第294話 真夜中の怪

「夜中に誰もいないはずの冒険者ギルドから音が聞こえる?」


 レオーネに相談を持ち掛けられた。

 なんでも、夜勤の受付嬢達が、誰もいないはずの夜中の冒険者ギルドで、物音を聞くことが頻繁にあるというのだ。

 それがアンデッドモンスターではないかと噂になっているのだという。

 前世であれば物の怪の類いなど信じなかったが、ここにはアンデッドモンスターが実在する。

 代表的な処では、ゴースト、スペクター、レイス、ゾンビ、ワイト、ノーライフキング、ヴァンパイア、ポルターガイスト等だ。

 ポルターガイスト以外は、音を出すだけでは済まないだろうな。

 なので、ここではポルターガイストの可能性がある。

 まあ、なにもアンデッドモンスターと決めつける材料は無い。

 ブラウニーの仕業かもしれないし、聞き間違いの可能性もあるだろう。

 勿論、泥棒ということだって。

 いずれにしても、放置する訳にはいかないので、夜中に見張りをすることになった。

 いつものようにシルビアとではなく、オーリスと一緒にだ。

 夜中にシルビアと一緒にというのがNGで、ジョブが夜型のオーリスが自分が最適だと主張したのだ。

 原因調査だけなら、別にシルビアが必要という訳ではないので、オーリスの言う通りにしたというわけだ。


 かくして、夜の帳が降りた頃、俺とオーリスは受付で件の音が聞こえるのを待っている。

 因みに、今日の夜勤の受付嬢はレオーネだ。


「本当にアンデッドモンスターかしら?」


「だとしたら紺屋の白袴だな」


「荒野の城がなんですって?」


「医者が病気になるようなものって事かな」


 染物屋はあるが、袴は存在しないからこの言葉は適切ではなかったな。

 そもそも、紺屋が白袴を履いていても、工程飛びじゃなければいいだろ。

 医者の不養生は、体調管理も仕事のうちだがな。

 最近だと始業点検に体温も入るから、体温チェック前に額に性感スプレーをかけないとね。

 おや、予測変換がおかしいぞ?


 なんて会話をしながら待っていると、草木も眠る丑三つ時に何やら物を運ぶような音が聞こえてきた。


「この音よ」


 レオーネに言われて、音のした方にオーリスと一緒に向かう。

 あちらはポーション製造部だな。

 となると、泥棒かポルターガイストだろうか。


 オーリスと俺は忍び足スキルで跫音を消して近づく。

 ポーション製造部の部屋にはうっすらと明かりが灯っていた。


「何をしているんだ?」


 俺はそこにいた相手に声をかけた。


「うわっ!」


 声をかけられて驚いたのはエランだ。

 さらに、ミゼットとエルガミオもいる。


「三人で何を?」


 もう一度問いかけた。

 三人はお互いを見ていたが、観念したかのように頷くと、エランが代表して答えてくれた。


「実は最近魔王の配下の動きが活発になって、冒険者への依頼が増えているだろ。それで、ポーションの売れ行きも伸びているんだ。だけど、親方は残業すると次の日の仕事が満足に出来ないから帰れって言って、俺達は定時で帰らされるんだ。売店からの注文分をこなせてないのにね」


「なるほど。それで、こうして夜中に内緒で仕事をしていると……」


「そうよ」


 とミゼットが頷いた。


「残業代は出ないんだろ。黙って内緒で仕事をしているんだから」


 そう投げ掛けると、エランが強い口調で言い返してきた。


「金の問題じゃない。冒険者がポーションを待っているんだから、供給する義務が有るんだよ!」


「でも、それならなおのこと親方ときちんと話し合わないと駄目だ。こんな夜中に三人で作業しているなんて、異常作業だろ。それこそ不良が発生しやすい状況じゃないか」


 俺が前世で死んだのも徹夜が原因だし、夜中の作業は認められないぞ。

 だいたい、夜勤は効率が悪いという研究結果もあるくらいなので、それならライン増設した方がいい場合もあるのだ。


「兎に角今日はもう帰って。朝から親方と話し合いをしようじゃないか。それでも残業が駄目だと言われたら、次の策を考えよう」


 ワーカーホリックな三人をなんとか説得して家に帰した。

 ミゼットは危ないので、オーリスと一緒に送っていく。

 ミゼットを送り届けた帰り道、オーリスが


「うちのギルドにも、お金はいらないから仕事を終わらせたいっていう職員が欲しいですわね」


 と言ったのは聞こえなかった事にした。

 そういう経営者がいるから、サービス残業が無くならないんだぞ!

 自分の場合は、残業した成果を報告しちゃまずい事があるので、サービス残業になっちゃうことがしばしばあったが。


「まったく、プレイボールの谷口キャプテンじゃないんだから、夜とか休みの日とかは休まないとね」


 そう、夜空に向かってひとりごちた。


 親方との話し合いの結果、残業は一時間まで認められ、それ以上は供給出来ないので、冒険者には他のところでポーションを買ってもらう事で合意となった。


「なんだ、ゴーストじゃなかったのね。あたしがその場にいたら、三人のうちの誰かは斬っていたかもしれないわね」


 とはシルビアの談である。

 相手を確認してから斬りかかろうね。



※作者の独り言

残業規制があるのに、不良は止まらない。

客先に「残業規制があるので帰ります」とは言えないのですが、終業30分前の不良の連絡は勘弁してください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る