第30話

「よし、上手く育ってくれた」


ルシーは魔精霊に跨り、壊れかけの壁の上にいた。


自分のもたらした成果に満足するように肯き、飛び交う悲鳴を心地良さそうに聞いている。


グロストと別れ、混乱する人々の頭上を行きながら壁を乗り越えたルシーは外へ向かい、滑り石の欠片を投下した。


いくつもの滑り石の欠片は地面へと落ちるとそれぞれが急速に大きくなっていった。


中でも一際大きく成長した滑り石は自力で壁を破壊し、大穴を開けた。


他の滑り石達も後に続くように続々と成長し、今では壊れた壁を通り過ぎ、国中の建物を荒らして回っている。


魔力に向かう性質がある滑り石だがそのほとんど

中心へと転がっていくのを見るに、


「何か大きな魔力が集まってるんだ……でも一体何が……」


眉を顰め、考えるルシーだったが、すぐに考えても仕方ないと頭を振った。


ひとまず壁を破壊するという目的は達成した。


この後の行動については決めていない。


ふと、怒鳴り声を上げる衛兵達が皆一斉に同じ方向に走っていくのが見えた。


衛兵達は途中に遭遇した仲間達に声を掛け、何事かを伝え、情報を伝達しながら集まっていく。


想定していたよりも衛兵達の動きが早い。


「あ……」


その衛兵達の向かう先に視線を向けると、そこには衛兵達を相手に戦うグロストの姿が。


十人は超える衛兵達を相手に剣を振るい、暴れまわっている。

 

「すごい数……」


今グロストが相手するさらにその遥か後方から続々と衛兵達が集まり出している。


衛兵達があれだけ叫んで回っていたのはグロストをなんとかしようと人を集めていたようだった。


「すごい。あんなに囲まれても軽々戦ってる」


グロストの姿はよく目立っていた。


国中の衛兵が一か所に向けて進んでいるのが上からはよく見えたし、鳴り響く戦闘音もグロストの周りだけ異常に大きい。


「私も頑張らないと……」


グロストがあれだけ衛兵達を引き付けてくれている。


ならこんなところでもたもたしている場合ではない。


グロストが戦ってくれている間に、自分も何かしなくては。


ぽそりと一言呟いた後、ルシーは視線を移す。


手持ちの爆牙は壁の内側へとばら撒くのに使ってしまった。

なら次にすべきことは……。


「……順番に壊していこう」


既に先程グロストが派手に暴れている音がここまで聞こえ、爆牙を使ったと思われる爆発も何度も起きているがこっち側に仕掛けたものはまだ使っていないだろう。


ならそれを起爆させて回るとしよう。


そう決めたルシーはぐいっと上体を伏せ、魔精霊にしがみつくような態勢になった。


「お願い」


ルシーの呟きに応えるように、魔精霊が声を上げる。


魔法都市の出だというこの笛の音は凶暴な魔精霊を意のままに操ることを可能にした。


背中に跨り、身体に触れているだけで自分の意志が即座に魔精霊へと伝わる。


「くっ」


壁から飛び降りた魔精霊が宙を蹴り、加速する。


吹き抜けていく風が、身体を打ち、吹き飛ばされてしまいそうになる。


だが実際には振り落とされることもなく、魔精霊は静かに地面に着地した。


「ひぃ、化け物だぁ!」


「助けてぇ!」


突如空から振ってきた魔精霊に驚き、恐怖の声を上げる人々が引きつった絶叫を上げた。


助けを乞う彼らはよたよたと情けない姿で必死に背を向けて逃げていく。


「行くよ、この辺みんなぶっ壊しちゃおう!」


ルシーが腰につけていた槌を手に取る。

それは滑り石を採取する際に使用したもの。


単純な破壊力で言えば剣や槍などよりもずっと強力な武器だ。


「うーーやぁ!」


甲高い叫びと共に魔精霊の上から槌を振るうルシー。


「ふっ、やぁ!」


家の屋根を、壁を、支柱を、叩いて叩いて叩きまくる。


何を狙うでもなく、ただがむしゃらにすべてを破壊するという目的の元目についたものすべてに槌を振り下ろす。


ガン、ガン、ガン、と音を立て。


建物の立ちならぶ通りを駆け抜けながらそこらじゅうを叩きまくる。


「確か、ここに仕掛けて……あった!」


まだ混乱する人々が慌てふためく道の通り。

その隅に隠された爆牙を発見し、


「やっ」


強く叩き付けてへし折る。


真ん中からへし折れた爆牙が真っ赤に発熱しだす。


悲鳴や怒号の飛び交う通りに新たに爆音が鳴り響く。


ズンと腹に響くような音が通りを突き抜けていき、人々の混乱はさらに加速する。


「次は」


ルシーはその間にも仕掛けた爆牙を起爆させていく。


「ここと」


置かれた花壇の裏。


「ここにも」


出店の荷が置かれた場所の隅。


「あっちにも確か」


逃げ惑う人々は連続して怒る爆発に完全に恐慌状態に陥っている。


「ふふっ」


一つ椅子が壊れるたび、


「ふふ、ふふふっ」


一つ店が吹き飛ぶたび、


「あははははは!」


吹き飛んだ瓦礫でめちゃくちゃになった通りを見る度に強烈な高揚感がルシーの中に湧き上がる。


耳に届く悲鳴が、苦しむ声が、ルシーの胸の内をすっきりとさせる。


「まだまだ、足りない。足りないよ」


火の粉や、崩れ落ちる建物の砂塵が舞う通りで、一人復讐に燃えるルシー。


轟く破壊の音をもっと聞きたいと、泣き叫ぶ国民の声がまだ足りないと。


槌を振るい、爆牙を起爆させ続ける。呼び出した魔精霊にも命令し、徹底的に建造物を破壊する。


「ふふ、大体壊し終わったかな」


そして、周囲が瓦礫の山と化したのを見てにやりと口角を上げると首に下げた銀の笛を口にくわえる。


周囲の破壊活動に勤しんでいた魔精霊を呼び寄せ、のそのそとその背中によじ登る。


「さぁ、次の場所へ行こう。壊して、壊して、壊しまくらなきゃ」


口元に笑みを携えながら、ルシーは混沌と化した国を駆ける。


「……っ」


そして、開けた場所へとたどり着くと、表情を変えルシーは魔精霊を止めた。


国にある通りはすべてある場所へとつながっている。


「おねぇちゃん……」


その広場は五年前とほとんど変わっていなかった。


磔にする板こそ今はないもののそれ以外はあの時のまま。


周囲の騒ぎなど聞こえていないかのように、ルシーは魔精霊にまたがったまま、かつての光景を思い出す。


「…………」


ぎりりと歯を食いしばり、目を閉じる。


どれだけそうしていたのか、ルシーは気づけば自然と拳を握っていた。


湧き上がっていた高揚感は鳴りを潜め、心地よかった悲鳴は耳障りな雑音に変わる。


入れ替わるように、抑えていた憎しみが、こらえていた怒りが泉のように込み上げる。


「なんだこの化け物! 誰か上に乗ってるぞ!」


その時だった。


逃げ惑う連中の声が一つ、耳に入ってきた。


目を開けたルシーが声の主に視線を向けると、後ずさりしながらルシーのことを見る一人の男。


「お、お前がやったのか!?」


顔には怯えの感情が見えるのにも関わらず、指を差して問いかけてくる。


「だったら?」


表情を消して、ルシーは答える。


「こ、この悪魔が! なんのためにこんなことをっ。自分が何をしているのかわかっているのか!」


返ってきたのはそんな言葉。


自分の中の恐怖をごまかすように、あえて大きな声を上げ、ルシーという騒ぎの現況を見つけたことで行き所の見つからなかった感情をぶつけてくる。


「……」


ルシーは答えない。

ゴミを見る目を男に向けたまま、男の顔を見続ける。


「何とか言え! 今国中がどうなってると思う!? お、お前のせいで何人死んだと思ってるんだ! 答えろ、この悪魔!」


目じりを上げ、醜悪に表情を歪めて怒鳴る男は黙り込んだルシーにさらに口汚い言葉を浴びせた。


男の声を聞いたのか、近くにいた何人かが近寄ってくる。


「ちょっと何やってるの、早く逃げないと」


「うるさい、この騒ぎはこいつが、この悪魔が引き起こしたんだぞ!」


男を呼びに来た女がルシーに視線を向けた。


「ひっ、なんでこの女、化け物に乗って……」


「だから、こいつが全部やったんだ! こいつが! この化け物に乗って、国中をめちゃくちゃにしたんだよ!」


「え、本当?」


男が唾を飛ばしながら怒鳴る。


「キキ、キキキ」


何人もの視線を集める魔精霊が小さく喉を鳴らす。


「わぁ、気持ち悪い! 化け物!」


「悪魔だ! こんな化け物に乗って、悪魔!」


「よくもやりやがったな、くそ女!」


感情が伝播していく。


男の感情が集まってきた民達に感染し、先ほどまで恐怖に染まっていた顔が怒りに塗り替えられ、口々にルシーへ暴言を吐いていく。


「死ね! 悪魔!」


「人の命を何とも思わないのか!」


「悪魔め、死んで詫びろ!」


興奮する民たちを見下ろしながら、ルシーは思う。


酷い形相でこちらを睨みつけてくる国民。


こいつらは口々に好き勝手なことを言っている。


人の命を何だと思うか、人が死んでいるのに何とも思わないのかと。


私は覚えている。


五年前にここで何があったのかを。


この国の民が何をしていたのかを。


磔にされた人達を、姉を見て。


こいつらは笑っていた。


「……っ」


そう、忘れるものか。


崩れ落ちる私に向かって、良かったねとこいつらは言った。


こんな風にならなくて良かったね。


死者を指さして嘲笑いながら、言ったのだ。


命?


どの口がそれを言っている。


「悪魔は、どっちだ……」


何のためにこんなことをしたのかと、それを私に問うのか。


よりによって、この私に。


それを聞くのか。


「なんだ! はっきり喋れ!」


「膝をついて詫びろ!」


「偉そうに上から見下ろしてんじゃねぇぞ! 死んで詫びろ!」


沸々と込み上げてきた『怒り』が煮えたぎる。


「――――けるな……」


平然と、自分以外のものを蹴落とし、嘲笑う。


そんな連中に何を詫びろというのか。


許さない。


絶対に。


「ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


叫び声に魔精霊が呼応する。


「ひっ」


「やばい、逃げろ」


「悪魔が動きだした!」


魔精霊の鳴き声に腰を抜かした屑どもが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「詫びろだと、私が、お前たちに!?」


ルシーの怒りが魔精霊へと伝わる。


魔精霊が前足を振るい、地面を砕き、破片を周囲に飛び散らせた。


「殺す……! 一人残らず殺してやるっ」


魔精霊が雄たけびを上げる。


「自分たちが何をしたのか、徹底的に身体に刻み付けてやる! 地獄に落ちながら、痛みに喘いで、苦しみ抜いて悔いろ!」


頂点に達した怒りが、即座に魔精霊に伝わり、跳躍する。


「許さない許さない許さない」


ルシーの感情が昂る。


その感情に反応した魔精霊が背なかを見せて逃走する屑どもに瓦礫の雨を降らせた。


ばら撒かれた瓦礫の雨は地上に赤い花を咲かせていく。


「まだ、まだ足りない!」


ルシーがさらに追撃を仕掛けようとしたとした瞬間、


「っ!?」


大きく地面が揺れた。


「何この揺れ」


さらにずん、ずんと同じ感覚で揺れが続く。


国の壁が崩壊したときよりは揺れは小さい。

だが、この規則的な揺れは。


はっとルシーが後ろを振り返る。


「っ何、これ」

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