第205話 生産場所を確保するために倉庫を潰しました

「私雨か」


 冒険者ギルドのドアから出て、空を見上げた俺はそう呟いた。

 頭上には黒雲がたちこめ、激しい雨がザアザアと降っていた。

 降り始めたばかりの雨は、路面の埃を巻き上げ、その臭いが鼻をつく。

 冒険者ギルドの中で相談者が来ないかと待っていると、雨が屋根に当たる音が聞こえてきたので、外に出てみればこの天気。

 天気予報などという便利なものがないので、朝部屋を出るときに空模様を見て、傘を持っていくかどうか考えるのだが、今日は雨が降りそうという空模様ではなかったので、傘を持たずに出勤したのだ。

 今が帰宅時間なら、もうしばらく冒険者ギルドで時間を潰すところだったな。

 私雨と言ったように、周囲は激しい雨だが、少し離れた場所の上空では青空が出ている。

 ここステラでは私雨は珍しいが、全くないというわけではないので、これは異常気象ではない。

 

「やれやれ、ただでさえ冒険者が来るのが少いというのに、雨が降れば尚更来なくなるじゃないか」


 再び室内に戻ってきた俺は、冒険者ギルドのロビーを見てぼやいた。

 もっとも、この時間に冒険者ギルドに来るような冒険者は、商人の護衛が終わって解放されたばかりの冒険者だ。

 迷宮から帰ってくるには早すぎるし、今からクエストを受けようとすれば、日を跨ぐのが確実なので、わざわざこの時間に冒険者ギルドに来るような事はしないだろう。

 結局、護衛が終わって成功報酬を受けとるためにやって来る冒険者しかいないのだ。

 天気がどうであれ、この時間は来客は少いか。

 そう思って席に戻り、やや冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干した。

 そのタイミングを見計らったかのように、プリオラとシルビアとスターレットがやって来た。


「酷い雨ね」


 先頭を歩くプリオラが振り返って二人に話しかける。


「サッカーの練習場をもっと近いところにしないとダメね」


「シルビアさん、それだと回りが住宅地で広い場所が無いですよ」


 タオルで頭を拭きながら歩いてくるシルビアとスターレットが、練習場の場所について話し合っている。


「スターレット、あんたのショートソードびしょ濡れじゃない。キチンと手入れをしておかないと錆びるわよ」


 プリオラがスターレットが腰に挿しているショートソードを指差して指摘した。


「そうですね。鉄って濡れると直ぐに錆が出るから、手入れが大変なんですよね」


 スターレットはいまだに手入れが苦手で、いつもデボネアに怒られている。

 そろそろ新人冒険者を卒業してもいいころなんだけどな。

 そういえば、前世でもよく製品が雨に濡れたので、錆びないように急いで拭いたな。

 なにせ、経営者と営業が何も考えずに仕事を次から次へと受注するものだから、生産場所を確保するのが大変だったのだ。

 結局、出荷準備をしている場所に、生産設備を設置したので、出荷準備は屋外でやることになってしまった。

 晴れの日はよいのだが、雨や雪が降ると最悪だった。

 製品に水がかかると錆びに繋がるのだ。

 鉄製品はいうまでもないが、アルミ製品も錆びることはあるのだ。

 メッキや塗装がしてあればまだ違うのだが、その工程に運搬予定のものが濡れたりしてしまうと、拭き取り作業に駆り出されることがあった。

 夕立が来る時期は本当にきつかったな。

 屋内はすでに置けるような場所はないため、雨が降る前にビニールでラップするのだが、大体間に合わない。

 客先の監査で何度も雨濡れの可能性を指摘されるのだが、経営者が変える気がないので、いつも拭き取り作業で乗りきっていた。

 「駄目なら指摘事項としてください。そうすれば、経営者が考えを変えるかもしれません」とお願いするのだが、向こうも空気を読んでその部分には触れない。

 困ったもんだったな。

 俺がいなくなってから、あとを引き継いだ奴はどうやって乗りきっているのだろうか?

 多分何も変わっていないと思うが。


「あ、アルト。ショートソードを錆びないようにする対策ってない?」


 俺に気がついたスターレットが、錆の対策を聞いてくる。


「ミスリル銀、オリハルコンなんかで出来た武器なら錆びないよ。あとは金かな」


「それじゃあお金がかかりすぎよ」


 口吻は不満そうだ。

 ショートソードにメッキを施してもいいかもしれないけど、何度か使えば再メッキの必要があるな。

 ステンレスのショートソードを作ってもよいが、俺しか作れないから、入手性に難がある。

 結局のところ、こまめに手入れをするしかないのだ。


「じゃあ、手入れをこまめにするしかないな」


「えー。だって面倒なんだもん」


「自分の命を守るための道具だから、そこは面倒臭がらずにやるべきだよ」


 スターレットをなだめて、なんとか自分で手入れをするように促した。

 気が付けば雨音は既に止んでおり、窓からは薫風が入ってきた。



※作者の独り言

雨に濡れた製品の錆びって困りますよね。

後工程で溶接がある場合には、油分が多いと溶接不良となるために、極力防錆油をつけない状態にしてありますので、ちょっと濡れたらすぐに錆がでてしまいます。

じゃあ濡れないような場所に保管すればいいと言われても、既に工場の建屋の中は置き場もないほど生産設備が詰まっていて、通路くらいしか置く場所がない状態です。

馬鹿なのか。

馬鹿なんでしょうね。

全てステンレスの製品なら問題ないのに。

そうそう、去年の台風で水没してしまったステンレス製品の水をふき取る仕事っていうのがありました。

乾燥炉にいれちゃえよっておもいましたが、製造から大反対くらいましたね。

台風の影響でどうせそのライン稼働してないやろと。

拭き取り後の外観検査は、本来生産していた会社で行ったので、その後使用したのかどうかはわかりません。

何の部品かというのは伏せておきます。

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