第329話 僕らはみんな生きている(異世界で)

 今日もステラで転生者の食事会だ。

 ティーノの店でグレイスとオッティと一緒にテーブルを囲んでいる。


「最近鯛にも飽きたわね」


 そう言ってグレイスはグラスをあおった。


「そんなに食べているのか?」


 売り物だろうにというのをにおわせて、俺はグレイスに訊いた。


「縁起物だから、ついつい食べちゃうのよね」


「いつの時代の人だよ。昭和か」


 最近めでたい席でも鯛を食べなくなりましたね。

 結婚式でも見ない。


「そういや昭和って日本が輝いていたよな」


「どうしたオッティ。唐突に」


 オッティは今まで静かに酒を飲んでいたのだが、何かのスイッチが入ってしまったらしい。

 アルコールが変なところに回ったかな?


「品質偽装なんてものは、昭和の時代には無かった」


「いや、無かったわけじゃないと思うぞ」


 その理論には賛同できないな。

 多分品質偽装という概念が無く、「使えるから良し!」って感覚で出荷していたんじゃないかな。

 あとは重大事故が発生していないから、緩い規格でもなんとかなったとか。

 例を挙げると、シートベルトが義務化されたのは昭和の途中だ。

 昭和44年の生産車両から義務化されているので、それ以前の自動車に乗っている場合は、今でもシートベルトを着用していなくても、道路交通法違反とはならない。

 まあ、余程の旧車マニアでもない限り、そんな車体は保有していないのだが。

 つまり、当時の車両ではシートベルトの品質がどうとかいうのは問題にはならないのだ。

 偽装するまでもない。

 それともう一つ、終身雇用制度が大きいだろう。

 会社が定年まで面倒を見てくれるのだから、社員も会社に忠誠を誓いやすい。

 内部告発がされにくい状況だったはずだ。

 多分表に出てこなかっただけだと思うぞ。


「日本の製造業が駄目になったのはバブル崩壊からだ。予算は無くなるし、人はバンバン切りまくる。そんなのでいいものが作れるわけがないんだよ」


 ドンとテーブルを叩いた。

 グレイスはそれを見て眉を顰め、俺に小声で耳打ちする。


「酒癖悪かったっけ?」


「いや、そんなことはなかったと思うが」


 顔はいつも赤くなっていたが、誰かに絡んだり、車を運転したりすることはなかったぞ。


「親父が町工場を経営していたんだよ。朝から晩まで油にまみれて仕事していて、子供を泊りの旅行にも連れて行った事がないんだぜ。まあ、子供の頃は土曜日も仕事をするのが普通だったけどな。そんな親父がいつも言っていたんだ。『資源のない日本はものづくりで世界と戦わなければならないから、俺だっていいものを作るんだ。それがお国のためなんだぞ』ってな。子供にはそんなこと理解できるわけないのに」


 オッティが前世の父親を思い出して、中空を見ながらそう言った。

 なんとなくその時の風景がこちらにも伝わってくる。


「自動車だってどこかの偉い博士が最新の理論を考えるだろ。だけど、そんな理論だって町工場の部品が一つでも欠けたら走らないんだ。言ってみれば、人間の体を構成する細胞と一緒だな。立派な人物の細胞なんて誰も注目しないだろうけど、立派であるための人生を送るために細胞は必要なんだよ。お国の為って言うと、どうにも話が重くなるけどな」


「言っている事はわかるぞ」


 相槌を打ってオッティのグラスにワインを注ぐ。


「それで、工場の経営がおかしくなったのはバブル景気が崩壊してからだ」


「株やゴルフ場の会員権でも買ってたのか?」


「そうじゃない。仕事が減ったんだよ。それに加えて値下げの要求も来た。銀行は融資を渋って設備投資も出来ない。だから時代遅れの設備で出来るような、安い仕事しかなくなったんだ。俺はなんとか大学を卒業して就職できたから、そんなに稼がなくてもよかったのは幸いだな。海外の安い単価に押されて、かなり苦しい単価で仕事を引き受けていたんだ。さっきの細胞に例えるなら、本体が消費カロリーを抑えるために、自分の細胞に栄養を与えなくなったようなもんだ。それはいずれ本体にも影響がでる。一斉に海外に進出した大手企業が、品質が維持できなくて苦労したのが丁度それくらいだったな」


 そう言ってオッティはグラスに口をつけた。


「そういえば、パチンコ業界も海外に進出したはいいが、まともに使える部品がなくて、結局国内に発注していたな。海外の単価で発注しようとして、かなりの会社に断られたみたいだが」


 俺の記憶では、旋盤部品の海外生産で大失敗だったな。


「親父のところも似たようなもんだったよ。ただ、購買担当者を最初は恨んでいたが、結局業績悪化でその購買担当者もいなくなったんだ。相手も所詮は言われて動くだけの歯車だからな。今となっちゃそれも理解できる。まあ、日本っていう国の中だけでやっていれば良かったんだが、企業業績の拡大を目指して海外に進出したっていうのもあるんだろうけどな。拡大路線はバブル崩壊で立ち行かなくなったわけだ。もっとも、それが悪いわけじゃない。おかげでバブル崩壊までに日本は世界屈指の経済大国になったんだからな。あの国土に1億人は多いんだよ。だから海外に移民を送り出したりしたんだ。それでも足りなくて侵略戦争になったんだけど」


「歴史の解釈は置いとくが、確かに自分の国の大統領の名前も知らない奴らが、日本の企業名を知っているっていうのが話題になったのが昭和末期だな。武力を使わない海外進出だ」


 俺はオッティの話に納得し、グラスを傾け口にワインを流し込む。


「親父の言っていたお国のためっていうのもまあ間違っちゃいないんだよな。外貨獲得の役に立っているんだから。だが、そんな気持ちを踏みにじるような下請けの扱いなんかしていたら、将来はどんどん先細りだぞ。それに、いくら親父が真面目に部品を作っても、大手が品質偽装をしていたら、海外も買わなくなるだろ」


「それについてはよくわかるよ。メイドインジャパンが高品質だって教育を受けた世代だからな。それが、自分が作る立場になったら、どうして高品質だって言えるのか不思議でしかたがないからな。しかも日本で生産しているが、作業者は日本人じゃないから、メイドインジャパンの定義を確認しないといけないし。ただ、外国人だから品質が悪いってわけじゃないからな。品管として現場を見てきたが、日本人よりも優秀な外国人作業者はいる。他社も含めたら、派遣から社員に登用された事例は数え切れないくらいあるからなあ。むしろ、日本人で正社員になれる見込みのない奴の方がやばい。ネットでは今でも日本の品質がいいとか思っているのを見かけるが、中の感覚ではそんなことは決してないからな。日本人が外国人に比べて優秀ってこともないし」


 確かに外国人作業者は言葉の壁があるから、日本人と比べて不良を作る比率は大きい。

 ただ、その壁を乗り越えてくる奴らは本当に優秀だ。

 逆の事ができる日本人の事を想像すればわかるだろう。

 外国に行って、そこの国の言葉で指導を受けて、その国の人間よりも高品質なものを作れるか?

 出来る奴はほんの一握りだ。

 しかも、それが出来る奴は製造業じゃなくて、もっと給料の良い仕事につくだろうしな。

 そんな人材が極まれにやってくる。

 休憩時間に緩衝材としてつかう新聞紙を読んでいたりする、勿論日本語の新聞だ。

 下手すりゃライン作業者の中で一番漢字を知っているぞ。

 いや、本当にいつも助かっています。

 客の監査で作業を見せる役をお願いして、都合の悪い事だけ「日本語苦手」って言ってもらう事ができるから。

 5か国語を話せて「日本語苦手」もないもんだ。

 ただ、客はどう見ても外国人なので、難しい質問はしてこない。

 そして、答えるとまずい事は言葉の壁をこちらから建設することで回避できる。

 ありがとう。


「そんなわけで、俺は親父みたいにお国のためっていう気持ちが湧いてこない。まあ、そんなお国もいまじゃ遠くなったがな。いずれにしても、こちらの世界に来る前は、単に給料がもらえるからっていうだけで仕事をしていたんだ。別に自動車の部品を作っている必要なんてどこにもなかったな。建築業でもいいし、サービス業でもよかった。あんなに子供の頃嫌だった金属加工業なんてやっているんだから、どうかしていたな」


 肩をすくめるオッティ。

 その仕草は大仰であり、芝居がかている。


「ただ、今は全く違うんだ」


 そういって、今度は俺とグレイスの顔を真っすぐに見つめてくる。


「最近思うんだ。俺がこの世界に来たのは、神様がこの世界は俺達のいた世界みたいに品質偽装をすることのないようにしたいんじゃないかってね」


「そりゃまた……」


 俺は思わず苦笑いした。

 何せ俺のスキルには品質偽装があるからな。


「その品質偽装がスキルなのは、誰もが出来る訳じゃないってことなんじゃないのかな。品質偽装するにも適正ジョブが必要な世界にしたいんだと思う。文明の発展でいずれは産業革命みたいな事が起こるんだろうけど、それまでに生産技術と品質管理を確立させるのが使命なんじゃないか?」


「だとしたら気の長い話だな」


 俺は再びグラスを傾けて、残っていたワインを飲みほした。

 今度はオッティが空になったグラスにワインを注いでくれる。


「良品しか作れないってのは難しいが、良品しか出荷しないはいつか達成できる。そう思って仕事をしていた時期があったのを思い出したよ」


 俺は品管に配属されて直ぐの事を思い出していた。

 あの頃はやる気に満ち溢れていたな。

 蓋を開けてみれば毎日選別と、対策書の作成の繰り返しで、改善なんて出来なかったが。

 そのうちやる気は霧散して、ただ単に期日までに対策書を提出すればいいってなっていった。

 本来の再発防止が出来ているかなどは置き去りになり、如何にして客が納得するかというところを目指すようになっていた。

 それは似ているようで別物だ。

 真因よりも納得できる報告書に、真の対策があるわけがない。


「あんたら二人して暗いのよ。地主になりなさい。そうすれば全てが解決よ」


 グレイスがそう言ったところで、ティーノが作った小籠包が運ばれてきた。

 熱いうちに食べようという事で、この話題はそこで終了した。

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