0-1-2 姫巫女と女騎士

 それは、どことも知れぬ山中。

 雨を避けるために宿った、小さな洞穴でのことだった。



 紙芝居『マグナ=グリモア』



 昔々、あるところに平地人プレイン種族の偉大な王様がおりました。

 平地人とは、翼や鱗が生えておらず、肌の固くない、平地で暮らす人々のことです。


 王様は平地人を始めとした七つの種族を束ねて国を作りました。

 しかし、七つの種族を一つに束ね続ける事はとてもとても大変なことです。

 王がどれだけ頑張っても、いつかは七種族で仲違いが起こってしまうでしょう。


 そこで、ある魔術師がこんなことを思いつきました。

「ここは一つ、七種族の智慧を集めて究極の魔導書を作りましょう。そして、その魔導書を七種族で構成された議会で管理するのです」

「なるほど。それはいい」


 偉大なるマギアス王はそれを承認し、果たして魔導書は作られました。


 究極にして最強の魔導書、『マグナ=グリモア』。


 各種族の賢者達によって編み出された最強の魔導書は、七種族で構成される『グリモア議会』によって管理され、議会が選んだ姫巫女が代々受け継ぐことになりました。


 そして……


「その栄えある十三代姫巫女が、ここにおわすエリリア=エンシェンハイム様だ。今年で御年一六歳、名門『ラヴォン魔術学院』の特待生であらせられるが、現在はマグナ=グリモアを継承する儀式の為に休学中。才色兼備にして優しく高貴であらせられる、大陸の宝だ」


 えへん。


 紺色の髪をした女騎士が胸を張った。

 洞窟には紙芝居をめくる女騎士と、それを見守る姫君ことエリリア=エンシェンハイム。

 そして、話半分に紙芝居を聞く青年、黒城閉人こくじょうへいとの三人がいた。


「申し遅れたが、私はジークマリア=ギナイツ。姫様と同じくラヴォン魔術学院に籍を置く騎士にして、姫様を守護する者。以後よろしく」

「よ、よろしくお願いします、『守護者ガーディアン』さん」


 女騎士ジークマリアに続き、姫巫女エリリアがペコリと頭を下げた。


「……はぁ」


 しかし、黒城閉人は虚空を見つめてため息を吐いた。

 ジークマリアは眉をしかめた。


「おい貴様、姫様の前で溜息とは何事だ! 貴様は姫様の旅を守護するために召喚された『守護者ガーディアン』なんだぞ! シャキっとしろ、シャキっと!」


 ジークマリアは宝石のように澄んだ青い瞳で閉人を睨み付ける。

 だが、閉人の眼は虚ろ。視線は宙を泳いでいる。


「気合が足りなかったからだ……もたもたしている内に本当の『死に損ない』になっちまった……俺っていつもそうだよな……チャンスを逃して、逃して、逃して、逃して……」


 自己呵責の独り言を延々と繰り返している。


 死ねない……すなわち『不死』。

 どういったわけか、閉人の身体は一切の死を受け入れない身体になっていた。

 傷を負えばたちまち治り、どれだけ窒息しても、その要因を排除して息を吹き返す。

 頭を砕いたりしても同様である。


 何故そんな事を断言できるかといえば、実際に試してみたからだ。

 エリリアが呼びだした精霊騎馬フィガロから飛び降りて岩場に頭から突っ込んでみたり、拾った石を喉に詰まらせてみたりしたが、死ねないのである。


 そして、そんな閉人の奇行を二人の少女たちは目の当たりにしていた。


「……姫様、コイツは相当の変わり者です。さっきも物陰で自分の手首を切って、血が出ない事を嘆いていました」


 ジークマリアが耳打ちすると、エリリアは視線を落とした。


「お呼びたてしたことを怒っていらっしゃるのでしょうか。私の配慮不足でした……」


 貴い金属でできているかのような銀色の瞳に、憂いの影が差す。

 だが、当の閉人は、


「まだだ……毒か、酸か。それに、熔岩に突っ込むって手もある……」


 などと、どうにかして死のうとあれこれ頭を捻っていた。


「……呆れた奴だ」


 そのあまりの情けなさに、ジークマリアは目をいからせて閉人の前に立ち、持っていた槍を横に構えて、


「喝ッ!」


 槍の柄で閉人の横面を引っ叩いた。


「グェッ!?」


 閉人は潰れた蛙のような声を上げてひっくり返った。


「何をするのです、マリィ!?」


 驚くエリリアを横目に、ジークマリアは槍の石突でドンと地を突いた。


「姫様、コイツの躾はお任せください。こういった事をブツブツと言う輩は学院にも若干名おります。無気力……と言いますか、後ろ向きというか、特に『呪術学科』に多いのですが、そうした場合はこれに限るのです」


 ジークマリアはブッ倒れた閉人の胸ぐらを軽々と掴み上げた。

 可憐で凛とした佇まいからは想像もつかない馬鹿力だ。


「いいか! 貴様は姫様の『守護者ガーディアン』であるのに加えて、たった今からこのジークマリア=ギナイツの下僕だ! 仮に姫様が神で私が人なら、貴様は虫けらのフンに集る微生物以下の存在! これが序列だ! 返事は!?」


 普通ならば、ここで少しは噛みついてくるだろう。

 だが、閉人は普通の精神状態ではない。


「虫けら(のフンに集る微生物)、か。そうだったらよかったのになぁ……踏みつぶされるだけで死ねるんだもんな……」

「……」


 ジークマリアはすぐに閉人の面を引っ叩き、にやりと笑った。


「大した腑抜けだ。だが、魔騎士科の騎士道監督生を務めるこの私が、その程度で諦めると思わんことだな」


 ジークマリアは閉人をその辺に放り投げると、エリリアを一瞥した。


「姫様。どうぞこの者にお命じ下さい。『薪と食料を調達せよ』と」

「え、いいのかしら? 外は寒いし、雨が降っているのよ?」


 エリリアは困惑したが、ジークマリアは頷いて見せる。


「仕事を作るのです。『役割』は人に『芯』をもたらします。さあ、構う事はありません。どうせ死なぬのですから」

「う、うん……」


 エリリアは上目使いで閉人を見上げた。


「その……もしよかったらでよろしいのですけど、食料と薪を取って来てはいただけませんか?」

「……」


 閉人は露骨に嫌そうな顔をしたが、次の瞬間、じんわりと額が熱くなり……足が勝手に歩き出した。


「うわッ!? 何だこりゃ!?」


 閉人の意思とはまるで無関係に、洞窟の外へと身体が動いていく。


「『守護者』なのだから当然だ。姫様の命令は絶対。よく励めよ」


 ジークマリアは閉人に使い古しの鉈を投げ渡す。


「やめろ、嫌だ、俺は死ぬんだ! 死なせてくれぇぇぇっ!」


 閉人の虚しすぎる悲鳴が山に木霊するが、ジークマリアは無慈悲に閉人を洞穴から蹴り出した。


「ふむ、雑用係が出来て丁度良い。じっくりと手をかければ姫様の立派な奴隷に……」


 などと言いながら紙芝居をしまい始めるのであった。


「大丈夫かしら……」

「ご安心を、姫様。これも『魔騎士科』伝統の更生法です。それに、何と言ってもあの不死身ぶり。多少バラバラにされたところで、どうとでもなるでしょう」

「でも……ほら、『迷宮都市』が近いでしょう? 魔物に食べられちゃったら?」

「あ……っ」


 ジークマリアは間の抜けた声を上げたが、すぐに一つ咳ばらいをして誤魔化した。


「こほん、問題はありますまい。飢えた野犬でも気味悪がって食べませんよ、あんなのは」

「そうかしら……やはり心配だわ……」


 エリリアは申し訳なさそうに雨に煙る山中を見やるのであった。



 †×†×†×†×†×†×†



 十数分後、閉人は案の定ズブ濡れの濡れ鼠になっていた。

 さめざめと雨の降る中、見知らぬ山中を分け入っては木の実や枝を拾い集める。


 一瞬だけ山歩きに夢中になりそうになったが、すぐに溜め息を吐く。


「畜生、何なんだあいつら。契約が何だと言っていたが、つまりは俺を旅の召使いにしようってことだ。ふざけてやがる」


 ジークマリアの説明を聞いてはいたものの、そもそもこの世界の常識が無いし、すぐに死ぬつもりだったのでよく聞いていなかった。


 とにかく、エリリアというあの姫様は偉いらしい。

 確かに、旅の中であっても振る舞いは優雅で慎ましやかな感じがするし、美しい。

 まあ、どこに出しても恥ずかしくないだろう。


 対して、紺色髪の女騎士ジークマリアは……


「畜生、あのメスゴリラめ」


 女騎士ジークマリアに対する印象は最悪であった。

 端正な容姿にきびきびとした振る舞いが凛々しいが、とにかく閉人への接し方が酷い。

 かつて勤めていたブラックバイト(塾講師)の上司でも、ジークマリアと比べたら聖人君子だ。


 とはいえ、ただ者でもないらしい。

 女二人で旅なんて奇妙だ。修学旅行という雰囲気でもない。

 それに、刺客に襲われたりと面倒事の匂いもする。


「……クソ自然め」


 閉人は鉈をブンブンと振り回して自然に八つ当たりし、食べ物の在りそうな茂みに分け入っていくのであった。


 それにしても、手つかずの大自然であった。

 一般に、大自然とかそういった場所に行けば気分が晴れやかになるものだが、閉人は違う。

 彼にとっては北海道での自殺失敗が思い出される。

 加えて、大自然の中にいると自身が如何に動物としての生存本能に欠けた存在であるかを思い知らされてしまうので、疎外感ばかりが感じられる。

 人通りの激しい都会の交差点に孤独を感じるのと同じである。


「お。あの枝なんか良いな」


 薪や木の実を拾い集めていた閉人は、ふと良い感じの形をした樹を見つけ、立ち止まる。


「高すぎず低すぎず、首を吊るのにちょうど……」


 すると、また足が勝手に動き出す。


「はいはいはいはい! 吊らねぇよ、ったく。どうせ死ねないんだろ!?」


 渋々歩き回っている内に、両手に抱えきれないほどの薪と木の実が集まっていた。

 途中、いかにも毒っぽいキノコを拾い食いしたりもしたが、気分が悪くなるだけだった。


「クソ、結局いいように使われちまってる。社畜以下だ……って、そうだ。俺は虫けら(のフン)だったな……」


 ジークマリアの言葉を思い出し、凹む。鬱をこじらせた男の心は腐れかけのトマトよりも脆い。


 そんな時であった。


「グルル、グルルルルゥ……」


 ふと、耳の端に肉食獣らしき唸り声が引っ掛かる。

 大気の底を漂ってくるような低く獰猛な唸り声に、閉人は手を打った。


「『喰われる』……か」


 食べるという行為は化学反応の宝庫である。

 唾液の酵素によるタンパク質や糖の分解に始まり、胃液に溶かされ、腸で選り分けられてミクロレベルで吸収される。

 それは、閉人の自殺方法候補の一つである『酸』を含んでいると言える。


 閉人はそこまで思い至り、ほくそ笑んだ。


「俺は、食料調達に行くだけだ。その途中でしくじって喰われても、事故だよな、事故」


 死ねる可能性が出てきて、閉人はスキップを刻みながら音のする方に向かう。


「死ぬぞ、死ぬぞ、食われて死ぬぞ。ウンコになれば流石に再生も効かんだろ」


 茂みを潜り、倒木を踏み越えた先にいたものは……


「ぐるるる、うじゅるるる、ぐるぅ」


 巨大な猪だった。

 軽自動車程の体躯、人の身体ほどもある節くれ立った牙にはどこの誰とも知れない人間の死体がぶら下がっている。


 人殺しのトロフィー。猪は、戦果を誇っているつもりらしい。

 鼻息荒く、鉈を片手に突如現れた閉人に対し殺意を向け、目を血走らせた。


「おぉ、この気迫! こいつならやってくれるかも……っ! でも、猪って人間は喰えるのか?」


 閉人の問いに猪が答えるはずもない。


「グルゥアアアアァ!」


 対になっている牙を向け、猪は閉人に迫るのであった。




『断章のグリモア』

 その2:七大種族について


 七大種族とは、閉人が召喚された『ローランダルク大陸』を治める『マギアス魔法王国』の建国に際して王家に賛同した七つの人型種族の事である。


 いわゆる普通の人間、王国中央に広がる平野部に暮らす『平地人プレイン』。

 北西の大森林で秩序を守る『森人エルフ』。

 北東の高地に里を持つ『鳥人バードマン』。

 南部の鉱山に高度な工業都市を築いた『山人ドワーフ』。

 南西の黒き沼に本拠を置く『血人ヴァンパイヤ』。

 大陸東岸の海中に知識を蓄える『魚人マーメイド』。

 西の砂漠地帯を転々とする『竜人ドラゴニュート』。


 また、これら七種族の他にも『巨人』や『鬼人』と呼ばれる『まつろわぬ種族』も存在している。

 これらの種族が『グリモア議会』を構成して大陸のパワーバランスを担う訳だが、今は取り敢えず有力種族が七つあって、例外もいるという事を覚えておけばいいだろう。

 猪相手に喧嘩を売ろうとしている今の閉人にはあまり関係の無いことである。

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