第28話


「追え追え! 絶対に奴を捉えろ! 殺しても良い、落とし前をつけさせるんだ!」


憤る髭面の衛兵が他の衛兵たちに指示を出す。


住宅地を駆け回るグロストをあちこちから集まってきた衛兵が追い回す。


「分が悪いか……?」


姿を見られてから既にそこそこの時間が経過している。

衛兵達はグロストの存在を認めると周囲の衛兵をかき集めるように声を上げた。


戦闘を目撃したと見られる衛兵により、かなり危険度の高い存在だと認識したらしい。


時折背後を振り返り、衛兵たちの数を把握しながらグロストは逃走を続ける。


ざっと見て二十は下らない。


もしかしたらまだ増える可能性もある。


「はぁっ!」


適当な建物を剣で切りつけ、破片を辺りにばら撒き、あちこちを行ったりきたり、衛兵を翻弄する。


まだ身体にも余裕はある。


戦えてはいる。


ならもっとやれるはずだ。


グロストは周囲の音を聞きながら今一度気合を入れる。


すでに国中は大混乱、記念祭などと言ってられる状況ではない。


ルシーが言った記念祭をぶち壊すという一つの意趣返しは達成したことになる。


だが、


「もっとだよな」


それだけでは足りない。


奴らに、思い知らせてやらなければならない。


もっと。


もっと壊して、修復不可能になるまで、再建できないほど徹底的にぶち壊す。


ならまだ、まだ暴れ足りない。


地面が揺れる。


断続的に続く音。


「はっ、俺も負けてられねぇな」


顔を上げて周りを見れば、滑り石や魔精霊たちが派手に暴れまわっているのが見えた。


※※※※※※※※


「先回りだ! 進路の先に回れ!」


「あそこの曲がり角は大通りに繋がる、なら先にそっちに回って……」


「いや、家の中を突っ切っていったぞ!」


逃げ回るグロストの姿を追い続け、報告を続ける衛兵たちの声が飛び交う。


「あの角は……」


そして一人の衛兵が気づいた。


「行き止まりだ、あの先の道は一番奥が行き止まりになってる!」


ある角を曲がったグロストを見て、衛兵が叫ぶ。

彼は普段この辺りの巡回をすることが多かった為、この辺りの構造に詳しかった。


そして、今グロストが入っていった路地は分かれ道がなく、奥は奥へと進むしかない。

道なりに進めば確実に行き止まりにぶち当たる。


「追い込め!」


先行していた数人の衛兵が、その声を聞いて勢いよく今グロストが曲がった角を曲がる。

と、


「ぐぁっ」


「っ、なんだ!?」


彼らがほとんど同時に角を曲がった瞬間、何かに足を取られ転倒した。


唐突に足が動かなくなり、足が前へ出ない。


「何やってるんだお前ら!」


後から追いついてきた髭面の衛兵が地面に倒れた衛兵を怒鳴り散らす。


後少しで敵を追い詰められるという好機に何をしているのかと、怒りの感情が込められた声だ。


「これ、多分もちもち草の粘液です」


側にいた若い衛兵が髭面の男に言う。

男はそれが何なのか知っていた。


「穴ぼこ平原に生えてる草です。粘着力が強くて、一度引っかかるとなかなか取れないんでやっかいなんですよ」


しゃがみこみ、粘液を触って確かめる衛兵。

人差し指と親指をくっつけてその粘着力を髭面の男へと見せた。


それを見て髭面は、


「要するに、足止めか。小細工を……。良いかおまえら! 足元をよく見て走れ! 白みがかった液体は踏むんじゃないぞ!」


転倒した衛兵たちを追い抜かすものたちにそう声を掛ける。


「鼠のようにちょろちょろと動き回りおって……」


すでに少し周りを見渡しただけでも建物の被害は大きい。

未だ鳴りやまない滑り石にも、魔精霊にも人員を割かなければならない。


一人の男にこれだけの被害を出したとあれば大目玉だ。


一刻も早く奴の死体を持っていかなければ。


怒りで血管が切れそうな髭面がそんなことを考えているとき、


正面から強い風が吹いた。


「今度はなんだ!?」


身体を何か強い力で押し付けられているような感覚。


思わず叫んだ声に、先に進んでいた衛兵たちから声が聞こえてくる。


「あいつ、何か魔道具のようなものを持ってます!」


「風が強くて、前に……、うわぁ!」


髭面がグロストを追っていた兵達に追い付くと、辺りには先ほど転倒した衛兵たちと同じように地面へ縫い付けられるようにして転がる何人もの衛兵の姿。


「お前ら、だから足元には注意しろと」


髭面の男が言い終わる前に地面へ転がる衛兵達が、


「いえ、避けて通りましたが」


「風に煽られてしまって」


そんな弁明の最中にも正面から風に飛ばされたらしい衛兵が一人、吹き飛ばされて転がってきた。


「あんな風に……」


それを見てさらに眉を寄せる髭面の男。


「あの男、魔道具まで……。いや、それならば奴の魔力はいずれ切れる。それまで耐えればいい」


衛兵の情報が正しければこの先は行き止まり、すでに逃げ道は封鎖した。


人数にはまだ分がある。


髭面はそう判断し、指示を出す。


「じっくり追い詰めろ、慎重にな」


髭面の指示通り、衛兵たちはグロストを追うものの、突っ込みすぎることはなく相手の出方をうかがうようにじわじわとグロストを追い詰めていった。


それは駆け回るネズミを追い込むよう。


「はぁあああ!」


背後から走ってくる衛兵に向け、急停止し、反転したグロストが剣を振るう、が。


「距離を取っていればっ」


すれすれで剣を躱した衛兵の一人が勝気に笑みを浮かべる。


「ふっ、はぁ!」


続けてグロストが剣を振り回すも、どれもギリギリの所で回避される。

明らかに攻める気配がない。


「ちっ」


衛兵達が受けの姿勢を取り始めたことに舌打ちしたグロストは剣を振りきった状態から身体を回転させ、衛兵に背中を向けて路地の奥へと走り出した。


グロストが逃げる先はどんどんと道が狭くなっていく。

その細い通路の幅は人が三人通るかどうかといったところ。


「ふっ」


グロストが背後に放った鱗に剣を叩き付ける。

竜巻が吹き荒れ、左右にそびえ立っていた建物が軋んで揺れる。


「また来たぞ!」


風を起こし、足止めをしている間にグロストはすぐに衛兵たちから離れた。


狭い通路の先を目指し、足音を立てながら逃げていく。


そして、最後となる角を曲がった。


「あの先が行き止まりです!」


側にいた衛兵の言葉を聞き、髭面が声を上げる。


「よし、ついに追い込んだぞ! 今度こそ突破されるなよ!」


髭面の声に呼応して衛兵が一斉に角を曲がる。

そして一足遅れて髭面も後を追う。


「はは、あの男もこれで終わり……」


髭面が角を曲がり、顔を上げたとき、


ーーそこには誰の姿も見えなかった。


「……? なんだ、誰もいないぞ」


確かに道はここで途切れ、行き止まりとなっているものの肝心のグロストの姿がない。


「どこへ行った……。おい、本当にここへ入るのを見たのか?」


同じように困惑している様子の衛兵たちへ問う。


「はい、しっかりと」


「俺も見ました」


「間違いなく……」


するとなぜ俺たちの目には見えないのか。

と、顎に手を当てて髭面は考える。


「む、これは……」


さらに髭面の視界に映ったのは地面にある大量の水溜り。


それら雨上がりかと言わんばかりにあちこちにできていた。


髭面が眉根を寄せる。


「さては」


もしやまた消え水を使ったかと周囲を警戒するも、特に誰かが動きは回るような音は聞こえない。


「隠れているのでしょうか」


「その可能性はある。しらみつぶしに探せ」


音は聞こえなくとも、ただじっとしている可能性がある。

これだけあたりが水溜りばかりなら、隠れてやり過ごそうとしているのかもしれない。


おそるおそる衛兵たちが歩き出そうとした時だった。


「ん?」


ぴちゃりと音を立てて、何かが地面へと落ちる。


衛兵が何かと拾い上げたとき、


「ナイ、キキ……」


上からひどく不気味な声が聞こえた。

それは聞き続けていたら不安になるような、あまり耳にしたことのない獣のような声。


「っ! あ、あいつ!」


衛兵が顔を上げた視線の先、そこには宙に浮かぶ魔精霊の足にぶら下がるグロストの姿があった。


「何か降ってくるぞ!」


衛兵たちがグロストの存在に気づいた時にはすでに、それ(傍点)はばら撒かれた後だった。


ほのかに熱を発し、赤く熱を帯びたそれ。


真ん中からへし折れ、どんどんと温度を高めていく。


「爆牙だ! お前ら、下がれ!」


左右には建物のそびえ立つ狭い路地の突き当り。

逃げようと走り出した衛兵たちはしかし、ことごとくが走り出した途端に転倒した。


前を走る人間に躓き、更に後続の衛兵たちが連鎖して転んでいく 


「な、足が……」


躓くものなどなかったはず、そんな衛兵の視線に映ったのは地面にできた水たまりに足がぴたりと張り付いている光景。


「っく、何故だ、もちもち草の粘液でもないというのに……」


他の衛兵の例にもれず、転倒した衛兵の山の一部となっていた髭面の男が声を漏らす。


「単純なお前らに教えてやる、消え水ってのはな、人を消す以外の使い方もできるんだ」


グロストが地面を蠢く衛兵たちに頭上から言葉をぶつける。


消え水とはかけた対象を見えなくする水。

その対象は人に限らない、たとえそれが足止め用の粘着液だとしても。


「くっ! もちもち草の粘液に消え水を……!」


グロストはただ逃げていたのではなかった。

今使える道具を駆使し、衛兵の数を減らすための罠を仕掛けていた。


「っこの!」


はめられたと拳を握る衛兵たちの元にばら撒かれた爆牙が落ちる。


「吹っ飛べ」


激しい爆発が起こった。


※※※※※※


髭面の衛兵達を片付け、倒壊する建物から離れた魔精霊。


その足にぶら下がっていた俺はある程度地面が近くなった瞬間に手を離し、飛び降りる。


俺が降りたことで身体が軽くなった魔精霊が小さく鳴き、またどこかへと駆けていった。


ルシーの笛によって、また家か店などの建物を壊しにいったのだろう。


「ふぅ」


一つ息をつき、身体をぐっと伸ばす。


ぽたりと、汗が一滴、地面へ落ちる。


ーー大分消耗しちまった


今の逃走劇で既に手持ちの素材はほとんど使い尽くした。

消え水はなくなり、大量に採取したもちもち草も使い尽くし、数少ない緑龍の鱗ももうない。

爆牙に至っては仕掛けておいたものを一部回収して使った。


だがそれも二十人以上の衛兵を始末出来たことを考えればなかなか悪くはない。


住宅地もあらかた破壊し尽くし、俺が仕掛けておいた爆牙はほぼ全て起爆し終えた。


しかし、同時に手札もほぼ尽きた。


「あとどれだけ粘れるか」


滴る汗を拭い、正面を見据える。


「はっ」


乾いた笑いが漏れた。


「もう少しだけゆっくりしたかったが……」


ぐっと剣を握る。


「あいつだ! 囲めー!」


視線の先、そこにはまたどこからか衛兵達がやってくるのが見えた。


俺の姿を見とめた衛兵達が接近してくる。


数は十、いやその後ろにもまだいる。


「そう簡単にはやられねぇぞ……!」


深く息を吸い込み、ぐっと腰を落とす。


突進してくる衛兵を迎え打つように前へ出る。

弾くように地面へ蹴り上げ、一直線に衛兵へと距離を詰める。


「突っ込んでくるぞ!」


「構うな! 串刺しにしろ!」


二人が俺の横を取るように左右に分かれて、


四人が俺の動きに合わせて順に槍を突き出した。

さらに後ろには残りの衛兵が様子を窺っている。


一つは頭を、二つは胴を、もう一つは足の付け根に向かって槍が伸びる。


「お前らより俺の方が、速ぇ!」


その鋒が身体へと届く前よりも速く、俺の振るった剣が全てを薙ぎ払う。


槍を真っ二つに斬り裂き、


「うらぁ!」


がら空きになった身体へ鋭く蹴りを放つ。


枝をへし折るような音と感触が伝わり、苦悶の表情を浮かべた衛兵が一人、後方に待機していた奴らを巻き込んで吹き飛ぶ。


「くっ」


「速ーー」


武器を失ったと理解した三人の衛兵が後ろに下がろうとする所をさらに一歩、足を踏み出す。


「逃すかよっ!」


ぐるりと身体を巻きつけるように回転させ、振った剣を引き戻す。


うねる剣圧が仰反る衛兵を引きつけ、その腕と胴をまとめて斬り飛ばす。


口から漏れた断末魔が吐血混じりに宙へと消え、目を見開く左右の衛兵が一瞬攻撃の手をためらった。


「はぁぁ!」


その隙を逃さない。

右に展開していた一人へ力を込めて剣を叩きつける。


焦った衛兵は落ちてくる剣を受け止めようとした。


「甘ぇ!」


だが勢いのついた一撃は細い槍如きの柄では防ぐことなどできない。


ましてやその辺りに転がっている木から作ったような槍など話にならない。


僅かな抵抗すらなく、槍ごと頭をかち割った。


血が噴き出る。


ーー後少し。


五人片付けて、残りはもう五人。


「で、でやぁぁぁ!」


左にいた衛兵が破れかぶれに突進してくる。


迫真の叫び声。


槍を握る手は白くなるほど強く握られている。


だが、


「そんなんでやられるかっ」


こん、と真っ直ぐ突き込まれた槍を横から弾く。


「っ、わぁ。とと!」


すると突進する勢いを変えられ、身体が泳いだ衛兵が勢い余って俺のもとへと飛び込んでくる。


「うるぁぁ!!」


飛び込んできた衛兵の胴に合わせてぐっと剣を押し当て、勢いよく振り抜いた。


雨のように血が飛び散り、地面へと降り注ぐ。


血生臭い臭いがつんと鼻を抜けた。


「あぁぁぁ!」


じろりと視線を向けた先、尻餅をついて地面に座り込んでいる残りの衛兵達へと咆哮を上げ、接近する。


転倒していた衛兵達はばたばたと慌ただしく起き上がり、必死に牽制を、と槍を突き出すが、どれもが腕のみで突き出された攻撃


「ぅぅぅぅん!!」


そんな力のない攻撃など食らうわけがない。


剣圧で小さな旋風を発生させながら、振り回した剣が迫ってきた槍の鋒とぶつかり、


「はっ!?」


槍を縦に割いた。


衛兵の顔が驚愕に染まる。


「おぉぉぉぉ!」


そのまま突き進む剣が腕を捉え、薪のように両断し、背中まで到達する。


剣を振り抜くと、べちゃりと上半身が力なく落ち、臓物を飛び散らせる。


剣を振り抜いた反動を身体を回すことで次の動きへと繋げる。


数がいる分、一つ一つの動作を滑らかに。


隙を限りなくなくすことを意識し、動く。


「うぉらぁ!」


ぎゅっと力強く握った拳を呆けている衛兵の顔面に突き込む。


ごりっと骨を砕く感触。


「んぅぅあああ!」


そのまま腕を振り抜いて首の向きを強引にねじ曲げる。


「強ぇ……」


「どうなってるんだこいつ!?」


仲間を殺される様を目の前まざまざと見せつけられた衛兵が大きく後ずさる。


「ふぅぅぅぅ」


俺は忘れていた呼吸を取り戻すように、息をゆっくりと吐き出す。


身体に篭った熱が吐き出す息と共に排出され、吸い込んだ空気が新たな燃料となる。


「相手は一人だぞ、負けるはずがない!」


追いついてきた衛兵が後ずさる衛兵達を鼓舞するように声をかける。


「はぁ、はぁ」


ーー九、十、十一……多いな。


息が上がる。


だが戦闘はまだ終わらない。


「全く疲れる、な!」


声を上げ、疲れを誤魔化て俺は駆ける。


ぽとりと汗が二滴、地面に染みを作った。



「あぁぁぁ!」


絶叫する衛兵の首を断ち、横から伸びてくる槍を仰け反って躱す。


「ここだ、死ねぇ!」


身体が泳いだところに今殺した衛兵の後ろから距離を詰めてきた衛兵が槍を突き込んでくる。


「っ!」


引き戻した剣の柄で攻撃の軌道をずらし、上へと跳ね上げる。


ーー攻撃、は無理か


出来た隙を狙い、攻撃を叩き込もうとするもさらに後ろから出てきた衛兵の槍が俺を牽制する。


大人しく、大きく跳躍し後ろに下がる。


ーー数が、多すぎねぇか?


倒しても倒しても、殺しても殺しても。

次から次へと補充されるように衛兵が集まってくる。


一人一人は雑兵に過ぎないのだが、これだけ数が多いとそれだけでこちらも消耗してくる。


「くっ」


少し目を離した好きに背後に回った衛兵が細かく槍を乱れ突いてくる。


一発でも当たれば儲け物と言わんばかりの、手数にものを言わせた攻撃。


だが、これが実にいやらしい。


いっぱかの大振りならどれだけ囲まれていようとある程度余裕をもって躱せる。

だが、こう小刻みに突かれるように連続して攻撃されると躱すことのみに専念しなければ一撃喰らってしまう。


本来ならそういった攻撃には大きく剣を振り回し、力づくで黙らせるのが一番なのだが、連戦に次ぐ連戦により、腕が重い。


それに、


「あぁぁぁ!」


油断して近くに寄り過ぎた衛兵を一人、胴を袈裟切りにした。


「ぐっ」


同時に、剣を振るった隙を突いて脇に槍が突き刺さる。


身体の中に冷たい異物が入ってくる違和感。

そして火の出るような痛み。


こうも何人も周りに囲まれては自由に動くことができない。


ーー多すぎるだろっ


そう。

宿舎から衛兵を隔離したというのにこな人数の多さは一体何なのか。


俺だけでなく、魔精霊や、滑り石にも人を割かなければならないはず。


俺は既に何十人と衛兵を片付けた。


それを考えれば今俺を取り囲んでいる衛兵の数は少し多過ぎる。


ーー一体何が……


不意に顔を向けた視線の先。


それは上空高く浮かび上がった宿舎があった方向。


「なんだ……?」


「はっはっは! 気づいたか賊め!」


周りの衛兵よりも少し質の良い格好の男がカンに触る言葉を吐いた。


「あれは」


浮かび上がった宿舎。

ここからでも見えるそれの下に何層もの水の塊がふよふよと浮かんでいた。


ーーさっきまであんなものは無かったはず。


いつからだ。


いや、そもそもあんな水を浮かべてどうすると……。


訝しむ俺にぺらぺらと口軽く男が話す。


「あの宿舎。お前の仕業だろう?」


「それがなんだ?」


俺の言葉にくっくっと笑う男。

薄めでこちらをみるその態度がひどく不愉快だ。


「いやぁ、大層頑張ったんだろうが、無駄骨だっだと教えてやろうと思ってな」


ーー無駄骨……


頭をひねる俺に男が言う。


「ほら、よく見てみろ」


男が宿舎の方を示す。


促されるまま、ぷかぷかと浮かぶ水を注視する。


その時、どぽんと水の中へ人が落ちた。


落ちてきた方へと視線を上げる。


「そういうことか」


隔離したはずの宿舎。

しかし入り口の扉は開いている。


今もまた一人、衛兵が飛び出した。


あそこから水へ向かって飛び降りているのだ。


落ちた人間は一つ目の水を突き抜け、二つ目の水へと落ちていく。


あれだけ高く上がってしまった場所からは降りられないだろうとふんでいたが、こんな方法を使ってくるとは。


あの水を通り、下へと落ちることで落ちる速度を減らし、衝撃をほとんどなくしている。


何層にもわたる水の塊が落ちてきた人間を柔らかく包みこむことで、通常助からないであろう高さから人を下ろすことを可能にしたのだ。


「ちっ」


そんなことを繰り返し、落ちていった人間はどこの骨も折ることなく、地上へと着地する。


やたらと数が多いわけだ。


「王居仕えの魔法使い達の魔法はあの規模の魔法をも容易く扱う。お前のようなものの小細工など意味をなさないのだ!」


ーー魔法使い……


「お前ら、魔力を持つものは悪しきものとしてるんじゃなかったのか?」


「ふん、彼らは悪しき力を従え、自らの力と化したのだ! そこらに転がる雑多なものどもと同じにするな」


反吐が出る。


何が悪しき力だ、結局利になるかどうかでしか判断してないだけだろう。


「クソ野郎が……」


「はっはっは! せいぜい粋がっていろ。どうせお前はここで無様に死ぬのだから」


ーー減らず口がっ


余裕ぶったその顔、すぐに斬り飛ばしてやる。


まずは周囲を囲むように動く衛兵達を突破しようと重心を前にした時、


『とろけるような眠りを』


ーーこれはっ


足元を絡めとるように黒い霧が覆う。


咄嗟に後ろへと跳ぶ。


瞬間、今俺がいた場所、その地面がどろりと溶けた。


「魔法……」


ぎりりと歯噛みして正面を睨みつける。

衛兵達の後方。


意識してみれば先ほどまでとは辺りの気配が違っている。


「あいつか」


白いローブを身に纏った人間が一人。 


こちらに手をかざして立っている。


――――魔法使い。


限りなく最悪の状況に俺はぐっと拳を握りしめた。

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