第36話

 



「そうだよ。私は見た事も無いし、妹だなんてそんな……いるはずがないよ。またいつもの、まーくんの嘘だったりするんだ。これは絶対に、浮気相手からで……巧妙な隠蔽工作で……」



「いやいやいやいや、ちょっと待ってくれって!!」



 俺の話を聞いた上でそんな間違った判断する香花を、俺はそう言って止めに掛かった。



「嘘じゃないんだって! これは紛れも無く、妹からのメールなんだって!」



「本当に、そうなの? 私……まーくんの妹なんて、知らないんだけど」



 そう言って彼女は疑惑の眼差しを、俺にへと向けて投げ掛けてくる。



 それはまさに凍てつく様に冷たく、鉄だろうが何だろうが容易く貫く様な眼差しであった。



 しかし、ここで屈していては何も解決しないどころか、事態は最悪の展開にへと転がっていってしまう。



 とにかくここは耐え忍び、何とかして彼女に納得して貰わなければ……。



「だって、それは……紹介した事も、いるって言った事も無かったから……」



「駄目だよ、まーくん。そんな言い訳は通じないからね」



 誤解を解こうとしての俺からの反論だったが、彼女はそれを取るに足らない言い訳だと断定し、そう切り捨てた。



 もはやこうなってしまっては、取り付く島もなかった。



「だから、言い訳とかじゃ……」



「私、まーくんの事なら何だって知ってるんだよ。好きなものや嫌いなもの、何を考えていてどういう仕草が好みなのか、それ以外にも何もかも、全部、全て! そんな私が、まーくんの身辺関係で知らない事があるはずが無いんだからっ!!」



「いやいや、それこそ本当かどうか怪しいところなんだけど……」



 激高する彼女に無粋とも思われそうなツッコミを入れるが、反応は全くといって無かった。どうやらそれについて答えてはくれないさそうだ。



「信じて貰えそうに無いけれども……とにかく、このメールは妹からのメールなんだって。こればかりは嘘でも言い訳とかでも無いんだよ」



「違うよ。絶対に違う。だって、まーくんは嘘吐きなんだから。常習犯なんだから。また私を、騙そうとしているんだ……」



 そう言う香花の瞳の端からは、涙がじわりと浮かび上がっている。



 俺が浮気したのだと知り、気付き、それで傷ついたからこその涙なのだろう。



 ただ、俺からすれば事実無根。何もしておらず、何も悪くはないのだと主張はしたい。



 その通りである事は明白であり、俺は一切間違ってはいないのだから。



 しかし、こうして彼女を泣かせてしまっているという現状を鑑みると、如何に俺が正しくても、悪いのは俺なのだろう。



 それは俺に、信用が無いからだ。これまでに嘘を重ね続けてきたからこそ、こういった時に信じて貰えないのだ。



「……それだけは、絶対に無いよ」



 それを証明する為にも、俺は行動に出る。



「昨日、約束したじゃないか。香花を裏切らないって」



 そう言いつつ、俺は一歩前にへと踏み出して、彼女の細い身体を優しく抱き締めた。



「あっ……」



「だから、俺は嘘を吐いたり、誤魔化したりもしない。指切りまでして、誓ったんだから」



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