第15話

 あっという間に金曜日。週の終わりだ。


 そして、僕の寿命が尽きる一日前。つまり僕は今日という日を満喫すれば、あとは死に行くのみである。


 朝からまた、眠気覚ましにタバコを吸って、最後のウィスキーを飲み干した。最後の一滴まで美味しさが分からなかったのは悔やまれる。


 最後に叔父にこのウィスキーの美味しさを、または本当の飲み方を聞きに行ってもよかったかもしれない。


 そう思うと、従妹の和紗に嫌がらせをしに行ってもいいかもしれない。


 そうして、最後の日、何をしようかと考えあぐねていると、一つ果たしていない約束を思い出した。


 今日は学校には行かず、放課後に屋上に足を運ぼうと僕はタバコを吹かしながら思い付き、テレビをボーッと眺めていた。


バラエティで司会の男が流暢に弁舌をふるっていた。

鼻で笑って、チャンネルをいじっていると普段見ないからか知らない番組が何個か見つかった。意味もなく録画予約していく。

どう足掻いても見れないのだから、ほんとうに意味もないのに。


 あっという間に昼になり、外から入る日差しが眩しい。


 初夏の暑さにやられて、たまらずエアコンを点けて、また煙を吐いて、煙がエアコンの出す空気に乗って、部屋をタバコの煙が駆け巡る。


こうした賃貸はタバコの匂いや、壁に色が付くから普通は家の中で吸うものではない。しかし、そんな事は御構い無しに煙を室内に吐き出す行為は何とも間抜けな自己肯定に他ならない。


しかし未来の無い自分を肯定するのはもはや自分しかいないのでそれもまた良しと納得し、小さな王宮でふん反り返って座っているのも最後の楽しみなのだ。


 そうして、昼になればコンビニに向かう。


 ジュース各種、おにぎり各種、エナジードリンク各種、おやつ各種。意味もなく大量に買ってみた。


 一つでは入りきらず、パンパンに詰まった大きな袋を二つ持ってコンビニを出た。一度やってみたかった爆買いをコンビニでするとはやはり僕は小さい男だなぁとしみじみと思う。


まぁ暑いなか、歩いて遠出してどこかに行くのが億劫なだけだが。


17年も生きてきて最後の日にやりたい事がこんな事とは自分でも笑ってしまう。

だが、人間、最後にやりたい事なんてたかが知れているのかもしれないなと大きな名詞を笠に着るのも僕らしい。


 そうして、部屋で大きなコンビニ袋からおにぎりを出して頬張っていると思い出すのは、藤原が泊まりに来た時に見たコンビニの客だ。


 僕もあの人と同じだなぁという下らない思い出と、それに連なる藤原との不思議な一夜が思い出された。


沈んだ彼女を労わったり、詰ったり、からかわれたりと珍しく僕の心が掻き乱された夜であった。

女の子と遊んだのも、部屋にいれたのも、一夜を共にしたのもあれが初めてのことであった。


 彼女を想い出すと少し心が痛んだ。


 そうか。今日を最後に僕はもう彼女に会うことはないのか。いや会えなくなる。神崎とも会えなくなる。


 僕がこうして食べるのも、タバコを吸うのも、酒を飲むのも今日で終わる。


それが少し寂しく、切なく、愛おしく、悲しい。


 ああ。非情だな世の中は。いや、あの化け物か?


 いや僕はあの時死んでいてもおかしくなかった存在である。そう思うと、あいつは延命してくれただけまだマシな存在かもしれない。


 まぁ、無駄に延命されたおかげで感じなくてもよい劣等感と、疎外感、挙句の果てには恋愛の情まで覚えてしまった。


 それだけで死が嫌になる。


 ああ。嫌だ。とにかく嫌だ。こうなればあれだ。酔っぱらってタバコを吸って、放課後の時間まで寝よう。


 そう思って、ひとしきり泣いた後で、最後のタバコに手を付け眠りに就いた。




起きると、まだ昼だった。

いや勘違いしただけだ。未だ太陽が高くあるので昼だと先走ってしまったが、もう17時であった。

僕はしかし、少しも焦らず準備する。そうして寝間着を脱ぎ捨て、制服のシャツを着ると胸ポケットに違和感を覚えた。

見ると一箱タバコが入っていた。

少し嬉しくなって舞い上がっているとドアの角に小指をぶつけた。

そうだな。

これは神の啓示かもしれない。神など信じてはいないが。

最後のタバコはもう楽しんだ。僕は屋上に行かなければならない。

そうして部屋を出て、彼女のもとへと向かった。

太陽が傾くことを思い出したように、僕の背を照らす。

それが僕が浴びる最後の日の光であり、もう夕刻だというのに最後の一日が始まる気がした。


 


 


 





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