第383話 虎の威を借る狐

 今日はパイザーが俺のところに相談に来た。

 パイザーは冒険者ギルドの食堂で働く若い男の子だ。


「あの女狐が!」


 いきなり品管の相談窓口カウンターをダンと叩いた。

 その音に驚いた冒険者や職員がこちらを見る。

 痴話喧嘩じゃないですよ。

 期待を込めた視線にお断りを入れた。


「パイザー、相談があるなら乗るんだけど、何に対して怒っているのかわかりやすく教えてほしい。5W2Hとまでは言わないけどね」


 どうにかこうにかパイザーを落ち着かせて、怒っている原因を説明させる。


「最近食堂に入った給仕の女の子でタモーラっていう娘がいるんだけど、ブレイドが優しくするから付け上がって、こっちの言うことなんて全く聞かないんだ!」


「ブレイドは依怙贔屓しているのかな?」


「そうだ。鼻の下伸ばしてデレデレしちゃって、みんな不満を持ってるよ」


 これは前世で散々経験した、職場に男女関係を持ち込むってやつかな?

 職場だけに限らず、サークルクラッシャーみたいな話もよく聞く。

 誰と誰が付き合おうがかまわないが、職場は仕事をするところなので、私情を持ち込まないで欲しいと思うが中々そうはいかない。

 特に、ブレイドのような責任者が自分の部署の女性と恋仲になって、その女性を贔屓するような場合は最悪だ。

 まあ、他所の部署の偉い人が乗り込んできたなんてのもありましたけどね。

 そんなもん撃退です、撃退。

 職務権限を越えて圧力をかけるなら、こちらとしてもやり返す手段は沢山あるので。


 さて、ブレイドはどんなことをしているのか確認だな。

 もう少しパイザーに詳しい話をしてもらおう。


「実際にどんな感じなのかな?」


「タモーラは職場のルールを守らないんですよ。それで、料理を全然違うテーブルに運んじゃったりするのを繰り返して。注意しても治らなくてブレイドにも報告したんですけど、俺が指導しておくって言ったのに全くよくならないんですよ。頭にきてタモーラに大きな声で注意したら、『ブレイドに言われてますから』って鼻で笑われたんだ」


 ミスをしてもそれをブレイドが庇うのか。

 それはかなり良くないぞ。

 ただ、パイザーだけの情報では断定するのは危険だが。


「ブレイドはそのことを知っているのかな?」


「知っているよ。なにせ『俺が指導するって言ったろう』って怒られたからね」


「重症だな」


 これはお医者様でも草津の湯でも治らない奴だ。

 そして品管のやるべき職務の範疇を超えている。

 真の原因はわかっているが、そこに踏み込むことが出来ない。

 というか、踏み込んだとしてもブレイドが言う事をきかないだろう。


 前世でも見てきたが、社長の愛人が人事部長をしていた中小企業では、愛人に逆らった相手がみんな会社を去っていって、最後は会社が潰れてしまったのだが、その時だって社長に諫言した社員はいた。

 ただ、社長が色に溺れて聞く耳を持たなかったのだ。

 ブレイドにそこまでの権限はないが、立場上こちらの言う事をきかなくても処罰は出来ない。

 品質管理部長でも、他人の下半身の品質管理は強制力がない。


 いや、俺よりも偉い人がいたな。

 ギルド長ならブレイドに対して指示できるし、言う事を聞かなければ解雇する事も可能だ。


「パイザー、ギルド長のところに行こうか」


「いや、そこまで話を大きくしたくないからアルトのところに来たんだけど」


 パイザーもブレイドを排除したい訳ではないようだ。

 目を覚ましてくれたらそれでいいので、話を大きくするつもりはないって事だな。

 そうなると、これ以上治る見込みがないならギルド長に報告するぞって警告するくらいか。

 俺の考えでは一撃で相手を仕留めないと対応策を考えられるので、警告するくらいならやってしまえというのがある。

 因みに、前世では早朝に事務所の女性社員たちの机を漁っている奴がいて、一度見かけたのだが敢えてその時はどこにも報告せず、もう一度そいつが犯行に及んだところを動画で撮影して会社に提出してやった。

 動画がなければ言い逃れされたろうし、言い訳を用意した上で犯行するようになったと思う。

 動画を突き付けられた犯人の言い訳は


「事務所に来ると記憶がなくなる病気です」


 だった。

 医者の診断書を提出するように言われたが、勿論そんなもんが出せるわけではなく、見事に解雇となったわけである。

 ※この物語はフィクションです。


 ブレイドだっていいおとななのだから、もう治らないと思うんだよね。

 不倫する奴は何度でもやってたし。

 治療方法は無いと思うんですよ。

 相手の配偶者に訴えられても何度も繰り返してたから。

 なので、中途半端な警告はより狡猾なやり方になってしまうと思う。

 まあ、パイザーが事を荒立てたくないというなら仕方がないが。


「仕方ない。ブレイドに俺が注意するよ」


 そう言ったらそれにも難色を示した。


「そういうのを無しで、それとなく何とか出来ないかな?」


「難しいことを言ってくれるねえ」


「そうなんだけど……」


 言い淀むパイザー。

 こんなもんバッサリいかないとダメだと思うんだ。

 とはいえ、相談に乗るのもお仕事だ。


「わかった。なんとかしてみよう。でも、準備があるから直ぐにとはいかないよ」



「わかりました」



 俺はその日家に帰るとオーリスに変装を教えてもらう。

 やる事は簡単だ。

 変装した俺がタモーラの失敗に難癖をつけて、ブレイドに責任者として責任をとってもらい目を覚まさせるというやり方だ。

 それをオーリスに話したところ


「面白そうだから私もやる」


 と言ってきた。

 野次馬根性丸出しだな。

 こっちは仕事なんですけど……


 ただ、オーリスの力を借りないと変装できないから、ここはそれと引き換えにオーリスの参加も認めた。

 翌日、俺たちは他所の街から来た冒険者として、冒険者ギルドに立ちよった設定で食堂に顔を出す。

 そこで注文を取りに来たのは丁度良くタモーラだった。

 確かに男好きする外観で、ブレイドが入れ込むのもわかる。


 今回の作戦は単純で、オーリスと二人で多めに注文を出してミスを誘う。

 今回はパイザーにも変装してやってくると伝えていないので、そこからばれる心配もない。


「オーク肉のソテー、鳥の唐揚げ、今日のサラダ、迷宮鮟鱇鍋、ニンニクチャーハンの玉ねぎ抜き、ステラ産ワイン10年物、川エビの唐揚げ、カルボナーラ、ミートスパゲッティを頼むよ」


「それとメキシコ産のワインもね」


 ちょっといやらしい注文も混ぜて注文してみた。

 料理が全部出てきたところで、ニンニクチャーハンに玉ねぎが入っているのが見つかった。


「なんだこれは、玉ねぎが入っているじゃねーか!」


 と大声で叫ぶ。

 打ち合わせをしたわけでもないのにブレイドが出てきた。

 そこで注文は玉ねぎ抜きのはずだと責め立てる。

 タモーラを呼んで確認すると、確かに玉ねぎ抜きで注文を受けたと言っている。

 彼女は料理人に伝えたが、料理人がそれを忘れたのだと主張した。


 今度は料理人が呼ばれてきた。

 ウェイクだ。

 ウェイクは玉ねぎ抜きとは聞いていないという。

 そこでタモーラと言った言わないの話になるが、騒ぎを聞きつけた他の料理人たちもやってきて、タモーラからそんな指示が出ていなかったと主張した。

 ブレイドも流石に庇いきれなくなって、タモーラのミスであると認めた。

 なんか、俺達がブレイドを責める雰囲気じゃなくなってきたな。


 結局俺はオーリスと食事だけして帰ることになった。

 みんなに突き上げを食らっているブレイドを見るのがいたたまれなくなったのである。

 その点、タモーラは全て他人事といった様子で、この神経の図太さはすごいなと感心した。


 帰りがけにオーリスが、


「あの女、他に男がいますわね」


 と教えてくれた。

 本当なのかな?


「わかるの?」


「女の勘ですわ」


 勘コツ度胸のKKDは品管としては認められないぞ。

 なんらかの判断基準があるんだろうけど。


 後日オーリスの勘が正しかったことが判明する。

 タモーラは妊娠が発覚して退職することになったのだ。

 勿論、ブレイドの子供というわけではなく、別の男との間に作った子供だ。

 ブレイドはしばらく魂が抜けたような感じだったが、次第に元の真面目な働きぶりに戻った。


 俺が自分の席でコーヒーを飲んでいると、昼の忙しい時間を乗りきったパイザーがやってきた。


「アルト、ありがとう。ブレイドはあれから元に戻ってくれたよ。これも、アルトがタモーラを妊娠させてくれたからだね。時間がかかるっていうのはこの事だったんだね」


「ブッ」


 思わず飲んでいたコーヒーをパイザーの顔に噴霧した。


「きったねえ!アルト何するんだよ!!」


「ごめんごめん」


 そんな対策してねえぞ。

 口では謝りつつも、心のなかではそう言ってやった。



※作者の独り言

ツイッターでツイートしたけど、偉い人の愛人がやらかしたときの大変さといったらもうね。

そういうのをうまく処理出来るのが求められるのでしょうけど、自分には無理です。

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