第391話 加工不能と品質管理
ツイッターでプチばずった奴の品管としての対応方法とか。
まあ、大体同業者はやっているのではないかなって事ですが。
それでは本編いってみましょう。
俺はオッティに呼ばれてグレイスの屋敷にいた。
とても困っているから直ぐに来て欲しいと言われたのだが、その内容が前世でも経験のあるものだった。
話を聞いた俺は額に手を当てる。
「話は分かった。オッティがいないときに、グレイスが発明男爵から引き受けた仕事が加工不能な内容だったわけだな」
「そうだ。発明男爵はあだ名だが、その名の通り発明好きで自分でも図面を描く。曲げ加工なんてものは今まで大したものがなかったから、その原理原則をしらないんだ」
通称発明男爵は自分で図面を描いて、それをオッティに加工してもらおうと思ったのだが、生憎と来訪した時にはオッティが留守にしていたのだ。
代わりにグレイスがその仕事を引き受けることで合意したのだが、その時請け負った図面というのが鉄パイプの曲げ加工で、パイプ外径がφ25.4で曲げ部がR16となっている。
典型的なインチパイプの曲げ加工なのだが、問題はR16という指示だ。
R16というのは年齢指定ではなくて、半径16ミリの円で曲げなさいという意味である。
これは加工ができない。
パイプだけではなく、板を曲げる時でも板厚以下のRでは曲がらないのだ。
曲げの内側は素材がぶつかり合ってしまうし、外側は引っ張られて割れてしまう。
だからどうしても設計的に小さなレイアウトにしたいのなら、曲げ加工ではなくて貼り合わせになるだろう。
溶接なのかねじ止めなのかだな。
「加工ができないなんて知らなかったのよ。いつだってどんなものでも作るじゃない」
グレイスが焦った表情で訴える。
焦っているのには訳があるのだ。
「契約の魔法【コントラクト】で縛られているから、製品を納入できないとギアスと同じような苦しみがグレイスを襲う訳だ」
とオッティが説明してくれる。
貴族同士の契約では割と一般的なようで、相手と合意した内容でコントラクトの魔法を使うそうだ。
なんでも、過去に何度も約束を破る貴族がいたので、こうした風習が出来たのだという。
だますつもりなら、コントラクトなんて受け入れないからね。
「事情は分かったんだけど、俺に出来る事なんて何も無いぞ」
俺は泣きそうなグレイスを見て、先に言い訳をしておく。
期待を持たせるのも悪いからな。
なにせ、事情を発明男爵に話したそうだが、既に契約済みと言って契約した品を持ってこいというのだ。
俺が説明しに行ったとしても結果は同じだろう。
「まあそういうなって。前世でも設計がミスったまま出図された図面で、こういったことを経験しただろう」
「ん、まあな」
こういった加工できない図面の出図は時々あった。
キチンとDRすればよいのだが、時間的に無理な時もあるし、そもそも設計者がフレックスであって、製図が完了した時にDR出来るメンバーがいなかったりするわけだ。
そして、それが社内での加工ならばフィードバックもあるのだが、社外に出てしまうと品管の受入検査まで発覚しなかったりする。
そこで設計にフィードバックをしても、既に客先に登録されてしまっており、図面の改定が困難だと言われることが何度もあった。
本当に困難なのかは知らない。
自分の知っている設計者は、
「設計変更ではなく誤記訂正です」
と客先を説得したことがあった。
図面の改訂履歴にも誤記訂正と書いてあるのだが、寸法や仕様を変更をしていてよくこれが通ったなと思ったものである。
設計の方も設計通知書番号というものがあって、品番変更を伴わない設計変更が出来る仕組みがあるのだが、客観的にはどう見ても設計変更です、本当にありがとうございました。
という訳で、図面の変更が出来ないわけじゃないんだが、あまりやりたがらないのも事実。
結果、製品と図面がアンマッチなので、品管としては合格判定を出せない。
品管としてもその図面が加工不能な事はわかっていて、図面を直すのが正論なのはわかっているのだが、やらないという設計者を動かすのは容易ではない。
しかも、加工業者が見積もりを出しているだろうと言われると反論が出来ない。
購買調達部門が契約してしまっているのだから、受入不良についてはそちらの部門の案件となってしまっているのだ。
これも正論。
で、購買調達部門に泣きつかれた品質管理の担当者がどうするかというと、受入検査成績書のねつ造……
をするわけもなく、検査規格書の発行という手段に出るわけです。
これは本来は図面に記載のない部分を補うのですが、図面寸法と違った寸法を検査規格書で取り交わしてしまいます。
自分も昔の製品を久しぶり生産するので測定したら、図面と寸法が異なっていてNG判定を下したのですが、おじいちゃん検査員から検査規格書があるよって教えてもらって、それを確認したら寸法が図面と全くちがったりしました。
ティア1は車両メーカーにユニットで納品している事が多く、ユニットに組み込まれる細かい部品の寸法は管理していません。
なので、図面が改定されない場合は、検査規格を図面と異なる数値として乗り切る訳です。
当然、その検査規格で作成したものを試験して、性能が要求値を満足していることは確認します。
次のモデルでも、設計は当然直していない図面を元に設計するので、同じことの繰り返しになったりもするわけですが。
「で、検査規格書をつくるくらいなら別に俺を呼ばなくてもいいじゃないか」
俺はオッティの方を見た。
「確かに、前世であればどこの部署の仕事かという話では品質管理か品質保証になるのだが、別に今は会社組織じゃないからそれはいいんだ。ただ、相手が納得しない事を想定して、アルトのスキルを使ってもらいたいんだ」
「スキル?」
「【品質偽装】で相手にこの検査規格書を承認させて欲しい。そうすればきっと契約が上書きされてコントラクトが発動しないはずだ。相手を騙すの得意だろ」
「いや、得意なわけではないんだが」
「そうか?いつも嬉しそうに自慢していたじゃないか」
「そんなこともあったな……」
なんか詐欺師みたいじゃないか。
まあ、騙される方が悪いんですよ。
所詮この世は弱肉強食。
食うか食われるかなのだから、ティア2がいつも正直であるとは限らない。
いや、海外に比べたらマシなんだけどね。
それと、そんなに騙したりはしません。
精々月に一回までです。
騙された方もそれに気づかないので、みんな幸せ。
病気の子供はいなかったか、不良の製品は無かったかという世界線。
「さあ、アルト。私の為に発明男爵をカタにはめなさい」
グレイスに指示され、大阪の金融会社の社員よろしく相手を騙すための検査規格書を作る。
そして完成した。
オッティも依頼された鉄パイプを作り終え、いよいよ発明男爵に引き渡しとなる。
「アルト、大丈夫?絶対失敗しないでよね」
グレイスが俺の袖を引っ張る。
「大丈夫、俺のスキルレベルで品質偽装を使えば、抵抗できる一般人なんていない。なんなら魔王ですら簡単に効果が発動するから」
一応世界最高峰のスキルレベルです。
こうして無事に製品を引き渡して、グレイスにコントラクトの効果が発動する事もなく終わった。
え、具体的なやり取りの描写ですか?
それはご勘弁を……
※作者の独り言
実際は検査規格書を取り交わすときに、色々とやるのですがそれは企業秘密という事で……
本来品管が苦労する話じゃないからな!
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