第405話 冒険者ギルド生産管理部

半導体不足やロックダウンによる生産停止、コンテナの混乱などサプライチェーンがズタズタになってしまい、品質管理部門よりも大変な部署が出来たことが嬉しい。

じゃなかった、大変ですね。

更には原材料価格の高騰による値上げ要請を受けたり、出したりとなっているので、生産管理、購買調達、営業と売上は落ちているのに忙しさは何倍にも膨れ上がっていたりします。

現場作業者が休業しているのに、間接部門はフル出勤にくわえて残業とか、利益がどうなっているのか決算が怖いですね。

相変わらず不良は出ていますが、生産の絶対量が減っているので品質管理部門は以前よりはマシでしょうか。

まあ、客から不良の連絡受けても現場確認ができなかったりは、納入業者が休みで代替品どうしようかなんてのもありますけど。

客先も休業あるので選別や報告の日程調整で苦労したりもするのですが、それでも他の部署よりはマシかな。

積み上がった在庫で生産管理が社内で「なんで客の内示を信じたんだ」って怒られたときは、理不尽だよなあと思いましたが、その生産管理が客にクレーム言ったら「内示は内示なので信じないで下さい」って言い返されたと聞いて、生まれ変わっても生産管理だけは嫌だなと思った次第。

おっと、愚痴で500文字も使ってしまいましたね。

それでは本編いってみましょう。



「訳のわからんスキルがあるのだが、アルトは何か知っているか?」


 相談窓口にはジュークがやってきていた。

 どうやらスキルレベルが上がって、新しいスキルを習得出来ることになったのだが、習得可能なスキルに見知らぬものが入っているのだという。

 そんなものを相談されても、俺は商人のジョブではないので困る。

 ただ、そうはいっても相談を受けるのが仕事なので、表情には出さずにジュークの話を聞いていく。


「フォーキャストっていうスキルなんだけど、よくわからないんだよ」


 と、困った顔でジュークが迫ってきた。

 おっさんの顔が近づくと、暑苦しいことこの上ない。

 爽やかな秋の風よのうなおっさんはいないのだろうか?

 そんなものはUMAに遭遇するよりも難しいか。


 俺は近寄りすぎたジュークの顔を右手で押し返すと、フォーキャストスキルについての予測を述べた。


「フォーキャストといえば予測の事だな」


「予測?ジョブが商人の俺に予測することがあるとするなら、明日の天気とかかな」


「そうじゃないよ、売れ行きの予測さ。それがスキルを使って出来るなら良い事じゃないか」


 フォーキャスト、内示とも言われるものは製造業においては客先がサプライヤーに対して提示する発注予測だ。

 何故そんなものが必要になるかといえば、仕入れには時間がかかるからである。

 例えば鉄を仕入れようとしたら納期の3ヶ月前に注文しなければならない。

 市中在庫を買うならば、そんなに早い注文は不要だが、必要なものが必要なだけ入手出来るとは限らない。

 米で例えるならば、魚沼産コシヒカリを1トン買いたくて、スーパーに行ったとしてもそれが必ず買える訳ではないということだ。

 違う産地や銘柄でも腹は満たされるが、同じ味になるかと言われればそうではない事は理解していただけるだろうか。

 3ヶ月という期間は高炉、若しくは電炉メーカーの生産計画に必要なものなのである。


 そして、サプライヤーは客から提示された3ヶ月先のフォーキャストを見て、発注数量を決めるのだ。

 これがなければ仕入れ量を運任せで決めなければならない。

 なにせ、サプライヤーは市場予測をする材料に乏しい。


 そして、ティア1は提示されたフォーキャストからティア2に自社のフォーキャストを出す。

 面白いのは同じ完成車なのに、ティア1ごとに数が違うことだ。

 何故ならば不良率に違いがあるからである。

 ティア2から仕入れた部品をそのまま車両メーカーに納品するのであれば、フォーキャストは車両メーカーと同じ数でよい。

 しかし、部品を組み付ける場合には、当然不良が発生するのでその分を増やさなければならない。

 特に手直しがきかない溶接などは、不良率によってはかなり車両生産数よりも多い数となる。

 そのズレを見て、ティア2としては初期流動の解除どうしたんだろうと余計なことを心配してしまいます。

 大体は裏ワザ使うか解除出来てないってなってますね。

 裏ワザが何かは知りませんが。


 さて、前世の知識を伝えるのは難しいので、スキルを使った売上予測であり、ポーション製造部等は喜ぶんじゃないかということを教えてあげた。


「マンドラゴラや容器の手配は先にわかると楽だからね」


「なるほど、そういうことか」


 ジュークはポンと手を打つ。

 トレーを使ったかんばん生産を採用しているとはいえ、ポーション製造部の仕入れはジャスト・イン・タイムではない。

 なので、予め予測が出ていれば仕入れはスムーズになる。

 といっても、フォーキャストの精度がどの程度なのかにもよるが。

 3ヶ月、1ヶ月、週と期間が短くなるほど精度は良くなる。

 まあ、今みたいに半導体不足や外国のロックダウン次第では、月次ですら怪しいもんだが。

 転生したのはいつだよっていうクレームは受け付けません。


 そんなことを言っていたら、ジュークが


「あれ、これはスキルツリーが続いているな」


 なんてことを言った。


「どんなふうに?」


 と訊ねると、ジュークは難しい顔をする。


「読めない記号が書いてあるんだ」


「記号?」


 ジュークは当然文字が読める。

 そんな彼が読めないとなると外国語だろうか?

 しかし、神が与えてくれるスキルにそんなバグというか、仕様などあるのだろうか?


「ちょっとここに書いてみて。読めるかもしれないから」


 俺は紙とペンをジュークに渡した。

 翻訳の作業標準書を作れば読めるかもしれないので、彼だけに見えているスキルツリーを書き出してもらう。

 するとそこに表れたのは、


「フォーキャストN、フォーキャストH、フォーキャストS、フォーキャストT」


 と俺は声に出して読んでいった。


「アルト、読めるのか?」


「まあね」


 ジュークが書いたのはアルファベットだった。

 なので俺はスキルを使わなくても読むことが出来た。


「それにしてもこのアルファベットが意味するものは…………」


 この先は言っても良いのだろうか?

 こんなもんに貴重なスキルポイントを使わないほうがいいと思う。

 多分当たらない事もあるんじゃないだろうか。

 どのアルファベットのスキルとは言わないけど。


 お願いだから、せめて月次はもう少し精度が良いものを。

 ティア1ならばまだよいけど、ティア2になると更に精度が落ちるからな。

 どことは言わないが、急な減産を言われても止められないぞ。

 兎に角精度が悪い。

 フォーキャストが当たるのが望ましいが、完璧に当たるわけではない。

 そこそこ近い数字になる会社と、外れて注文が多い会社と、外れて注文が少なくなる会社がある。

 外れても増産なら収益につながるからまだよいが、外れて減産になると売上も立たずに在庫だけ増えるので勘弁してほしい。

 しかも、その会社に限って言えば、毎回減産になっているのだ。

 たまには増えてもいいんじゃないかな?

 フォーキャストは七夕の短冊じゃないんだぞ。


「ジューク、スキルを使ってみないか」


 俺の提案にジュークは賛成してくれた。

 そして、早速スキルを発動させる。


「【フォーキャストN】!」


 Nが最初だ。

 ここからスキルレベルが上がると他社の精度のフォーキャストが使えるようになる。

 多分、アルファベット順でツリーが構成されているんだろうな。

 精度の悪い方から使えるようになっていくわけじゃないと思う。

 思う………………


「アルト、スキルがどの商品のフォーキャストを作るか聞いてきたんだけど」


「じゃあ、それぞれの等級のポーションにしてみようか」


「わかった」


 ジュークがスキルの行使を継続する。

 すると目の前に一枚の紙が出現した。

 俺はそれを受け取ると内容を確認した。


「来週の発注予定だね。高級、中級、低級それぞれの数が書いてある」


 週次フォーキャストなので多分かなり正確だろうな。

 ジュークは俺が返すとすぐに親方のところへフォーキャストを持っていった。



 そして二週間が過ぎた。

 午後の眠気が襲ってきたのを、コーヒーのカフェインを使って撃退していると、ニコニコしながらシルビアがやってきた。


「嬉しそうだね」


 と声をかけると、彼女は大きくうなずいた。


「親方とジュークが殴り合いの喧嘩をしていたから止めてきたのよ。体を動かせたから気分がいいわ」


 そう言って、握った拳を俺の顔の前につきだす。

 止め方については聞かないでおこう。


「喧嘩の原因は?」


「ジュークのスキルで作った発注予想を元にポーションを作ったんだけどそれが大外れだったらしいわ。完成したポーションの置き場にも困るし、大量に仕入れた瓶の置き場もないんだって。それで親方がジュークに文句を言ったら『予定は予定であって、注文じゃないから』って言われたらしいのよ。それでカッとなって手が出たみたいね」


「あー」


 俺は額に手を当てて天井の方へと顔を向けた。

 どこかで聞いたような話だな。

 早いところジュークのスキルレベルを上げて、もっと精度の良いフォーキャストを出せるようにしないとな。


 翌日から俺とシルビアでジュークを拉致して、迷宮でパワーレベリングをすることにした。

 そのおかげで、ひと月後にはジュークは精度の良いフォーキャストを作ることができるようになったのだ。

 めでたしめでたし。



※作者の独り言

今だけは品管で良かったと思う。

生産管理は社内で袋叩きにあってて大変ですね。

特に売上が減っているので、仕入れと在庫の圧縮が求められているのですが、目まぐるしく変わるフォーキャストの数字に対処なんて出来るわけありませんからね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る