第187話 ダブルチェック信者とかめんどくせえ
エレメント会議では、メキシコの冒険者ギルドの職員であるターセルがいた
「久しぶり」
ターセルはこちらに気づくと右手を挙げて挨拶をしてくる。
「やあ、この会議にはターセルが出ていたのか」
「ああ、年寄連中は面倒な事は若手に押し付けるからな。この会議に出ても手柄にならないから、俺に押し付けたってわけさ」
そう言って苦笑いする。
どこでもいっしょだな。
俺も苦笑した。
「まあ、そんな話はいい。実は俺のところの冒険者ギルドでも、ステラを真似して不具合対策部署を設置したんだ。品質管理って言葉は理解されなかったから、そういう名称になったんだがな」
ターセルが真顔になった。
どうやら本気で品質管理をするつもりらしい。
「既に改善した事例はあるかい?」
俺は気になったので、活動内容を訊いてみた。
「この前素材の買取金額を間違えたのがあったので、ダブルチェックをするようにしたんだ」
自信満々にターセルが言うので、不具合内容と対策を訊いてみた。
オークの肉の買取価格が通常の3倍になっており、買い取った素材を売却した時に数字が合わないので、支払い額を再確認したところ、間違いが発覚したのだという。
尚、買取部門の人間と冒険者には関係はなく、裏取引も無かったので、単純に間違っただけだというのもわかっているそうだ。
で、その対策というのがダブルチェックなのだと胸を張っていた。
曰く、買取記録にダブルチェックした職員のサインもしているから完璧なんだとか。
それは暫定対策であって、恒久対策じゃないんだよな。
前世でもダブルチェックは完璧ではなかった。
さらに言えば、トリプルチェックでも流出してしまったことだってある。
一番ひどかったのは、員数間違いの流出があって、ダブルチェックにしたが、ダブルチェックで間違いを一度も検出できなかったってやつだな。
流出でなんとかしようとするのではなく、発生源で対策をしなければならないといういい見本だ。
そう、ダブルチェックはあくまでも、不具合を流出させないだけであって、不具合を発生させないわけではない。
今回の問題は、買取価格を間違ったことが発端だ。
それを対策しない限り、同じミスは繰り返される。
今回はなぜ買取価格を3倍の金額にしたのか、まずは聞き取りをして確認をしなければならない。
まあ、経験から3キロとか30キロの重量だったからという事ではないかな。
秤に買取価格が表示できるなら間違わないのだろうけど、ここでそんなものを作ることが出来るのかはわからない。
できそうなのは、買取品の看板表示だろうか。
工場では、現在生産中の品番をラインサイドに表示することがある。
品番とは製品にふられた番号のことであり、製品名(品名)よりもこの品番で呼ぶことが一般的だな。
例えば「キャップ」という名前の製品は多数存在するので、「キャップ」と言ってもどれを指しているのかわからないのだ。
この生産している品番をラインサイドに表示することで、作業者が類似品と勘違いすることを防止するのだ。
まあ、ぱっと見で何を生産しているのかわかるようにするという意味もあるけど。
そのように看板表示を行い、そこに買取単価も最初から記入しておけば、勘違いを防止するのに役立つだろう。
左右対象品で、作業者が勘違いして逆の製品を生産しようとしたのを、この看板で未然に防ぐことが出来たのが何度かあったしな。
それでも勘違いがゼロになるわけではないが。
買取価格が頻繁に変わらないならば、という条件は付くけど。
ということをターセルに説明した。
「ダブルチェックは完璧じゃないんですね……」
ターセルは肩を落とすが、こればかりは経験だよと慰めておいた。
※作者の独り言
妻の出産時にオキシトシンを誘発剤として投与しましたが、投与量を30分ごとに増やしていきました。
点滴に取り付けられた機械の数値を30分ごとに上昇させるのですが、間違うと危険なので、機械にダブルチェック用のチェックシートが掛けてあったのですが、助産師が数値を変更してから90分ダブルチェックを誰もしなかったのを目撃しました。
90分後に後からダブルチェック欄に記入しているけど、その時は既に数値が変わっていて、過去の数値は確認できないだろうと。
工業製品と違い、人命はロットアウト出来ないのに、それでいいのかと。
深夜で人員も少ないのでしょうけど、ダブルチェックできる環境かどうかも考える必要がありますね。
弊社でも暫定対策のダブルチェック要員が足りないなんてのが何度かありましたね。
結局ダブルチェックをしたことにしちゃえっていう。
なるべくダブルチェックはやりたくないんですよね。
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