第199話 公差が決まらない
スキルをもう一度発動し、今度は無事にC57が現れた。
巨大な鉄の塊は、どこが貴婦人なのかと思うが、今は口にしないでおこう。
「やはり、極限まで無駄なものを削ぎ落とした物は美しいな」
オッティはうっとりとした目で蒸気機関車を眺める。
「機能美というやつか」
俺の問いかけに無言で首肯する。
そういうのはわからなくもない。
日本刀という人殺しの道具が、美術品として扱われているのだ。
ただただ人を斬るのに特化した結果、あの形になったものがだ。
何百年も後にはギロチンも美術品として扱われるようになるかもしれない。
人の首を落とすという機能に特化したものだからな。
男塾名物じゃないぞ、念のため。
その後、蒸気機関車に見とれているオッティが、全く動く気配がないので、俺はしたかなく一人で用意されている宿に戻った。
宿はここ最近新しくできたものらしく、外観は真新しい白の壁となっている。
そういえば、この前来たときに建設途中だったな。
グレイス領はどんどん人が流入しており、日用品の需要も増えている。
他の領にないようなものをたくさん生産している代わりに、身近な日用品の生産は殆んどない。
なので、行商人の稼ぐ余地があるのだ。
宿の外にある馬小屋には、そんな行商人の荷馬と思われる馬が多数繋がれていた。
俺は一通り宿の周囲を見てから、チェックインするために宿の中へと入った。
「いらっしゃいませ」
カウンターには可愛らしい女性がいた。
俺に気が付くと挨拶をしてくる。
「領主のグレイスが予約をしてくれていると思うのだけど、名前はアルトです」
「はい。本日から一週間の予約があります。部屋は三階の突き当りになります」
俺は鍵を受け取ると、自分の部屋へと向かった。
エレベーターなどという便利なものはないので階段だ。
真新しい手すりには傷がなく、とても綺麗だ。
触り心地もよい。
階段を上り部屋に入ると、そこも新しいだけあってとても清潔だ。
それに、とても広い。
安いビジネスホテルのような冒険者向けの宿とは違い、一つ一つの部屋がゆったりとした広さになっているのだろう。
部屋に入るまでのドアの数が少なかったからな。
比較的裕福な商人がターゲットなのだろう。
部屋に荷物を置くと、俺は食事をするために宿の食堂に向かった。
食堂の客はやはり行商人と思われる人が多い。
冒険者は皆無だな。
メニューにはパスタが多い。
席に着いたときに水を持ってきてくれたウェイトレスも「ここはパスタが名物なんですよ。領主様自ら新しいメニューの研究をしているくらいなんです」と教えてくれた。
あのものぐさのグレイスが熱心に打ち込むくらいに魅力的なのだろう。
オッティのスキルで製麺所もできたことだし、供給量も問題ないのかな?
折角なので、俺はグレイス風スパゲッティとやらを注文してみた。
地元で採れた魚介類をふんだんに使った塩味のスパゲッティだ。
数分後に運ばれてきたスパゲッティはとても美味しかった。
これなら流行るのも頷ける。
トマトソースのスパゲッティが無いのが残念だな。
日本産のようなここのトマトだと、甘みもコクも風味も物足りない。
イタリア産のナスみたいなトマトが必要だ。
この世界にそんなものがあるのか知らないけど。
まあ、塩味のスパゲッティは麺の味を十全に引き出しているので、毎日でも食べたい。
ウニやいくらのスパゲッティなんて目じゃないぜ。
日本人好みの味だ。
日本人が三人しかいないけど。
二木さんもがっかりだよ。
ニンニクスパゲッティが食べたくなったが、諦めて部屋に戻った。
翌日、再び車両製造工場に俺はいた。
他には賢者の学院の研究者やドワーフの鍛冶師が数名来ている。
全員が昨日オッティが呼び出した蒸気機関車を見ている。
これからこいつをばらしながら測定していくことになる。
まずは今の状態を図面に落とし込み、その後サブアッシーごとに組立図を製図して、最後は部品図を製図する。
この作業はかなり時間がかかる。
「そういえば、アルトは三次元測定のスキルがあったよな。蒸気機関車を測定できるのか?」
オッティが俺の所に来て、スキルで測定が可能か聞いてきた。
最大測定サイズがわからないが、やってみる価値はあるな。
「ちょっと今やってみるよ」
俺は直ぐにスキルを発動して測定を開始した。
すると、問題なく測定が出来た。
「大丈夫だ。このサイズでも測定できたよ」
「そうか。じゃあ、測定はアルトにお願いしよう。後でそれを製図担当に伝えてくれ」
「わかったよ」
こうして完成車両の測定が終わると、徐々に分解しながら次々と測定をした。
便利なもので、測定結果はスキルが保存してくれるので、忘れてしまうということがない。
測定をまずは終わらせて、後から図面描く担当者に伝えればいいので、比較的早く終わった。
ドワーフ達は加工方法をああでもない、こうでもないと議論している。
そっちは専門家に任せよう。
俺はオッティと製図の担当者とともに製図室に入った。
そこで俺が測定した結果を伝えて、図面を描いていく。
しかし、そこで問題が起こった。
「この車両の部品や組み立ての公差はどうする?」
俺はオッティに訊ねた。
「それは考えていなかったな。設計者に考えさせようか」
そう言って製図をしている担当者を見た。
彼は慌てて首を左右に激しく振る。
「無理ですよ。初めて見るのに公差を決めるなんて」
「だそうだ。アルトが品質管理の観点から公差を決めたらいい」
オッティが無責任なことを言うのでイラっと来た。
「それは違うだろ。品質管理は決められた公差を管理させるのが仕事だ。品質管理が公差を決めるようになったら仕事内容が変わっちゃうだろう」
ああ、そういえば前世でも結構あったな。
公差が決まっていない治具について、会議ですぐに設計と生産技術が逃げちゃうのが。
一般公差では緩すぎて駄目なのだが、じゃあどうするというと誰も責任を取りたくないから逃げ出す。
俺に決めろっていうから、公差を±0.005にしろって言ったら、そんなの無理だとか言い始めたんだよな。
俺に決定権があるのだから、反論は許さなかったが、その後どういうわけか俺が担当から外されて、設計が公差を設定していた。
やればできるじゃねーかよ。
ってなことを思い出したのだが、今それをここで言っても始まらない。
いや、関係者のオッティがいるから始まるな。
終わらないけど。
「一般公差にしようよ」
「そうだな」
俺の提案にオッティが納得した。
一般公差とは、全ての図面寸法に公差をうたうのが面倒なので出来た公差の事だ。
異論は認めない。
というか、なんで俺が公差を提案しているんだよ。
※作者の独り言
設計や生産技術が公差を決められないからって、なんでこちらに仕事を持ってくるんでしょうかね。
頭に来たので「仕事ができないなら辞めてくれると助かるんだけど。あんたの年収で外の設計事務所に仕事を発注するから」って言ったことも何度か。
次は測定依頼が来たら「俺には無理だから自分で測れ」って言ってやろうかな。
というくらいに、弊社の設計者は能力が無かったり。
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