことはまずない。

 以前に賞味期限を大幅に過ぎた牛乳を飲むヨーグルトと間違って飲んでしまったときも、なんともなかった。


「よ、よかったぁ。ま、真菜、オムライス、すごくおいしかったよ」


「ほ、本当に? えへへ、嬉しいな」


 萌恵ちゃんに褒めてもらえるなんて、宝くじが当たる何倍も嬉しい。むしろお金を払ってもいい。


「でも、ごめんね。ちょっとだけ、寝かせ、て」


 それだけ言い残し、萌恵ちゃんは再び布団に倒れ込んだ。

 本人は頑なに大丈夫だと主張していたけど、不安は拭えない。

 食べかけの食事にラップをして、萌恵ちゃんを起こさないように気を付けつつ添い寝する。

 いつも同じ布団で寝ているのに、制服姿で眠る萌恵ちゃんの寝顔を眺めていると、なんというか、ムラムラしてしまう。




 あれから二時間ほど経ち、時刻は午後十時。

 私は片時も目を離さず、寝顔と寝息を至近距離で楽しん――じゃなくて、容態が悪化しないかつぶさに観察し続けていた。

 萌恵ちゃんが目を覚まし、神妙な面持ちで口を開く。


「真菜に手料理を食べてもらうのがあたしの生き甲斐だから、明日からご飯はあたしが全部作ってもいい?」


「え? でも、それだと萌恵ちゃんの負担が多すぎるよ」


 さりげなく私の心を打ち抜く素敵すぎる申し出だけど、いささか気が引ける。


「ぜんっぜん大丈夫! むしろ真菜が嫌じゃなかったら作らせてほしい!」


「い、嫌なんて……むしろ毎日萌恵ちゃんの手料理を食べられるなんて最高のご褒――」


「じゃあ決まり! あたしがご飯担当! もしリクエストとかあったら遠慮なく言って!」


「う、うん、分かった。せっかくだし、お言葉に甘えさせてもらおうかな」


 押し切られるような形で承諾してしまう。

 ただ、私だけが一方的に得をさせてもらうわけにはいかない。


「だったら、洗い物は私がやる。あと、洗濯も全部やらせてもらうね」


「えっ! いいの!? っと、ごめん、大声出して。いや、すごく助かるけど、大変じゃない?」


「平気だよ。萌恵ちゃんにご飯作ってもらうんだから、これぐらいはやらせてもらわないと」


「う~ん……それじゃあ、お願いしようかなぁ」


「ありがとう。真心込めて洗うからね」


 これにて一件落着。

 誰に言い訳するわけでもないけど、私は下心なんて微塵もないよ?

 萌恵ちゃんの脱ぎたての衣類を堪能したいだとか、そんなことは産毛ほども考えてないからね?

 ご飯を作ってもらう代わりに、私はお洗濯をする。両者が平等に得できる折衷せっちゅう案。なにもおかしなところはない。


「あっ、そうだ。洗濯はともかく、食器はあたしが洗うよ。炊事の一部みたいなものだし」


「ううん、私がやるよ」


「いやいや、あたしが」


「私がやるってば」


「あたしがやるって言ってるじゃん」


「私っ」


「あたし!」


 予期せぬ流れで言い争いが勃発ぼっぱつし、互いに息切れするまで続いた。

 肩で息をしながら話し合った結果、『食器は仲よく二人で洗おう』ということに。

 私としては萌恵ちゃんの負担を増やすようで乗り気になれなかったものの、共同作業と考えれば欣然きんぜんとして取り組める。

 萌恵ちゃんが倒れた理由は未だに不明だけど、なにはともあれ丸くまとまってよかった。

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