第2話

俺は一瞬その言葉の意味がわからなかった。

いや、わからなかったというよりは聞こえていても理解できなかったというべきかもしれない。


国をぶっ壊す?


突拍子もなく飛び込んできた言葉を噛み砕くのにかなり時間がかかった。

反応できずにいる俺をもどかしく思ったのか女が再度言う。


「なに、黙り込んじゃって。酔っ払っちゃった?」


おかしい。

今誘われた内容はそんな世間話のついでに言うようなものだっただろうか。

全く態度の変わらない女を見やる、が首を傾げられてしまった。


「あー、もしかしたら酔っ払ってるのかもしれん。なんだかお前の言葉がよくわからなくなってきた」


「本当? 明日から一緒に準備するんだから体調は整えてもらわないと……。宿に戻ったら? 門の前に昼前に来てくれれば良いからさ」


「……準備?」


ペラペラと聞こえてくる言葉。そのどれもがおおよそ勝手に決められた俺の予定を表しているらしいことを理解し、頭が痛む。


「相手は国だから、たっぷり道具を準備しないと……ね?」


ふむ。

俺は知らない間に会話すらうまくできなくなっていたらしい。

仲間たちと別れてから少し間が空きすぎたしな。


酒場で一人で飲む弊害が思わぬ形で現れてしまった。

だが相手に勘違いさせたまま会話が進んでいくの良くない。

自分の意見はきっちりと言っておくべきだ。


「悪いが俺は退屈はしていても悪ふざけはするつもりはねぇ。いたずらなら別の奴を誘った方が有意義だぞ」


俺が言うと、女はきょとんとした顔を見せた。

なぜそんな顔をする。

誰も「いいよ」と言ってないんだからそりゃそうだろう。

不満げな顔をされても俺は知らない。


「私真面目に言ってるんだけど……」


「真面目に言ってるんだとしたら余計にまずいな」


出会って数分、話の飛び方が尋常でないことになっている。


「退屈だって言ってたのに?」


「お前が今まで何をやってきたのかすごい気になってきた」


いくら退屈してようとそんな刺激を求めているわけではない。一般的に求めてもいけない。


――――一般的に、ってのは正直どうでもいいが


正義漢なわけでもなし、どこの誰の命がなんてのは俺には関係ない。

のっぴきならない理由があるなら俺は窃盗だろうが殺人だろうがするだろう。

だが、今は単純にそんなことをする意味がない。


「まあ聞かなかったことにするよ」


そういって自然に席を立ち、帰ろうとするが、


「こらこら! 何帰ろうとしてるの!」


「いやだってなぁ」


「……話を聞かれた以上、ただで帰すわけにはいかない」


「無理やり聞かされたのにひどいな」


ため息を吐きながらもう一度着席する。

さっきから立ったり座ったりと忙しないことになっている。変に目だったりしていたら嫌だなと思い、さらっと周りを見る。


店の中はさきほどと変わりない。

皆大通りに現れた人物の話に夢中で、こちらを気にしている奴は誰もいなかった。

この分ならさっきの女の話も聞かれていなさそうだ。


「はぁ。それでどうやって国を壊そうっていうんだ?」


仕方なしに話を聞くことにする。

とりあえず、話だけ聞いてすぐ帰ってしまえばいいかと俺は卓に肘をつき、気怠く女に目を向けた。


俺が曲がりなりにも聞く姿勢を取ったことに満足したのか、女は笑顔で何かを取り出した。

取り出されたそれは随分とボロボロの羊皮紙だった。


「これ、この国の地図」


思わず目を見張る。

入口の門に、見覚えのある通り、通路。

全部の箇所ではないがどこに何の店が立っているかなど詳細な情報が書き込まれていた。


卓に広げられたそれは間違いなくこの国の地図。

なぜこんな詳細な地図を持っている、俺の驚いた顔を見て嬉しそうに口角を上げた女が言う。


「ね? 私の本気伝わったでしょう?」


本気……ここまでの地図を作って観光する馬鹿はいない。売るにしても一枚だけならさして金にはならないから労力に見合っていない。


「キミには私と一緒に素材集めを手伝ってもらおうと思っててね」


女が地図上に指を置く。


そこから、女が企てた作戦を聞いた。

大まかな内容は国のあちこちに罠を仕掛け、それらを同時に発動させることで大混乱を引き起こし、その隙に乗じて国を破壊するというわかりやすいものだった。


「素材集めねぇ」


用途の想像つくものから何に使うのかわからないものまで、実に色々な名前が挙がった。

知っているものもあったし、知らないものもあった。


頬杖をついていた手を引いて腕を組む。

視線をあげる。

微笑んでいる女は何を考えているのかよくわからない。

いや、わからなくはないか。


――国をぶっ壊す……


どこに何を仕掛ければいいか、女の口から説明された作戦はなかなか考えられている。

決して妄想の類ではなく、現実に再現可能な、実に想像がしやすいものだ。

もちろんそう簡単に行くわけはないだろうし、むしろ天秤にかければ失敗の方に傾くはずだ。

それでも


――なくはない


そう思わせるだけの熱意が込められていた。

この国は小さい。

綻びにつけ込むか、物量を用意できればそれだけで崩せてしまいそうに。


そしてこの作戦の要はこれから集めんとしている素材達。


もしもこれらを手に入れられるなら、実現できる可能性が、ある。


「……」


少し、おもしろいと感じている自分がいる。

ほぼ確実だった自殺への案内の先にほんのりと淡い光が灯った。


だが流石に国を相手に大立ち回りをするとなると足が引ける。


「成功した暁には私という素敵な贈り物を進呈してもいいよ?」


考え込む俺に、そんな甘言が聞こえてくる。


女の顔を見返す。


整った容姿。


年の頃もちょうど好みのあたり。


「なるほどな」


割とあり。


「わかった」


結論が出た。


「おぉ! じゃあ決まりね!」


「待て!」


気の早い女に待ったをかける。


「手伝っても良い。だが!」


しっかりと聞き間違えられないように正確に告げる


「素材集めだけだ。そこだけなら手伝おう」


協力するのは準備だけ。

その後については関与しない。

準備を整えた結末がどうなるのか、それは外から楽しませてもらう。


「えー、えー」


「いやなら他を当たれ、俺はすぐに別の国に行く。ただ今聞いた情報が漏れることはないからその点は安心しろ」


女は考えなかった。

がっしりと俺の手を掴み、顔を近づけてくる。


「まぁいいや、取り敢えず手伝ってくれるってことで」


間近でみる顔はやはり恐ろしく整っている。

呼吸すら感じられるほどの距離で女は言った。


「自己紹介! 私ルシー! 一緒に頑張ろうね」


「グロスト……。程々にな」


一人盛り上がっている――の活気は酒場の雰囲気を盛り上げるのに一役買ったのか、店内は満席となっていた。

外を見やれば既に通りが暗い。

明るく、騒がしい店の光がより際立ち良い具合に酒が心地よく体に回る。


しかしこの決断は酒の勢いではない。

明日目覚めて後悔することはないと確信できる。


今更ながらに名前を告げあったところで、一つ気になっていたことを女に問う。


「で、仲間はどこにいるんだ? 素材集めもそいつらと行くのか?」


「?」


ルシーが首を傾げる。

嫌な予感がよぎる俺を前にルシーは何の気なしに言う。


「仲間なんていないよ、君と私。二人だけ。うれしい?」


「……」


後悔とは唐突に訪れるものだと、俺は今更ながら知った。

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