第381話 数値化出来ない
昼食を食べて満腹になり、副交感神経が仕事を邪魔する午後、眠気をコーヒーで抑え込んでいたら、腕を包帯で止血したカイエンが仲間と一緒にやって来た。
「アルト、解毒の魔法を使って欲しい。迷宮マンバに噛まれて毒が回っているんだ」
額に脂汗を浮かべながら、カイエンが泣きついてきた。
迷宮マンバは比較的よく遭遇する毒蛇で、毎年噛まれてしまう冒険者が出る。
噛まれた部位を切り落とせば助かるので、死亡例は殆ど無いのだが、切るのに躊躇したら死ぬ。
カイエンは切るのを躊躇ったのだな。
よく見れば腕が紫色に変色している。
「いいけど、他の人の手前無料というわけにはいかないぞ」
そう、俺は別に無料の治療所ではない。
カイエンを特別扱いすれば、他の冒険者も自分も無料でやって欲しいと言ってくるだろう。
そうなったら仕事が忙しくなるので却下だ。
「ナイトロの妹をくれてやる。村一番の器量良しだぞ」
「おいカイエン、ふざけんな!」
突然妹を差し出されたナイトロが怒った。
君ら元気そうじゃん。
まったく。
「はいはい、銀貨5枚ですよ。それが嫌なら噛まれた部位をすっぱりと切り落としてあげるけど」
そう提案したら、二つ返事で銀貨を払ってくれた。
直ぐに解毒してあげて、カイエンの腕は通常の色に戻った。
「それで、どうして噛まれたんだ?もう迷宮マンバに噛まれるようなランクでもないだろうに」
治療の終わったカイエンに訊ねる。
カイエンはばつが悪そうに
「カンチルが迷宮マンバの首を切り落としたから安心していたんだよ。まさか首だけで動くとはなあ。死んだと思って油断していたら飛びかかってきやがったんだ」
前世でも蛇は胴体と頭部が切られてもしばらくは生きていた。
首だけになったガラガラヘビに噛まれて死んだなんて話もあったくらいだ。
こちらの世界の蛇も同じか。
死んだという思い込みはよくないな。
と思っていたら、カイエンが俺の方をジッと見てくる。
「どうした?」
「いや、いつもならなぜなぜ分析だとか言うのに、今回はそれが無いなと思ってね」
「ああ、そういうことか」
「ほら、俺も死にそうになったんだし、モンスターの生命力を数値化して管理する方法とか考え付かないかなって思ってね」
カイエンのいう事が実現出来たらそれはそれでいいのだろうが、人やモンスターの生命力、ゲーム風に言えばヒットポイントの見える化なんて無理だろう。
そんなものが出来れば、医者は患者がいつ死ぬか簡単にわかる。
製造業でも工具の寿命なんかは簡単にはわからない。
それに、市場に出た製品がいつ壊れるのかもだ。
金属疲労なんかは検査すればわかるのだろうけど、見ただけであと2時間で壊れますなんて事にはならないぞ。
だから、異音や異常に気を配って生産しているわけだ。
工業製品ですらそんなレベルなのに、目の前の生き物の生命力を数値化出来るわけがない。
それが出来ないから経験で補うしかない。
蛇だけではなく、死んだふりをする生物なんて沢山いる。
なんなら、人間だって時にはそうすることもあるじゃないか。
「カイエン、世の中無理な事はいくつもあるんだ。相手が死んでいるかどうかを判断するのに、生命力を数値化出来ないのであれば、死んだという判断が間違わなくなるまで経験を積めばいい。ほら、丁度いいところにシルビアが来たよ」
俺と同じく午後暇をしていたシルビアが、俺のところに遊びに来たのだ。
シルビアに事情を話すと、カイエン隊のメンバーを連れて迷宮へと繰り出して行った。
カイエンの恨むような視線が俺に刺さるが、気づかないふりをして送りだす。
その後、カイエンは相手が死んでいるかどうかを間違いなく判断できるようになったとか。
良かったね。
※作者の独り言
MCのドリルが折れて素材に残り、仕上げの刃具がそこにぶつかって折れるという地獄。
どうして折れる前に一言言わないのか。
というか、刃具の寿命を数値化できないもんですかね?
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