第4話 羨ましいこと。

「けどさ、秋野、恋人いるんじゃなかったっけ?」


 ホームルーム前の、二年E組の教室。窓際の、今の時期には少し暑すぎる自分の席。

 前の席の翔は、こちらを振り返って不思議そうに言う。柚木は「ああ」と適当な声を出した後、「別れた」と短く応えた。

 対して翔はちらりとこちらを見た後、「まあ、お前にしてはもった方じゃね?」と言って笑った。

 たったひと月。けれど翔の言う通り、柚木にしてみれば長い方である。いつもは一、二週間で別れてしまうから。


 だからこそ、彼女のこと結構分かったんだけどな。


 思うも、彼女の方はそうでもなかった。それだけの話である。


「さっきのラブレターの子、誰?」


 翔はそう言って頬杖をついてこちらを見てくる。「さあ。B組の子みたいだけど、知らない」と言えば、彼は困ったように笑って、「お前らしい」と呟いた。


「秋野、顔良いし、モテるからなぁ。羨ましいことで」


 そう言ってくる翔に、「いや、お前恋人いるだろ」と言えば、彼は心底嬉しそうに「おう!」と言って笑った。そんな彼を見ながら、ぼんやりと思うのだ。

 恋人がいると嬉しそうに笑える彼が、羨ましい、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る