第237話 ポカヨケの設計難しいよね
昔、研修でお世話になった会社が、この状況で倒産してしまいました。
この小説のどこかで書いている話も、その研修で教えていただいたものです。
なんかしんみりしちゃいますね。
それと、車両メーカーの生産に影響はないのかな?
ちょっと心配になりますね。
倒産と聞くと心が痛い。
いや、あそこの会社の倒産に期待して、逆日歩MAXはらい続けている俺が言うのも変だけどさ。
それでは本編いってみましょう。
今日もステラには夏の陽射しがふりそそぎ、道には陽炎がたちこめている。
往来に出れば、少し離れた場所はゆらゆらと揺れて見える。
こんな時はほうじ茶が飲みたくなるな。
ここにはないから諦めるけど。
「ちょっと、アルト。そんなところにいないで、はやくこっちに来なさいよ」
「そうそう」
冒険者ギルドの入り口から往来を眺めていた俺を、シルビアとスターレットが迎えに来た。
二人の美女に両脇を抱えられて建物内へと連行される。
まるで宇宙人のようにだ。
彼女たちが俺を連れていくのには理由がある。
俺の温度管理スキルが目的だ。
いつもの会議室に連れていかれると、そこでスキルの発動を要求される。
「はいはい。今日は何度がいいの?」
俺は諦めたように二人に聞いた。
「20℃で」
シルビアはいつものように指定した。
実に品質管理らしいスキルの使い方だな。
測定室の温度は20℃を心がけようね。
はい、異世界なのになんで摂氏なんだよってツッコミはなしです。
ノギスだってミリ表示なんだし。
「アルト、どこみてるのよ」
俺が誰にしているのかわからない言い訳に意識が集中しているのを、スターレットの一言が止めた。
「アイスコーシーを持ってきました」
室温が20℃で安定したのを見計らったように、レオーネがアイスコーヒーを運んできてくれる。
勿論、自分がここで飲むためだ。
表向きはMMRの活動と謂うことになっているが、単に涼んでいるだけである。
そうだよ、改善しろって言われても、毎回毎回改善するネタなんて出てこねーぞ。
むしろ、それだけ改善するネタがあるなら、それは立ち上げ失敗じゃないのか?
暫く何をするでもなく、会議室のテーブルに上半身をあずけて涼んでいると、ドアの外の通路から跫音が聞こえた。
誰だろう?
「こちらでサボっていると伺ったので来てみたら、本当でしたわね」
ドアから入って来たのはオーリスだった。
というか、オーリスに説明した奴誰だよ。
ここでサボってるのばれてるのか。
測定室を外から見て、検査員がサボっているって告げ口する奴みたいだな。
サボっているんじゃない、考えているんだ。
本当だよ。
「どうしたんだ?自分から出向く位の急用か?」
昔のオーリスなら貧乏貴族の令嬢なので、自分で来るのも珍しくなかったが、今や父親は大貴族である。
わざわざ自分で来なくても、使用人に任せればいいだけだ。
それが何故?
「今からすぐにうちのギルドに来て」
俺の腕をとり、椅子から立たせようとするオーリス。
だが、そのオーリスのか細い腕をシルビアがガシッと掴んだ。
「アルトなら外気温が20℃になるまで渡さないわよ」
なにその言われても全くときめかない台詞は。
アッシー君、メッシー君、ミツグ君に続いてエアコン君が流行語になっちゃう。
どこのバブルですか?
悲しいことに、スターレットとレオーネも頷いている。
だが、オーリスも引き下がらない。
「不具合対策でアルトが必要なのよ。ギルド長の許可ももらってますわ」
その一言でシルビアも引き下がる。
そして、シルビアが自分の腕を放したことで、オーリスは俺の腕を引いて外に待たせてある自分の馬車へと向かう。
急いでいるのはわかるのだが、選別に行く前に状況を説明してほしいので訊いてみた。
いや、選別じゃないけど。
「何があって対策をしたいんだ?」
「実はニンニクチャーハンをニンニク抜きで提供してしまい、その対策をお願いしたいのですわ」
成程、ニンニクチャーハンのニンニク抜きはただのチャーハンだな。
それは由々しき事態だ。
なお、チャーハンはグレイス領から各地に広まっている。
米は外国からの輸入量が増えており、国内取引も盛んになってきた。
ありがとう、宮路社長。
「事情はわかった。まずは現場を確認だな」
「はい。ではこちらの馬車にどうぞ。室内は23℃にしてくださいな」
俺はカーエアコンか!
自分も暑いのは苦手だから、スキルは使うけど。
そんなわけで、スキルを使って暑くなっていた室内を、一気に適温まで下げる。
便利なスキルだな。
あそこの会社のポンコツエアコンとはえらい違いだ。
どこだよ?
そんな事を考えていたが、相向かいに座っているオーリスにふと目をやると目線があう。
彼女はあわてて目線をそらし、窓の外を見始めた。
誤魔化しきれてないよ。
赤箱のように真っ赤に染まった顔が初々しいななどと、おっさんぽい考えがよぎる。
いや、赤の例えがどうなのかとは思うが、品質管理としては赤は他には三次元測定機のプローブ位しか思い付かないのだよ。
そうこうしているうちに、馬車はオーリスの冒険者ギルドに到着した。
フットマンの描写が苦手なので、それを省略して俺とオーリスは厨房に来た。
「まずは普段の作業を教えてほしい」
オーリスにお願いすると、彼女は料理人にそのまま同じことを指示した。
料理人は中年の男だ。
どこが首なのかわからないくらいの二重顎と、服のシワが横になってしまうほど出っ張った腹は、いかにも料理人といった風体である。
そんな彼の説明では、チャーハンとニンニクチャーハンは間違いやすいので、事前に食材を確認してから料理をしていたというのだ。
「じゃあ、間違ったときも事前にニンニクを鍋の近くに置いたのを確認したわけですね」
俺の質問に彼は首肯する。
状況を整理すると、ニンニクチャーハンを作るときに事前に食材を準備して、それに漏れが無いことを確認している。
チャーハンにニンニクが入らなかったのは、その用意しておいたニンニクを入れ忘れたからだな。
確認するタイミングが間違っているようだな。
これはポカヨケの設計でもあることだ。
例えば、手を洗わないと出られないトイレを作るとする。
手を洗うことで菌が洗い流される事が目的なので、それを確認するためのポカヨケは手の菌が閾値以下であればトイレのドアが開いて外に出られるのが求められる。
ただ、そんな事をするとお金がかかるので、他の手段を考える。
やりがちなのは、水道の蛇口をひねったらドアが開くという仕様だな。
蛇口から水が出ることと、手を洗って菌が除去されるのはイコールではない。
手を洗って菌が除去されたことの確からしさを保証できていないのだ。
今回もニンニクを用意した事を確認しても、チャーハンにニンニクを入れた事は保証できないのだ。
確認すべきは、完成したチャーハンにニンニクが入っているということだったな。
品質管理としては、事前確認も残して尚且つ完成後の出荷検査もしてもらいたいところだが。
「味見だな。作ったら味見をしてから提供しよう。ステーキなんかは切る訳にはいかないけど、チャーハンならできるだろ」
ステーキならテストピースを一緒に焼くってのもあるけどな。
鍍金工場だと、一度の処理にテストピース入れているところもあるぞ。
膜厚測定するためと説明されたが、本当にそれだけなのかは確認しなかった。
膜厚測定するなら製品でいいじゃないかと思ったが、不良が入ってこないなら深くは追求しないよ。
ということで、味見をするように指導したが、そもそも料理人なら味見はするんじゃないかな?
なんでしなかったのだろうか?
その疑問をぶつけてみた。
「実は、もっと痩せないと離婚すると妻に言われましてね」
そんな理由か。
そういや前世で友達だった料理人も、味見しすぎて太ったと言っていたな。
にしても、こんな中年のおじさんの体型なんてどうでもいいだろ。
どうせ結婚してから長いのだろうし。
「実は結婚してから半年で、妻は20歳年下なんですよ」
聞きたくない情報が耳に入ってきた。
「結婚前はもっと細かったですわね」
オーリスの話では、結婚後からこの冒険者ギルドも客が増えてきて、味見の回数も増えたのだとか。
「家に帰ってから妻の手料理を食べたいじゃないですか!」
知らんがな。
その後はなんかその一言でスイッチが入ったオーリスが酒を飲み始め、仕事が忙しくて恋愛出来ないから始まり、冒険者ギルド運営の愚痴へと繋がっていった。
かなり長く愚痴は続き、聞くのも大変になってきたので、ニンニクチャーハンを注文して、それを食べさせて〆てしまおうことにした。
酔ったオーリスは、か細い体のどこに入るのか不思議なくらいの勢いで、俺の分のニンニクチャーハン迄食べた。
そして寝始める。
このままにしておくわけにもいかず、馬車まで背負っていき、馬車にのせると御者にカイロン邸迄行くように指示した。
酔っぱらいをこのままにしておくのも不安なので、俺も一緒についていく。
行きとは違い、俺の隣にオーリスを座らせる。
彼女は俺に寄りかかり、気持ち良さそうに寝息をたてていた。
俺はといえば、窓の外に見える月を眺めていた。
ガタン、という馬車の揺れでオーリスが目を覚ます。
「アルト……」
まだ寝惚けたような声を出すオーリス。
「どうした?」
「今日のお礼」
オーリスの方に振り向いた時に、不意打ちでキスをされた。
テンパる俺を置き去りに、オーリスはまた寝息をたて始めた。
「キスって、お酒とニンニクの味がするんだな……」
俺の頭はオーリスが起きていたら殴られそうな台詞しか出てこなかった。
尚、翌日遠回しにキスの事を訊ねたけど、オーリスは覚えていませんでした。
良かったのか、悪かったのか。
※作者の独り言
ポカヨケとか人による検査も、どこでやればいいのかってのはありますよね。
組み付けて見えなくなる場所なんかだと、完成品検査では無理なので、部品を間違いなく用意して、作業者が手に持ったところまでしかポカヨケで保証できない。
組み付け時にトルクレンチの動作を確認したりもしますけどね。
でも、そうでもないのに、検出させる順番間違って設計しちゃうのは何故なのか。
それと、ポカヨケにダミー信号送って、ポカヨケ機能を使えなくしているのを発見しましたが、その努力を他に向けようなと思いました。
勿論ダミー信号出す装置は外させました。
最後に、ニンニクも発見されました!
設定を忘れていた訳じゃありません!!
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