第22話 琴棋詩酒のカルティベーション

 週明け、期末テストと文化祭を同時に控え、晴生達のクラスではホームルームの時間を使って文化祭の出し物を決めることになった。


 亀窪西高校の文化祭は夏休み前に行う。


 それは進学校があるが故、夏休み中に勉強する三年生の為に、もしくはセンター試験が間近に迫る三年生への配慮によるものだった。


 司会進行は学級委員である元弥と椿花。専ら椿花が取り仕切って進行させている。


「それでそろそろ西高祭の出し物を決めなきゃならないんだけど、2年生は初日は映像作品。二日目は模擬店。みんな何やりたいって言っても、誰も言わないと思うので、じゃあ及川君っ!」


「えっ!? 俺っ!?」


 地方の流行などの予備知識が殆どない晴生は、まず振られないと思っていたので、完全に意識の外からの椿花の不意打ちに困惑する。


「前の学校でやったイベントを教えて欲しいんだけど?」


 確かに晴生は前に通っていた黄川学園で文化祭を経験したことがあった。


(にゃろう……調べておいたな……)


 誰にも話したことは無かった筈だったが、椿花が露骨ににやついているのを見て確信犯であることを悟る。


 不満に思いはしたが、渋っていると時間だけが過ぎていくので、前の学校での出し物を列挙していった。


 映像作品は馬鹿カッコいい動画、短編の恋愛ドラマ、コマドリ、逆再生動画、映画泥棒風動画。出し物紹介動画。


 模擬店はお化け屋敷、脱出ゲーム、謎解き、迷路、縁日、お菓子作り、VRジェットコースター、コスプレ喫茶などなど。


「う~ん、どれもパッとしないわね」

 

 黒板に列挙された出し物を眺め、椿花は不満を漏らす。


「じゃあ何で聞いたし」


「短編の恋愛ドラマって何をしたのよ?」


「ネット小説を書いている主人公が、同級生の女の子にそれがバレて、一緒に創作活動するんだけど、渾身の力を込めて描いた小説で彼女に思いを伝えるっていう話」


「そんなの現実的に無理じゃない」


 準備期間が無さすぎる。元弥の指示で時間の都合上無理なものを斜線を引っ張っていく。


「そうなると出し物の紹介動画が一番効率が良い。他のクラスの企画もほとんどがそれだ」


 生徒会会計だけあって元弥はそういう情報には事欠かない。一先ひとまず紹介動画と言う方向性で義場を取ったところ満場一致だったので、先に模擬店の出し物に着いて決める。


「お化け屋敷は取り合えず無しで」


「ちょっと待て柏倉、訳が分からん」


 消そうとした椿花を元弥が慌てて止めに入る。その椿花の突然の行動にクラスの全員が察しがついた。


『椿花って、まさか~』『そうなんだ~、へぇ~かわいい~』


「違うわよっ! 全然怖くなんてないんだからねっ!」


 典型的なツンデレで返した椿花はクラス全員の笑いを誘い、真っ赤になって俯く。


 正直なところ、学校の文化祭レベルではやはり怖さの限界があった。それでは来場者の皆様に楽しんでもらえないだろうという意見が出始める。


「そうだな~、VRを合わせて失禁モノのお化け屋敷を作るって言うのはどうだろうか? なぁ、秀実ほずみだったら出来そうか?」


 クラスの中で一番パソコンに詳しい秀実へと集まるが……


「一ヶ月もあれば簡単なものなら出来ると思うん。それ以上は無理ぽ」


 現実的に考えて、凝ったものにしようとすればどうしても時間的に難しくなる。クラスの雰囲気がお化け屋敷が無しの流れになっていき、椿花は安堵の表情を浮かべていた。


 それ以外もあまりぱっとせず、議論は暗礁に乗り上げる。


「及川……他に何かないか?」


「いや、さっきから俺ばかりに振るなよ」


 煙たそうにしながらも、晴生には少しだけ閃くものがあった。


「……着物喫茶……なんてどうだ?」


 コスプレ喫茶は既にC組から出されているため、最終的にはじゃんけんになってしまう。喫茶店をやるのであれば趣向を少し変える必要があると考えた。


 晴生が想像したのは大正浪漫亭のような喫茶店。


「イテテテ、なにすんだよ」


「余計なこと言わないで」


 晴生は後ろに座る雪希に背中の薄い肉を思いっきり摘ままれる。


 しかめっ面でささやき、雪希は不愉快ふゆかいな表情を露にする。


 背後からとがめるような雪希の熱視線に耐えながら、晴生は自分が想像した具体的なイメージを述べていく。


「いいじゃないそれ、大正浪漫風喫茶。それにしようよ」


 晴生の後ろで頭を抱える雪希を後目に椿花の鶴の一声でクラスの意見がまとまりかけた。

 

 そこへ会議の内容を見守っていた担任の弥生が口を挟む。


「ちょっとええか? 着物って言うても誰が着付けできるん?」


「そんなのここに――痛てぇってっ! ちょっとマジっ! 雪希っ! やめろってっ!」


「余計なこと言わないでって言ったでしょっ!?」


 今度は雪希に耳を思いっきり引っ張られ、晴生は悶絶する。


 普段から好きで着物を着ている癖に晴生には何が嫌なのかさっぱりわからない。


「鬼嶋さん。着付けできるん?」


「……一応は」


 などと雪希は控えめに言っているが、普段から愛用しているだけあって着付教室開けるぐらいに出来る。


「でも、衣装が――」


「ちりめん生地であれば、大体10cm単位で100円~200円で買えます」


 教室では物静かな弥音が今回ばかりはコスプレイヤーの血が騒いだようで口を開く。


 次第に話がまとまるにつれ、完全に取り付く島を失った雪希は、最後は弥生にうながされ渋々着付け担当を了承した。 



 そして7月8日の放課後。晴生達は期末テストを無事乗り越えた週明けの月曜、学校全体の雰囲気が文化祭の準備へと移り変わっていた。


「今回の現代文、全然大丈夫だったじゃん。心配して損しちゃったじゃん」


「それな。田中先生、学年主任と教頭にテストを問題を見られて、ガチで怒られて残業して作り直したんだよ」


「うわ~弥生先生、かわいそう……及川のせいでそうなったのにマジでひどっ」


「分かっている。俺だって心苦しいんだ。今度代わりに何か奢ってあげないとなぁ~って、お前等何やっているの?」


「「採寸」」


 文化祭に向けて衣装を作るのに雪希と弥音がクラスの女子全員の採寸を施している。


 基本雪希が自分の着物を提供し、足りないものは自分たちで作ることになった。


 何だかんだ言いながらやる気を見せる雪希。


 晴生は渋った理由を後々聞いたところ、恥ずかしがっていただけだという。

 

 一方、晴生をはじめとする男達は予算案を提出すべく、必要経費を洗い出すため、秀実の持ってきたパソコンを使って材料を調べている。


 因みに文化祭実行員には秀実と弥音が選ばれ、リアルタイムでアニメが見られなくなることを嘆いていたが、これについてはクラス全員の意志が働いたのだからやむを得ない。


 元弥が生徒会の会計で席を外れている事が多いため、いない間は晴生が担当することになった。


 本来の晴生の仕事はメニュー作成。最初に色々決められてしまうとメニュー内容にしわ寄せがこないか少し心配だったため予算に携われ少し助かった。


 あまりメニューが多くても経費がかさむだけなので、数品に絞るつもりでいたが。


「ハルくん。ちょっとこっち来て」


「ああ」


 表計算ソフトで経費集計の手を止め、徐に晴生は雪希の下へと向かう。問題が起きたのだろうと思いきや、いきなり拘束されて、採寸され始める。


「ちょ、ちょっと待て、何の真似だ」


「男子の衣装も作るからその採寸」


「いやいやいや、今川、俺は何も聞いていないぞっ!?」


「うん、今決めたから、第一女子たちだけで接客やらせるなんてずるい」


 女子たちが『ねー』と言って調和する。転校初日に比べれば凄い進歩で感嘆していたが、大正の学生風衣装であるコートの一種であるトンビの原型と思われるものを仮止めされ始め、晴生は流石に可笑しいと気付き始める。


「待て待て待てっ! そこまでやる必要あるかぁっ!?」


 仮止めされているため下手に動けず、成すがまま晴生は雪希からどこからか持ってきた学帽をかぶせられると黄色い声が女子たちの中から上がる。


「いいじゃんっ! 似合っているよっ! うんっ! かっこいいっ!」


「だから誰得だよっ!」


 誰に需要があるのかと晴生は訴えるが誰も聞いていない。そこへ教室の引き戸が開かれ現れた弥生に注目が集まる。


「お、ええやん。ええやん、ええんやけど、及川ちょっとええか?」


 いつになく神妙な顔つきで晴生は弥生に手招きされたので、少し残念そうな顔を見せる雪希達に仮止めを外して貰い、弥生と後を追って職員室までついてきてみれば、何のことは無い単なる頼み事だった。


「実は及川君に文化祭初日、ある女の子を案内してほしいんや」


 SSHスーパーサイエンスハイスクールの課題のうち英語探究課題を専攻しているアメリカ人の指導者が親戚の子を連れてくるそうで、その子の案内をお願いしたいという話だった。


「それじゃあ、普通に英語探究の人たちにお願いするのが筋じゃないですか?」


「それはそうなんやけど、一緒に来る親戚の子の友達っちゅうんが有名な醸造家の娘らしくて、今研究している事を教えて欲しいって言ってるらしくてな」


「なるほど、話が読めました。ゆ、鬼嶋と引き合わせればいいんですか? それなら直接言えばいいのでは?」


「……鬼嶋さん、英語のリスニング苦手やって、英語の本間先生がゆうとったんや。及川君、中学でホームステイしていたことがあったんやろ? しかもリスニングごっつう得意って本間先生もいうとったし」


「通訳ってことですか?」


「簡単にいえばそういう事や、英語探究の子に頼んでもええんやけど、鬼嶋さんに一番近いの及川君やん? 鬼嶋さんと文化祭回りたいのは分かるけど、1時間だけでもええねん、頼めへんか?」


「……まあ、そういうことなら」


 晴生は少し悩んだが、雪希に告白するタイミングは二人とも店番が無い二日目と決めていたので、期末テストの一件もあったことから二つ返事で了承した。


 しかし、アメリカから来た少女と言うのが一波乱ひとはらんを巻き起こすことになると、ここの時点で晴生は思いもしていなかった。

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