勇者と女神

 光の渦に飲み込まれた。あまりの眩しさに、思わず私は目を閉じる。ゆっくりと目を開けると、夜空には見たことのない青い満月が浮かび、その下には甲冑を着た若い青年が立っていた。


「やったぞ!ようやく召喚に成功した!」などと、彼は言っている。気がつけば紫色に光る円の中心に私は立っている。


 異世界召喚。

 そう、きっと私は召喚されたのだろう。

 ついさっきまで、東京の雑踏を歩いていたのに、今、周りを見渡せば薄暗い中世のヨーロッパ風の街並みが広がっている。この状況は異世界に召喚されたとしか考えられない。


 恐る恐る目の前の人に聞いてみる。


「あの、私はなぜここに呼ばれたのですか?」

 私の問いに彼は口早に言った。

「女神様!私たちを助けてください」

「私は勇者です」

「世界には大きな悪の力が蘇り私たちを滅ぼそうとしています。魔王が現れたのです。しかし私だけでは世界を救う力が足りない。女神様の力がどうしても必要なのです」


 うーん。この人の言ってることがさっぱりわからない。何なの魔王って?

 どうしよう。

 私は女神でもなんでもない。


「あの……」と言いかけた私をさえぎり、彼は手をとって言った。


「すみません。ここで話すのもなんなので、私の宿に行きましょう」


 男の人と久しぶりに手を繋いだ。女子校に通ってるので男性に免疫力がない。思わず顔を赤らめてしまうウブな私。


 彼は言った。

「私の名前はランス。カイナ村の勇者ランスと言います。女神様のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」


「エリよ」

「女神エリス様」

 彼はうれしそうにつぶやいた。何よエリスって。


 まさかこれから、凄惨で残酷なことばかり立て続けに起こるなんて、この時の私は露ほども思わないのだった。

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