第131話 戦争と平和

 状況は極めて良くなかった。

 こちらが独自に用意できる兵力はおおよそ300人。

 それに対して相手側のカジャールは20,000人を動員してきそうだというのだ。

 勿論傭兵も募集しているのだが、相手側の募集条件のほうがよいので、そちらに流れてしまっている。

 期間工や派遣社員が大手の企業に流れるのと一緒だな。

 残ったのは能力の低い連中ばかりである。

 敢えて言おう、カスであると!

 あれ、これ前世と一緒じゃね?


「で、そんな兵力差で戦って勝てるのか?籠城したとしてもあっという間に城門を突破されそうだけど」


 俺はオッティに訊いた。


「攻撃三倍の法則で考えたら無理だな」

「開戦 劈頭へきとうで全戦力を奇襲作戦にあててぶつかっても、カジャールを殲滅できるはずもない」


 攻撃三倍の法則とは、攻撃側が守備側の三倍の兵力が必要という奴だ。

 銀英伝で読んだから間違いない。

 オッティからも、カイロン侯爵からも否定的な意見がでる。


「今の弱腰の議論は一体何であるかッ!!!それでも貴様らは軍人か!!!!」


 そう発言したのはオーリスだ。


「軍人じゃないんだけどな」

「そうでした。テヘペロ」


 どこでそんな台詞を覚えてくるんだよ。


「オーリスか。流石の貴様でもカジャールに勝つことはできまい」


 カイロン侯爵は憮然とした表情でオーリスを見る。


「カジャールに勝つことはできます」

「どうやら根拠があるようだな」

「ええ」


 そう言ってオーリスは作戦を説明した。

 俺とグレイスとで敵の眼前に出向き、グレイスを神の御使いとして演出し、敵軍を混乱させるというものだ。

 できれば出陣してきた王族あたりを捕縛まで出来たら最高だとか。

 そこまで出来なくても、俺のスキルを神罰と勘違いさせられれば十分なんだとか。

 じゃあ俺一人でいいじゃんと思ったが、こういうのは女性の方が効果的なんだとか。


「この作戦を鯖ティッシュ作戦と命名します」


 オーリスがそう宣言するのを聞いて、俺はオッティを睨んだ。

 この命名からして、裏でオッティがオーリスに指示していたのは間違いない。

 オッティは俺が睨んだら、涼しい顔でしてやったりって感じだ。


「ウランで作った巨大なブロックゲージを大気圏外から落とせばいいんですよ」


 オッティが言わんとすることはわかる。


「なんでこんな物をカジャールに落とす?これでは、カジャールが寒くなって人が住めなくなる。核の冬が来るぞ」

「カジャールに住む者は自分達の事しか考えていない、だから抹殺すると宣言した」

「人が人に罰を与えるなどと」

「エゴでゴメン」

「自分で言うなー!!」

「はいはい、おふざけはそこまで」


 グレイスに注意された。

 オッティに付き合ったせいでこれだよ。


「命がかかっているんだから、少しは真面目にやりなさい」

「はい」


 そう、悲しいけどこれ戦争なのよね。

 グレイスも命がかかっているんだから真剣になるよな。


「つまり領軍50人を引き連れて、神の力を見せて撃退してくると」

「簡単でしょ」


 オーリスの辞書にある簡単と謂う単語の意味を書き換えないとだめだな。

 20,000人の敵の中に50人で飛び込んで行くのが簡単な訳がない。


「戦争は数だよ兄貴!」

「誰が兄貴だよ」


 俺が恨みがましくオッティを睨んだが、相変わらず受け流されてしまう。

 行くしかないのか。


「さて、時間がない。さっさと女神の乗り物をつくるとしようか」

「なんだよそれは」


 オッティのいうことは初耳だ。

 女神の乗り物ってなんだろう?


「アポロンが引いていた太陽を乗せていたような馬車だな。既に砂型鋳造でつかう木型は準備してある」

「随分と手際がいいな」

「あとはお前のスキルでオリハルコンのインゴットを作ってくれたら完成だ」

「オリハルコンって砂型鋳造できるの?」

「JIS規格には載ってないが大丈夫だ」

「まあ、失敗したところでどうってことはないか」

「それと馬をゴーレムにする。御者がいないからな」

「それもオリハルコンで?」

「もちろん。そちらも既に木型が用意されている」


 木型があるのはいいのだが、オリハルコンの融点って何度だよ。

 オリハルコンの剣が存在するんだから、人間が作り出せる熱量で何とかなるのだろうけど。

 次のJIS規格の改定で、是非ともオリハルコンも追加してほしい。


「そういや二班にタナカっていたよな」


 オッティが突然そんなことを言い始めた。


「ああ、覚えているよ。ちょっと変わったやつだったな」

「あいつさ、戦車の部品を作る時に『僕は人殺しの道具なんて作りたくありません』って言って異動を願い出たんだぞ」

「まあそういう考えがあるのもわかるよ」

「だけどな、異動した先の部署は工作機械の部品を作っているんだが、それが各国で兵器の部品を加工しているんだ。それを言ったら『工作機械が人を殺すわけじゃない』って言うんだ。あいつの中の基準が自分に都合よすぎだろ」

「へー。そんなことがあったんだ」

「あいつの親が学生運動のグループの書記だったとかで、警察官を殴る鉄パイプと、火炎瓶も平和の為だからオッケーなんだと」

「関わり合いにならなくて良かったわ」


 ちょっとだけそんな昔話をしながら加工を進める。

 そうして、オリハルコンゴーレムの馬が引くオリハルコンの馬車が完成する。

 これだけで国が一つ買えるくらいの金額になるのだろうけど、少しは自重しようと思わなかったのだろうか?

 神の御使いならこれくらいが普通なのかな?

 因みに、板バネによるサスペンションが取り付けられているので、乗り心地はかなりよい。

 FTAを実施して、完璧なものを作るべきだという意見を述べたが、オッティから時間がないと却下されてしまった。

 今にも敵が越境してきそうなので、完成と同時に出発だ。

 これって、新規立ち上げで時間がないから十分な検証をしないで、製造移管をして失敗したのと同じことを繰り返しているよね。


 尚、今回は輜重部隊はなしだ。

 輜重部隊なしなのは、俺の収納魔法があるからってことらしい。

 全員分の水と食料を持たされる。

 俺が死んだらどうするつもりだ?

 多分そんなことを考えてないんだろうな。

 そんなわけで、水行10日、陸行1月の道のりをって邪馬台国やないかーい。

 ノリ突っ込み終わり。

 強行軍で移動し、5日で国境の砦に到着した。

 砦の守備兵力は20人程度。

 以前はもっと多かったそうなのだが、フォルテ公爵の乱で国境警備の兵も大幅に減少してしまったというのだ。

 俺達が到着するとたいそう喜んでくれた。

 だが、これ以上の増援はないと聞いて落胆する。


「落胆することはありません」


 グレイスがそういう。

 ここではグレイスの顔はばれているので、兵士たちの視線がいたい。

 何せ悪役令嬢であり、領地でもわがまま三昧だったのだ。

 そして先の反乱で親は失脚。

 怨嗟を一手に引き受ける存在である。

 カイロン侯爵のスタッフとして、ずっと裏方で働いてきたが、ここにきて表に出てこざるを得ない状況になったのだが、当然積年の恨みは晴れるものではない。


「皆さんが私のことを恨むのももっともです。しかし、私は以前の私ではありません。反乱の首謀者の家族として処刑されるところを神によって救われたのです。その時今後は領民のために生きなさいと言われました。今こそそれを行動で示すときなのです。神によって授けられた力を使って」


 グレイスはそういうと、兵士たちに気づかれないように俺に合図した。

 俺はその合図を受けて、近くの川の中にカリウムのブロックゲージを作り出した。

 カリウムなので、当然水と反応して大爆発をする。

 飛び散る水しぶきと爆音に兵士たちは言葉を失った。


「カジャールに神罰を与えてやります」


 ワーっという歓声に包まれた。

 その数時間後、カジャールの先陣が到着した。

 いよいよだな。

 俺とグレイスが馬車に乗って砦の少し前に陣取る。

 相手は見た感じ、1,000人程度かな。

 敵兵とにらみ合いになるが、向こうはこちらが二人しかいないので、完全に油断しきっているな。


「俺、この戦争が終わったら、故郷に帰って畑でも耕して暮らそうと思うんだ」

「あら、そんな夢があったの」


 駄目だ、グレイスはお約束がわかってない。

 そうこうしているうちに彼我の距離が縮まる。


「それでは始めましょうか」

「そうだね」


 グレイスが大声を張り上げる。


「カジャールの兵士達よ、聞け!私はこの戦を止めるために神より遣わされた。今より作り出す印よりこちらに侵入した者には天罰を与える」


 俺はその口上が終わるのを待って、花崗岩の定盤を道の脇に作り出した。

 1000*2000ミリの定盤が縦に出現する。

 尚、厚みは300ミリだ。

 三次元測定機に使いたい。

 あちらさんにどよめきが湧く。

 神通力っぽいよね。

 こんな魔法存在しないし。


「こんなものはまやかしである。進め!」


 向こうの指揮官がそう指示を出した。

 最初に定盤を越えてきたのは奴隷だろうか。

 戦闘奴隷として、戦場では危険な先駆けを任される。

 可哀想だが、俺のフッ化水素で死んでもらう。


「ぎゃあ」

「ぐわっ」


 越えてきた者全員が苦しみながら死んだ。


「まさか、本当に神罰?」

「そんなわけあるかよ」


 そんな声がこちらまで届く。

 動揺しているな。


「さあ、引きなさい。さもなくばそちら側にいても神罰を与えますよ」


 グレイスもノリノリだな。

 さて、諦めの悪い指揮官を潰すか。

 勿論物理的に。

 そう、今度は指揮官の上に鋳鉄の定盤を作り出す。

 クレーンで玉掛けして吊っているわけではないので、出現と同時に落下して指揮官をプチっと潰す。

 つい最近もこんな労災ありましたね。

 ヘルメット着用を義務付けっていうけど、上から数トンの金型が落下してきたら、ヘルメットあってもなくても一緒だよ。

 ゼロ災で行こう、よし!

 敵兵は指揮官が死亡したのを見て、一斉に逃げ出した。

 神罰って信じてくれたようだな。

 今のうちに死亡した連中の装備を確認する。


「質の悪い鉄のショートソードに革の鎧か。鉄は炭素が入っていないから焼入れもできそうにないな。奴隷に持たせるのはこの程度でいいと思っているのか、それとも基礎工業力が低いのか」


 古墳時代の鉄剣の方がましじゃないかと思えるような鉄で作られている武器しか持っていない理由がよくわからない。

 指揮官はぺっちゃんこになっているので、確認のしようもないので諦めた。

 二時間もすると今度は本隊が到着する。

 退却した連中の報告を聞いて尚向かってくるのか。

 でも、いきなり神の御使いが現れて神罰をって言っても、信じてもらえないよね。

 それとも。20,000人もの兵力を率いてやってきて、高々300人程度の侯爵領も占領できないんじゃ国に帰っても笑いものになっちゃうから退却できないってことかな?


「カジャールの兵士達よ、聞け!私はこの戦を止めるために神より遣わされた。今より作り出す印よりこちらに侵入した者には天罰を与えー!!!!」


 グレイスが同じ口上を述べていたら、でっかい石が飛んできた。

 遠くから攻城兵器を使ってきたようだ。

 グレイスも驚きの声を上げてしまい、なんともしまらない。


 ゴン!!


 石はゴーレムの馬に当たった。

 鈍い音がする。

 だが、流石はオリハルコンだ、傷一つついていない。


「よし、トランスフォーム!」


 俺はゴーレムの馬に命令をした。

 するとゴーレムは馬から人型に変形する。

 やはり変形はトランスフォームに限る。


「見とれてないで次の命令を出しなさいよ」


 おっと、ゴーレムの造形美に見とれていたらグレイスから怒られてしまった。

 アルト、戦いの中で戦いを忘れた。

 真面目にやろう。

 【テーパーゲージ作成】スキルを使って、円筒テーパーゲージを作成する。

 素材はオリハルコンだ。

 円筒テーパーゲージっていうのは指のサイズを測るときに使う円錐形のテーパーゲージである。

 ランスに似た形をしている。

 そうだ、これを騎馳駆皇きちくおうランスと命名しよう。

 ごめん、真面目にやるって言ったばかりなのに。

 ゴーレムに与えた命令はいたって単純、「敵を蹂躙せよ」だ。

 敵陣に突入してランスを振るって暴れまわるだけ。

 反撃を食らうが、攻城兵器ですら傷をつけられなかったオリハルコンのゴーレムに、ダメージを与えられる敵兵などいない。

 時々こちらに向かってくる奴もいるが、フッ化水素とピクリン酸の爆発で撃退している。

 まあ、地獄絵図だ。

 早いところ撤退を決めたほうがいいんだろうけど、こちらは二人と一匹だし、数で押せばなんとかなると思っているのかな。


「中々諦めないわね」


 グレイスが親指の爪を噛む。

 イラついているのかな。


「アルト、印の向こう側も神罰を与えて」

「ウィ、マダム」

「誰がマダムよ!」


 余計な一言でした。

 敵の輜重部隊が運ぶ水瓶上空にマグネシウムで出来たテーパーゲージを発生させる。

 さらに、それを温度管理で高温に熱する。

 そして水瓶に突入。


 ドカーン!!


 高温のマグネシウムと水が接触し大爆発をする。


「どうしてそんな死んだ魚のような目をしているの?」


 グレイスが心配そうに俺の顔をのぞき込む。


「昔マグネシウムを加工していた時に、火が付いちゃってね。消火剤を掛けても消火できなかったんだ。それで火事になっちゃうと思って、燃えるマグネシウムをステンレスのトレーに乗せて、工場の外に持ち出したんだけど、運悪く雨が降っていてね。雨がマグネシウムに当たって爆発したんだ。幸いけが人はいなかったけど、駆け付けた消防にめちゃくちゃ怒られた」

「そう……」


 なんて会話をしていたら、カジャール軍が一人、また一人と戦場から逃げ出していく。

 やはり爆発は人の心に恐怖を植え付けるな。

 もう一押しだ。

 空中に広範囲にピクリン酸を生成して、再びアツアツのマグネシウムをそこに突入させた。


「えぇい、ファンネル達……一番熱量の高いミサイルだ……当たれぇぇっ!」

「ミサイルなんて無いわよ」

「……はい」


 折角ノリノリでやっているのに、グレイスはロマンがわからないな。

 まったく。

 そんな心を折られた俺にお構いなしに、空中でピクリン酸が大爆発をする。

 ピクリン酸は300度以上で爆発するので要注意や!


 結局それが決め手となり、カジャール軍の敗走が始まる。

 大混乱の中、騎乗にて踏みとどまるように号令をかけているのが司令官かな?

 規模的に王族か有力貴族だと思うので、ゴーレムに指示して回収させた。

 護衛も逃げ出しているし、簡単なお仕事ですね。

 敵軍を追い払ったので、俺とグレイスの仕事は終わりだ。

 砦にいる兵士にお願いして、怪我人の回収やら司令官の捕縛やらをお願いしてさっさと撤収だ。


 3週間後、王都で講和会議が開催された。

 捕まえた司令官はやはりカジャールの王族ということで、身代金をかなりひっぱれたとのこと。

 神の御使いが本物かどうかでかなり会議が紛糾したらしいのだが、カイロン伯爵の「本物です」発言を否定できるだけの材料が無かったので、本物ということで処理された。

 グレイスはνグレイスとして認識され、悪役令嬢から中身が入れ替わったという設定が公式のものとなった。

 今では聖女扱いである。

 裏では証券取引所が開設されたら、MSCBやMSSOで荒稼ぎしようとしている女なのにね。

 俺はというと、講和会議に出る必要もないので、さっさとステラに帰って来ていた。

 講和会議の内容についてはオーリスに教えてもらったことである。

 一か月以上休んでいたせいで、対策をしなければならない不具合が沢山溜まっている。

 お前ら、いい加減自分達で対策を立てられるようになれよな。



品質管理レベル38

スキル

 作業標準書

 作業標準書(改)

 温度測定

 荷重測定

 硬度測定

 コンタミ測定 new!

 三次元測定

 重量測定

 照度測定

 投影機測定

 ノギス測定

 pH測定

 輪郭測定

 マクロ試験

 塩水噴霧試験

 振動試験

 引張試験

 電子顕微鏡

 温度管理

 照度管理

 レントゲン検査

 蛍光X線分析

 粗さ標準片作成

 ガバリ作成 new!

 C面ゲージ作成

 シックネスゲージ作成

 定盤作成

 テーパーゲージ作成

 ネジゲージ作成

 ピンゲージ作成

 ブロックゲージ作成

 溶接ゲージ作成

 リングゲージ作成

 ラディアスゲージ作成

 ゲージR&R

 品質偽装

 リコール


※作者の独り言

マグネシウムに火がついてしまい、消火剤をかけても消火できなかったので、雨が降る中建物から持ち出したら大爆発した話を聞きました。

死ななくて良かったですね。

カリウム、ナトリウムはもっと危ないので、取り扱いは要注意ですね。

っていうか、近寄りたくない。

それと、防衛関連はとても情報管理がうるさいので、この話はあくまでもフィクションという事をご理解ください。

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