第422話 外観検査見逃しの対策

 今日はシャレードに相談を受けて、彼と一緒にステラにあるとある工房に来ている。

 相談の内容はグレイス領で製造されているリバーシの人気に目をつけた商会が、自分で作って売れば儲けが膨らむともくろんで工房に製造を依頼したのだが、不良品が市場に流出してしまったので、対策をどうしようというものだった。

 知的財産権なんてものが希薄なこの世界では、売れているものはパクっちまえというのは当たり前なのだ。

 そういえば、自動車のデザインも売れているやつはみんな似たり寄ったりで、オリジナリティに欠けるのが多くなったよね。

 エンドユーザーの目に触れない部品なんかも、すぐにパクられるので21世紀の地球でもアレですが。

 パクった結果大惨事ってのがあるんだけど、コンプライアンスの関係でお話しできないのが残念です。

 すげー面白いんだけどね。


 話を戻そう。

 商会の会頭はシャレードと古くから親交のある商人。

 今回は名前を知られたくないからと、シャレードが俺のところに代理で相談しに来たのだ。

 へんなプライドがあるなら、パクるのやめたらいいのにと口から出かかったが、前歯と唇の間くらいまで来ていたのをなんとか呑み込んだ。

 大人だからね。


 肝心の不具合の内容というのは本来白黒二色の石が白のみで出荷されてしまったというもの。

 石とはいっても木製であり、半分を黒く塗装している。

 塗装の工程を飛ばしてしまったものが、最終検査をすり抜けてしまったというありがちな不具合で、前世を思い出して目頭が熱くなりました。


 さて、ここからはいつも通り聞き取り調査。

 最初は発生原因である塗装工程からだ。

 作業者は中年の職人で、顔にめんどくさそうなのがにじみ出ている。

 波乱の予感しかないが、一縷の淡い望みを持って聞き取りを開始する。


「まずは塗装工程の人に伺いますが、なぜ塗装していないものが出来たのですか?」


 俺の質問に塗装を担当する職人が申し訳なさそうな顔をする……

 事は無かった。


「一日に何百個と作業をしていると、ついうっかり塗ってないものを塗装済みのものを入れる箱に入れちまうんだよ。いつもは気づいて取り出すんだけど、気づかなかったやつもある。でも、そういったやつは検査が見つけてくれて、塗りなおしの箱に入れて持ってくるんだよ。見逃した検査が悪いだろ」


 それを聞いて頭に血が上りハイトゲージでぶん殴ってやろうかと思ったけど、十年後に禿げる呪いで我慢する事にした。

 まったくもって大外れの作業者だな。

 お前、前世の派遣社員の中村(仮名)と同じセリフを言いやがって。

 あ、中村(仮名)は発生源の自分は悪くないしか言わなかったので、契約更新をせずに満了とともにいなくなってもらいました。

 正社員じゃなくて良かったけど、正社員でももっと酷いのがいるので困りものです。

 お前だよ、金子(仮名)!

 前世の話です。


 俺は呆れてしまい、シャレードにこそっと耳打ちする。


「こいつは駄目ですね。塗装の作業に治具を導入して、誰でも出来るようにしましょう」


 シャレードも頷いてくれた。

 人の教育をどうするかというのは常に問題になるが、どんなに教育しても駄目な奴は一定数いる。

 対策書にそんなことは書けないが、作業をやらせない以外の対策は存在しない。

 教育するだけ時間の無駄だ。

 あとで塗装の治具を考えて、デボネアに作成をお願いしよう。

 かかった金は費用としてシャレードから貰う。


 塗装工程は諦めて、検査工程へとやってきた。

 検査工程では10歳前後に見える少年が数名働いている。

 この世界では児童の権利なんてものはなく、また、働かねば生きていけないので当然のこととしてとらえられている。

 日本でも戦後しばらくは農繁期になると学校が休みになって、子供も農作業を手伝うなんてことをやってましたからね。

 今だったら大問題だよ。


 そんな少年たちに聞き取りを開始する。


「さて、みんなはこの黒い色が塗られていないものは良品か不良品かわかるかな?」


「そんなの不良品に決まってるだろ」


「そうだよ」


 不良品であるという認識はあるようだ。

 塗装工程での聞き取りでも、不良品として返ってくると言っていたし、不良品が流出した時も同じ認識であったと考えて間違いないだろうな。

 さて、問題はなぜ見逃してしまったかというところな。


「普段検査しているときは今くらいの明るさかな?」


 工房の窓から日差しが差し込んでおり、室内はとても明るい。

 念のため照度測定スキルを使ってみたが、今居る場所は1400ルクスとなっており、外観検査するには申し分ない明るさになっている。


「そうだ。雨の日でも色は見えるし、問題ない」


 と、一人が答えてくれた。

 他のものからも異論はでない。


「となると、作業の中でみえにくい状況があるのかな?」


 検査作業を見せてもらったが、裏表を確認して最後は並べて容器に入れる。

 その際に向きを揃えており、横から見ても黒は見えるからここでも発見は出来そうだった。

 それに鯨幕のような並びで黒が欠けたら違和感があるだろう。

 まあ、こんな簡単なもの見逃すなよってレベルの見逃しだな。

 外観検査の見逃しなんていうのはそんなもんだが。


 これを対策しようとすると難しい。

 不良が出て数週間は緊張しているから見逃しは無くなるが、それを超えると単調な作業の繰り返しで、見逃しが再発する可能性が高くなる。

 目の前持ってくる作業をしていても、実際には見えていないのだ。

 じゃあ対策をどうするかとなるわけだが、ダブルチェックなんてものは無意味だし、コストが増えるのでむしろ悪だ。

 まあ、不良の対策なんてものは、いままで保証できていなかったところを、新たに保証しようとするのでコストは増えるのだけど、それにしてもダブルチェックは確実性に欠ける。


 ならば


「白のみの石は『黒に染まらなかった幸運の白い石』ってことにしようか。極まれにそういうものが出荷されるが、手にした人の元には幸運が訪れるって商人に宣伝してもらえば、不良なのに客が喜んでくれるだろ」


 というものを提案した。

 奇策もいいところ。

 不良の定義を変更してしまえば、それは不良品では無くなるのだ。

 流石に工程飛びではそんな事はしないが、設計者にお願いして図面を変更してもらい、良否判定の基準を変更したことは何度かある。

 これは設計者の怠慢でもあり、製造工程を見ればそんなスペック無理だろうってわかる。

 マジックでマーキングするのにφ5で公差が±0.3なんて無理だ。

 というか、なんでその公差必要なんだよと。

 マジックの先端がつぶれたら絶対寸法変わるからな。

 なんてこともあって、DRした連中をラインサイドに正座させて、作業者の作業を観察させたい。


 今回の黒塗装工程飛びは、前世なら画像センサーになるのかな。

 教育したところでその確からしさなんてものはわからないし、再発は防げないと思う。

 班長は再教育で十分ですって言っているが、じゃあ最初の教育が駄目だったのはなぜなのかという分析をしてもらいたい。

 そうなると、教育をした班長の力量が適切ではなかったとなり、そちらにも対策をしていくことになるので、それをするくらいなら教育を諦めたほうがいいと思う。

 対策報告だと教育はどうするんだと言われるけど、言っている方も無理だと諦めているのが伝わってくるあれである。

 なにせ、どこの会社の不良でも人によるミスがほとんどであり、教育が完璧だなんてことはない。

 それが出来ていれば、不良なんてほぼなくなっている。

 特に、工場の作業者は世間的に優れた能力を持っているなんてことはないので、トップエリートなら出来るような理想論では駄目だ。

 世界の上位1%の優秀な人材なら、自分で間違えそうなところを事前に対策してくれそうなもんだが、そんな人材で一個数百円の部品作っていて利益が出るわけがない。

 諦めが肝心だよ。


 シャレードも対策に納得して、リバーシを売り歩く際には幸運の白い石を説明させると約束してくれた。

 なにしろ識字率が低い世界なので、説明書なんてつけても読めない人の方が多いからね。

 口で説明するしかないのだ。

 いつも思う事ですが、量産のノウハウが無い転生先のナーロッパで、何の問題もなくリバーシ量産できるもんなんですかね?


 というわけで、工程飛びのはずが幸運のアイテムへと変わったことで、市場クレームは無くなった。

 尚、塗装工程の人は適当な理由でくびにしたとか。

 法律で労働者が守られてないっていいですね。

 酷い奴を簡単に解雇できるから。

 正社員でこのレベルがごろごろいるからね。



※作者の独り言

外観検査で見逃すのは難しいものだけにしてください。

簡単な対策なんて思いつかんわ。

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