第3章 七つの大罪

01.死神への供物

 国の特殊刑務所から逃げた連続殺人犯であり、元死刑囚のロビンは、お気に入りの『管理人』コウキを引き込むために騒動を起こした。しかし自ら刑務所に戻ることを選択する。

 管理人としての仕事を終えたつもりのコウキだったが、『稀代の天才の管理人』として再び呼び戻された。新たな事件のプロファイリングを引き出そうとするコウキを『犠牲者』と呼ぶロビンの思惑は?


***************************************


「お断りします」


 きっぱりと拒否の意思を示した。だが、それが受け入れられるかは別問題だ。


 どうせ無理だろう……他人事のように冷めた頭は淡々と答えを導き出す。


 前回ロビンを逃がした嫌疑をかけられコウキに、再度『管理人』を命じるからには、相応の理由がある筈だった。


 断れないと判っているからこそ、相手に拒否の意思を伝える意味がある。断ったという形を明確に残す必要があるのだ。


 蒼い瞳が正面の男を貫く鋭さで睨み付けた。しかし平然と受け流した男は、深い溜め息を吐き出す。


「君の嫌がる気持ちは理解できるが、何しろ『あれ』からの指名だ。諦めてもらおう」



 死神と二つ名を得た、連続猟奇殺人犯―――ロビン・マスカウェル。


 公的には死刑を執行された彼だが、その頭脳と観察力、洞察力を買われて国の研究機関に監禁されている。しかし数ヶ月前に一度脱走し、再び自らの意思で戻った。


 FBIやCIAの調査結果を淡々と仕分けて、ターゲットの行動を先読みする能力だけを見るなら、ロビンは優秀で得がたい存在だ。そんな彼が何を考えて脱走し、戻ったのか。


 FBIの調査官は読みきれなかった。


 誰より心理学を知り尽くし、応用して己の手の内を見せないロビンが固執するのは―――コウキだけ。その事実が知られれば、コウキ自身が国に監禁される怖れすらあった。


 ロビンを操る為に必要な犠牲、優秀な駒として……。




「無視すればいい」


「……そしてアレの協力を失うのかね? 無理だ、アレが導き出す答えはこの国の捜査機関でもっとも重要視される。たとえ優秀な君であっても、犯罪者の心理は完全に読みきれなかった。犯罪者だったアレだから読める奥がある以上、協力を盾に脅されたら断れない」


 上司の台詞に納得する部分もある。


 プロファイリングで犯人の行動予測を行ったとしても、猟奇犯罪者の心理を完全に紐解くことは出来ない。何故なら、プロファイリングの基礎を作った人間が『猟奇犯罪者』ではなかったから。


 犯罪に手を染め、他人の血を浴びる悦楽を知る人間のみが、同類の心を推し量ることが出来るのだろう。


 事実、コウキが過去に読み解いた幼女誘拐殺人犯の行動はプロファイリング通りだったが、犯行動機と目的は違っていた。


 ロビンに言わせれば『読めなくて当然』なのだろう。異常犯罪者だけが感じ取る、同種の臭い……それを知ることは、自ら地獄へ足を踏み入れると同意語だ。


 常識や理性を捨て去り、獣以下の存在になった始めて到達できる境地なのだから。ロビンが求めるのは、同じ境地へコウキを引き摺り込むことだった。


「俺は……供物か」


 苦虫を噛み潰したようなコウキの渋面に、苦笑いした男は肯定も否定もしかなかった。




「久しぶりだ、稀有なる羊―――我が最愛の『犠牲者』よ」


 以前と同じ部屋で、鉄格子を挟んだ対面だった。かつて二重に施された鉄格子は元に戻されている。


 これもロビンの希望なのだろうか。手の届かない距離に椅子を置いて座ったコウキを見つめるロビンの眼差しは、どこか愛しさを秘めた複雑な色を隠している。


 キリストを慈しむマリアを見守る民衆のように…純粋な感嘆と賛美だけでない色がコウキの意識に焼きついた。


「何故俺を指名した」


「……気に入らなかったか?」


 悲しそうな表情を作ったロビンへ、取り付くしまもなくコウキは頷いた。


「俺は忙しい」


「なるほど、時間が足りないか……」


 唇だけで紡がれた続きを見たくなくて、コウキは鮮やかな蒼い瞳を伏せた。

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