第5章 終焉の福音

01.罪人の予言

「これから”新たな殺人事件”が露見する。コウキが最後の獲物だ」

 連続殺人犯ロビンの予言に似た発言が波紋をもたらす。コウキは終焉の瞬間に”何”を選ぶのか!

 ついに最終章です。


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 激しい眩暈……吐き気、そして意識を失ったのだろう。


 目の前で殺された『サロメ』と、『ヨハネ』でありながら赤い手を伸ばす殺人鬼―――唯一絶対なる神への冒涜、侮辱を平然と口に乗せる男が差し出した手に指が触れたのは覚えている。





 目を開けば、先ほどまでの光景が嘘だったように平和な光景が広がっていた。


 大学の構内、芝の上で見上げる空は青く透き通っている。どこまでも広がっている晴天の空に目を細め、あの日の赤と正反対の色を深呼吸で吸い込んだ。


 すべては終わったのだ。


 血塗れで死んでいたあの男と、すべてを録画したテープが転がっていた。


 不思議なことにロビンは逃げる素振りもなく、ベッドにコウキを寝かせたあとは聖書を片手に寛いでいたという。監視カメラが外部から切断されたことに気づいた捜査官と看守が飛び込んだ先で、乾いた血で赤黒い手を挙げて挨拶した彼は、大人しく手当てを受けて今も牢獄の中だった。


 なぜ逃げなかったのか……逃げればいいと思わないが、彼にとって本当にここは居心地がいい場所なのだろうか。


 考えても答えの出ない疑問を抱え、コウキはゆっくりと芝の上に腰を下ろした。




「失礼します」


 丁寧な口調で声をかけてきたのは、殺された上司の地位を継いだ青年だ。穏やかな性格と口調ながら、政治家のように裏の顔を隠しているのだろう。この地位まで上り詰めるには、それなりの実力と根回しが必要だった。


「コウキさん、『あの人』が呼んでいますのでお願いします」


 以前の男と違い、自らコウキを呼びにくるあたり真面目なのだ。『あれ』から『あの人』に呼び名が昇格した連続殺人犯を思い浮かべ、コウキは眉を顰めた。


「申し訳ありません」


 謝りながらも譲る気はない口調の青年に頷き、渋々立ち上がったコウキは大きく溜め息を吐く。


 黒髪を風がさらい、すこしだけコウキの重い気分を掬い上げてくれた。






 白と淡い木目を基調とした調度品の部屋は、変わらず整えられていた。散らばっているのはサイドテーブルの上の書籍が数冊と、ベッドの上に放られた上着くらいだろうか。


 屋外の穏やかな春の気候と縁遠い地下室は肌寒く、長袖の上着を羽織ってきたコウキでも物足りなかった。


「これはこれは……呼び立ててすまなかったね。稀有なる羊」


 笑顔で一礼する男は、まだ撃たれた胸部を包帯で巻いている。固定する為に肩や首近くまで巻かれた包帯によるぎこちなさを感じさせず、彼は優雅に腰を折ってみせた。


 薄青のシャツとアイボリーのスラックス姿は、今までの彼が好んだ黒と正反対で違和感がある。


 この男の言葉を真に受ける必要はない。本音で悪いと思っている筈がなく、口先だけの謝罪はコウキに届かなかった。


「……何の用だ?」


 ぼそりと冷たく返したコウキの態度に、さらに笑みを深めたロビンが革張りの聖書を手に取った。茶の革表紙に金で装飾と文字が刻まれた豪華な装丁だ。まだ手になじまないのか、彼は開いたページを数枚戻る為に捲った。


「数日のうちに、連続殺人が起こる」


 預言者のように告げたロビンは開いたページを下にして本を机に伏せる。顔を上げ、しっかりとコウキの目を見据えて言葉を変えながら繰り返した。


「いや、正確には連続殺人が発覚する」


 事件はすでに起きているという。表沙汰になっていないだけだと示唆しながら、コウキに手振りで椅子を勧めた。彼の気遣いだろうか、それとも新たな上司の心遣いか。あの男が座った椅子とは違うデザインの椅子が用意されている。


 背もたれに手をかけ、しかし腰掛けずに首を横に振ったコウキは「関係ない」と切り替えした。


「そうだな……関係ないだろう。だが、コウキは関わることになる」


 宗教家の予言に似た言霊は奇妙な説得力があった。洗脳する言葉のように染みて、コウキの心にじわり黒い感情を広げる。苛立ちのあまりコウキは踵を返す。


 立ち去ろうとする背中へ、ロビンは笑顔のまま続けた。


「『稀有なる羊』、これは忠告だ。なにしろ最後のターゲットは……」


 思わず振り返ったコウキの目に映ったのは、音もなく唇だけで告げられた己の名前だった。

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