第24話 醴酒不設のヘテロタリズム

「ごめんごめん。悪かったって」


「……Thatあれは should be法律で禁 prohibited by law止べきよ……」


 ベッキーとエシーの二人は恐怖に晒され怯えきった子羊のように晴生の腕にしがみついている。


 そろそろ時間になったため、晴生はベッキーを叔母のいる英語部に預けに、エシーは雪希の待つ晴生のクラスに向かっていた。


 まずは英語部にベッキーを連れて行く途中、一番合いたくない人間と出会ってしまった。


 すれ違う人達がこぞって『浮気か?』と言われて適当に返していたが、こいつらだけは不味かった。


「あーっ!! 及川が浮気しているっ! 雪希に言いつけてやるっ!」


「両手に花っ! しかも外国産だとっ! 貴様っ! 余程俺に殺されたいらしいなっ!」


 客引きで回っていた椿花と元弥とばったり会ってしまった。袴姿の椿花と学生姿の元弥は道行く人々の目を引き、広告塔として十分すぎる程の仕事を果たしているようだった。


「ちげーよっ! 分かっている癖しやがってっ! 妙なこと言うんじゃねーよっ!」


 前もって説明したのにも関わらず公然と揶揄い始めるので晴生は会いたくなかった。雪希には予め伝えてあって理解もしていてくれていたにも関わらずだ。


「両手に花ッテ?」


「……日本では女性を花に例えることがあんだよ。美人であるなら尚の事だ。羨ましさと嫉妬の意味も込められている。元々は良いものを二つ同時に手に入れるという意味だよ」


「ちょっとまって及川、この子たちが日本語しゃべれるって言っていなかったわよね?」


「俺も知らなかったんだよ。さっき一生懸命使っていたら笑われて、笑いながら日本語で良いよなんて言いやがったんだ」


「まだ気にしているノ? ゴメンって言ったジャン……それにしても日本人ってオモシロイ解釈するんだネ?」


「そういう意味ナラ。ハルよりテシーの方があってるヨネ」


「うん、そうだネっ!」


「すまん……ちょっと言っていることがよく分からんのだが?」


「ハル? もしかしてこの男の子と女の子。どっちかがハルのカレシかカノジョ?」


「やめてよっ! こんなやつ彼氏な訳が無いでしょっ! 気持ち悪い……って……んん?」


 気持ち悪いと言いかけた椿花が突如、エシーをまじまじと見つめる。


「なんかこの子。雪希に似ていない?」


「確かに、髪の色、瞳の色こそ違うが、顔立ちの細部が良く似ている」


「ユキってダレ?」


「ああ……雪希っていうのは――」


Yuki is雪希は Haruki's lover晴生の恋人ですよ


 晴生が言い切る前に元弥が口を挟む。


 晴生には元弥の魂胆が分かっていた。両手に花の状態が気に食わないのだ。彼女がいるという事実を付きつけ嫌われるように仕向けている。


 自分の好みの金髪女性を侍らせているとあれば恨みを抱かれて当然だった。


 晴生は雪希に心底惚れてしまっているんで、そんなことをされても痛くもかゆくもなかったが――


「そっカぁ~ そっちの男の子とは恋人でもないんネ……ハルならきっと理解してくれると思ったのにナ……」


「「……………はぁ?」」


 晴生と元弥は耳を疑った。やはり日本語が不自由なのかと晴生はそう思いたかった――


「大丈夫っ! テシーはBisexualバイセクシャルだヨ」


「そうなんダっ! 実はワタシ、ベッキーと付き合っているんダっ!」


 さっきから道理で話が噛み合わないと晴生は思った。つまりそういう事だっただとようやく晴生は理解した。バイセクシャルに対しては一定の理解がある晴生であったが、それ以上に気にしなくてはならない事が晴生にはあった。


「もしかしたらとは思っていたけど……及川と島貫君がそういう関係だったなんて……ごめんっ!! 先を急がなきゃならないから……雪希には言わないでおくね……」


「待て待て待てっ! 妙な誤解を抱えたまま逃げるんじゃないっ! もしかしたらってどういう意味だっ!?」


「テシーっ! お前フザケンナヨっ! 俺と島貫がデキっているってどういうこったっ!!!」


「え? 否定するってことは、ヤッパリそうだったノ?」


「違うっ!!!」


 

 椿花達との一悶着の末、晴生はベッキーを英語部に送り届けた後、自分のクラスへと辿り着く頃にはもうへとへとだった。


Wowへぇ~ ココがハルたちのクラス? これ何て書いてアルノ?」


「大正浪漫亭喫茶」


「タイショウ?」


「レトロ……いやビンテージ、ロマンチックカフェって言えば分かるか?」


Hmmmふ~ん……I canなんとなく sense it分かる


「まぁ、入ってみれば分かる」


 徐に教室の扉を開けて、晴生はテシーを迎え入れる。


「あっ! ハルくんっ! おかえ――」


 ただいま……と言いかけた言葉を晴生は息と共に呑み込んだ。


 満面の笑みで出迎えてくれた雪希の顔が、突然額に青筋を這わせていくのを見え、晴生は本能的な恐怖を感じて思わずたじろいだ。


「な、何を怒っているんだ……?」


「別に怒っていないよ」


 雪希の目が笑っていない。大層ご立腹であらせられる。てっきり理解を得られているものだと思っていた晴生には雪希の思わぬ手の平返しに困惑した。


 晴生は雪希が怒っている理由を探してみるが、やはり思いつくのはエシーと一緒にいたことぐらい。


 はっきり言ってくれれば対処しようがあったが、雪希が言ってくれる様子はまるでない。


「ハル、この子がユキ?」


「ああ、紹介する。フルネームはYuki Onijima鬼嶋雪希で、エシーと同じ醸造家の娘さんだ」


「それじゃあ、この子がハルの恋人なんダ」


「そうですがっ!? 何かっ!?」


 厳密にはちょっと違うのだが晴生は黙っていた。


 というより石のように硬くなり二の句が継げなかった。


 エシーに見せつけるように雪希が腕を絡めてきて、右腕を挟む例えようも無い柔らかい雪希の胸の感触に晴生の頭は真っ白になったからだ。


「テシーです。よろしくネ」


 見せつけているのにも関わらず、表情一つ変えずに雪希へテシーが握手を求める。


「雪希です。よろしく……」


 いぶかしげに雪希はエシーの握手に応じてはいるが、晴生の腕をしっかりと絡めたままで警戒心は解けていなかった。


「モシモ~シ? ハル? 聞いてル?」


 眼前をエシーに手を振られ、晴生の意識は呼び戻される。


「あ、ああ、どうし――ヒッ!」


 更に雪希が胸を押し付けてきて、湧き上がる情欲に晴生はまた思考が飛びそうになったのでぐっとこらえる。


「ワタシ、ちょっとお腹空いチャッタ。ここカフェなんだヨネ?」


「ソレデシタラ。ココデ食ベテイクトイイヨ」


「……ナンデ。そんなカタコトナノ?」


 

 晴生のクラスの模擬店は大正浪漫喫茶では、衣装に力を入れてしまった関係上、飲み物は紅茶とコーヒー、食べ物はガレットだけとなった。


 ガレットと言っても蕎麦粉ではなく小麦粉のなんちゃってガレットというより、もはやクレープだった。


 これは予算について晴生が懸念した通りにメニューの方へ皺寄しわよせが行ってしまい、クラス全員で出し合った苦肉のアイディア。


 ランチ用のハムベーコンやデザート用にチョコソースバニラアイスなどに食事と軽食両方に対応でき、尚且なおかつ経費が削減できるように工夫を凝らした。


「うんっ! オイシイっ! 小麦のガレットって聞いていたケド、イケルヨっ!」


 エシーが面々の笑みで『Likeいいね』をくれた。


 実際エシーをはじめ大正浪漫風喫茶のガレットは好評で、それに加えて大正ロマン風の衣装に身を包んだ可憐な女子たちを一目見ようと教室の外には行列が作られていた。


 言うまでも無く大半の男たちの目当ては後者の方だった。


「それは良かったです」


「それにしてもワタシたち、よく似ているネ?」


「そんなこと無いと思いますよ?」


「そうかナ~」


「そうです」


「ユキもしかして怒っている? それとも日本のBrewer醸造家ってみんなそうなのかナ?」


「それを言うなら、アメリカの醸造家が他人ヒトの男を取る様な泥棒猫だと思わなかったですよ」


他人ヒトの男……uh huhああ、そういうことネ。ハルのこと言ってるンダ。Hmmふ~ん……I seeなるほど, I seeなるほど……」


 一触即発の雰囲気に気圧されて、二人の座るテーブルには誰も近寄ろうとしなかった。


 雄一近づけるだろ晴生はコスチュームに着替え、二人の為にアイスティーを入れている最中だった。


「及川氏、なんなんあの金髪美少女、鬼嶋氏の2Pカラー的な」


「2Pカラーってお前……なあ、浅沼。それ、あの二人の前で言ってみる気はないか?」


「……ごめん。僕これ食べたら本部の方へ行かなきゃならないんで……」


 露骨に舌打ちをする晴生。


 実行委員の仕事で昼過ぎまで作業をしていた秀実ほずみは、晴生達の後に帰ってきて教室の片隅で一人弁当を食べている。


 2Pカラーとはよく言ったもので二人は本当によく似ていた。


 世界には自分と同じ顔をした人間が3人いるという都市伝説があるが、まさか他に二人いるんじゃないかとフリとも取れる懸念を不安視しながら、紅茶を淹れていた。


 ティーバッグで濃いめの紅茶を作り、それをコップに氷と冷水と一緒に移し替えることで、ボトルの紅茶より、手間はかかるが経費を抑えられた。


 アイスティーのお代わりを晴生の自腹で二人のテーブルへとお持ちして徐にテーブルの上に置いていく。


 二人の緊張感は多少落ち着きを見せたようで、小難しい話をしている。


「日本酒の濾過方法なんだけど限界濾過っていう濾過方法なんだけどね、逆浸透膜、つまりROより大きくて、MF精密濾過膜より小さい膜なんだけど、酵母を除去することで加熱殺菌せず長期保存を可能にする方法なんだけど、従来の槽搾ふなしぼりや圧搾搾あっさくしぼりして火入れによる低温殺菌でもそうなんだけど、それだと本来の風味や香とかコクが落ちちゃうんだよねぇ、かといって無濾過生原酒で勝負しているところもあるけどやっぱり長期保存がきかないから、現地に行かないの中々の飲めないし、でもあの果物のような香りやコクは若い人も飲みやすくウケもいいと思うんだよなぁ~」


「分かル分かルヨ。雪希のキモチ。お父さんの会社のウイスキーも三つのフィルターでろ過の方法を変えて、濁らないように低温ろ過するんだケド。それだとコクとかまろやかさが無くなっちゃうんだよネ。味より見た目重視っていうのは分かるんダケド。モルトウイスキーって言って無濾過で勝負しているところアルヨ。でも味よりも、見た目重視っていう考えがあるから、なかなか受け入れられないんダヨ。でも最近の若い人はお酒を飲まないからね。ビールさえ飲まないの。だからウイスキーはもっとでしょ? アメリカでは若い人の獲得するのに大変ダヨ」


「それを言うなら日本だってそうだよ。これは酒蔵の問題じゃなくて小売店にも責任があると思うんだよね」


「それは分かるヨ。だけどそうは言っていられないヨ。ワタシたちだって頑張らないと」


「そうなんだよね。はぁ~……」


「ねぇ、ハルはどうオモウ?」「ハルくんはどう思う?」


「知らねーよっ! 高校生でなんちゅう会話してんだっ!」


 雪希達の会話は酒蔵事情を交えた高校生の知識とは思えない内容。


 ほとんどを理解できていなかった晴生であったが、二人が意気投合したことだけは分かった。 

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