03:「え、無理」
「貴女が平松先輩ですか?」
放課後、知らない女の子に話しかけられて、絢香の視線は自然と足下へ落ちた。
この学校は学年毎にスリッパの色が違う。話しかけてきた彼女のスリッパは一つ下の学年のもので、名前を書く白枠の中には「相沢」と書かれている。
彼女は絢香よりも背が低く、二重の瞳はぱっちりと大きい。口元がへの字に曲がってしまっているが、可愛い子がやるとそんな表情すらも可愛く見えてしまう。
かけられた声は固く、絢香は首を傾げた。
「なんでしょう」
「あっ、見つけたっ!」
用を問いかけた声と重なって、後ろから聞き慣れてしまった声と軽快な足音がした。
……そういえば、昼休みに一緒に帰ろうと言われたのでバレないように逃げていたんでした。
「絢ちゃん、一緒に帰ろうって言ったじゃん!」
「ストーカーの真似事はやめていただけますか」
「一緒に帰ろうって言っただけなのにっ!?」
肩越しに振り返ってピシャリと跳ね除ける。とはいえ、楓の眉は下がっていても表情は明るいので、大して気にもしていないのだろうが。
絢香はため息を吐く。
無視して目の前の用を済まそうと視線を戻すと、ちょうど絢香の影に隠れるような位置にいた彼女が勢いよく楓に向かって飛び出していくところだった。
「楓先輩っ」
「うっ!?」
タックルを受けた彼が苦しそうに呻く。絢香もその行動はさすがに予想していなかったので、驚いた。なかなかに痛そうだ。
一方彼女は、楓の腹のあたりに抱きついたまま敵意のこもった視線を絢香に向けた。
「楓先輩の彼女の座はあたしのものですからっ」
「……はあ」
「はぁっ!?」
いや、何故あなたの方が驚いているんですか。
楓が強引に引き剥がそうと肩をつかむが、彼女は彼女で引き剥がされまいと力を込める。
「なに言ってんの!? というか誰!?」
「
舞は抱きついたまま頬をポッと赤く染め、誰も聞いていないのにひとりでに語り出した。
別に絢香がこの場にいる必要はないのでは?と思ったが口に出せる雰囲気でもないので、とりあえず舞の話を聞いてみることにする。
「先週の月曜日、あたしは日直だからという理由で担任に大量の荷物を運ぶよう頼まれました。そもそもこーんなに小さくてか弱いあたしにそんなこと頼むなんて信じられない!」
「はあ……まあ、そうですね」
「でしょう!? とはいえ頼まれてしまったので渋々運ぶことにしましたが、それが重いのなんの……でも皆帰っちゃって手伝ってくれる人なんかいないし」
「話長いんだけど」
「もうちょっとなんで我慢してください! それであたし、職員室を目の前にして転んで荷物ぶちまけちゃったんですよ! その時に転んだあたしを助け起こして、荷物拾って運んでくれたのが先輩なんです!」
その場面を思い出して「まるでお姫様を助ける騎士様のようでした!」とうっとり顔の舞だが、絢香の抱いた感想は違う。だいぶ惚れっぽいタイプなんでしょうね、ただそれだけである。
「先輩好きです付き合ってください!」
「え、無理。俺には絢ちゃんがいるもん。そもそもあんたのこと覚えてない」
楓は聞き終わるや否や、舞の腕を引き剥がし、考える素振りもなく断言した。
その両方に対して舞はガーンッとショックを受けた顔をし、わなわなと震え出す。
「先輩が覚えてなくても事実ですしっ! あたし諦めませんからぁーっ!」
「……元気ですね」
涙を浮かべて走り去って行った舞の後ろ姿に、絢香はぼそりと呟いた。
「さ、邪魔者は消えたし、絢ちゃん一緒に帰ろ!」
楓の言葉は聞こえなかったことにした。
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