04.不自由な自由

「君の自由は、この研究施設内に限り保障される」


 上司の言葉に深い深い溜め息が漏れた。


 裏を返せば「この研究所以外をうろつくな」という意味だ。期限は告げられなかったが、容疑が晴れるまで出られないと判断した方がいい。


 ロビンの管理人のまま、人生を軟禁状態で終える最悪の可能性もある……という意味だった。



 時を越えることも容易ならざる人の身では、それは『終焉』を暗示している。




 FBIは事件を公表していないが、死体の発見された大学の研究所は当然封鎖されただろう。運び出された研究資料は新たな部屋に積み上げられていた。


 ドアの前で溜め息を吐く。


 白い壁、白いドア。


 見慣れた白は、病院の雰囲気に似ていた。


 史上最悪のシリアルキラーを隔離する為に作られた建物は、政府直属の精神病院という体裁を整えられている。その為、外観はどこまでも病院だった。


 一角に与えられた部屋は、コウキの気分を下降させる。


 純白の壁と天井、リノリウムの床、アイボリーホワイトのカーテンやサンシェード。稀に観葉植物が彩りとして配置されているが、どこまでも殺風景な部屋だった。


「隔離か」


 まさにその一言に尽きる。


 体よく閉じ込められたのだと判断し、しかたなく荷物を確認し始めた。とりあえず整理しなくては何も出来ない。


 備え付けの本棚に資料を分類してしまっていく作業は単純だが、時間がかかる。だが集中してしまえば瞬く間に刻は過ぎた。




 部屋が薄暗いことに気づき、慌てて時計を見れば……すでに夕方だった。


 一応容疑者という立場なので、続き部屋の仮眠室で生活することになりそうだ。一通りの設備が整っている部屋を見回し、静か過ぎる研究室の椅子に腰を落ち着けた。


 途端に疲れがどっと押し寄せる。



 椅子によりかかる形のコウキが目を伏せてすぐ、インターフォンの音が響いた。


「はい」


 応じた先で聞かされた内容に、コウキはがくりと肩を落とした。






「稀有なる羊…ここは快適だろう?」


「……快適?」


 ありえないと皮肉を込めたコウキの鸚鵡返おうむがえしに、稀代の天才は軽く肩を竦めてみせた。


 まるで子供の意地悪を受け止める親のような余裕を覗かせる。長い三つ編みの穂先を指先でくるりと回して、彼は満面の笑みを作った。


「こちら側にくれば分かる」


 二人の間を遮る鉄格子は、鈍い光で存在を主張する。連続殺人犯として世間をにぎわせた彼のいう『こちら側』は、犯罪者として人間の倫理を越えた先の話だと察するのは簡単だった。


「生憎、その予定はない」


 取り付く島のない冷たい対応にも、機嫌のよいロビンは笑みを崩さない。


「助けてくれない『全知全能なる神』とやらに祈ってみるか? 偉大なるヤハウェが、聞き届けてくださるかも知れない」


 気まぐれにでも……。


 続けられた単語は声にされず、唇の動きとロビンの表情から読み取った。


 彼は神の存在を否定するその口で、イエス・キリストや神が遺した言葉をそらんじる。


 知っているからこそ神を愚弄するのか。


 いや…理解できないから拒否したのだろうか。


 神を讃えるように丁寧な言葉を使うくせに、平然と悪魔以下の存在だと罵る。


「……思ってもいないことを」


 吐き捨てたコウキの不機嫌さを他所に、くつくつ喉を震わせて笑うロビンは上機嫌だった。


 監視の男をちらりと見やり、座っていた椅子から立ち上がるとテーブルの書類を手に取る。数枚捲り、無造作に1枚を抜き出した。


「わかるか?」


 試すようにコウキへ示された写真。


 鉄格子の間から伸ばされた手の先で揺れる写真に誘われて、コウキは数歩近づいた。


 青い瞳が捉えたのは、死体と目覚めた大学の研究所の部屋だ。コウキのいた位置を示す白い枠A、近くに転がっていた死体の頭が2つでBとC、胴体も2つあってDとE、最後に切り離された腕のF。そこでコウキは違和感を感じて眉を顰めた。


 間違っていないが、何かおかしい。


 はっきりとわからない違和感が苛立ちを誘った。


「犠牲になった羊の数は?」


 被害者の死体は現場で見ただけで検死に立ち会っていない。髪が栗毛に近いブラウンの白人だった。頭と胴体が2つずつ、数は2体と答えるのが普通だ。


 だが…この男がそんな単純な質問をするだろうか。


 落ちていた指は白人でなく混血だった。


 3体? しかし……。


「3体、か?」


「……なんということだ」


 疑問を滲ませたコウキの答えに、連続殺人犯は大げさに天を仰いで顔を手で覆った。

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