第79話 特急品だからといって
「急がせたのはそっちだろう!」
「だからと謂って不良品でもいいって訳じゃねーんだよ!!」
今日も冒険者ギルド内で元気な声が聞こえてくる。
元気は良いが、どう見ても喧嘩だな。
片方は罠師のクラフトだ。
その相手はジュークである。
何のことで揉めているのかは知らないが、関わらないのに越したことはない。
電磁ナイフのドグみたいになりたくないからな。
言っておくが、俺は犬に似ている訳でも、犬が俺に似ている訳でもないぞ。
「何があったのかしらね」
室内に響く怒声を聞いて、シルビアもやってきた。
「さあ、でもお互いに納得いくまで話し合ったらいいさ」
「話し合いって雰囲気じゃないわね。止めに行くわよ」
シルビアはそう言って俺の腕を引っ張り、二人の元へと向かう。
勘弁してください。
「どうしたっていうのよ。大きな声を上げるからみんな迷惑しているじゃない」
「うるせぇ!引っ込んでろ」
シルビアが優しく言ってあげたのに、クラフトは勢いよく啖呵を切る。
「あ゛?誰に口を聞いてるのかしら?」
シルビアが凄む。
漫画だったら額に青筋立っているな。
「シルビア……」
クラフトもようやく自分が誰に対して啖呵を切ったのか理解したようだ。
今までよりも声のトーンが落ちた。
あれでシルビアに向かっていくようなら大したものだが、その時は医者よりも葬儀屋を呼んだ方が早いだろう。
「まあまあ、言い争っていた訳を教えてくれないか」
俺がシルビアとクラフトの間に割って入り、一先ず揉めている原因を確認する。
「冒険者ギルドに新しい罠を頼んだんだ。とらばさみなんだが、獲物が罠を踏んでも動かなかったんだよ」
とクラフト。
因みに、この時代には強力なバネが無いので、とらばさみは魔力で動く。
罠の中心を獲物が踏むと、魔法陣に魔力が流れて罠部が動いて獲物を挟むというわけだ。
発条のスキルだれか持っていないかな。
発情なら任せとけ、アルトです。
……
話を元に戻そう。
「つまり不良品だったから怒っている訳だ」
「そうだ」
成程、それなら怒るのもわかる。
「ジューク、不良品を売ってしまったなら仕方ないだろう」
「それがなー、とらばさみの罠が丁度売り切れてて、新しいのを賢者の学院に頼もうとしていたところだったんだよ。クラフトがどうしても急ぎでというから、賢者の学院に急がせたら魔力を付与し忘れたって訳さ。俺も賢者の学院に文句を言いたいが、急ぎは出来ないって言われたのを無理に頼んだ手前、何も言えないわけよ。最初に無理を言ったのはクラフトなんだからな」
「そういうことか」
なんとなく事情がわかった。
クラフトが急ぎで罠が欲しいという事情があり、ジュークに無理矢理急ぎでお願いしたわけだ。
ジュークも賢者の学院に頭を下げて、特急対応してもらったので、それが不良品であっても文句が言えない。
よくあるシチュエーションだな。
特急品で不具合が出る理由は簡単だ。
確認する時間がないからである。
それは加工条件であったり、完成品検査の確認時間である。
そして、特急品で不具合が出ると決まって「急がせたのが悪い」、「不良を作ってもいいから急げと言ったわけじゃない」の言い合いである。
対策として、特急品は受け付けないっていう会社もあるくらい揉める。
俺は前世で、某大手メーカーが大陸のあの国で作る製品の品質が悪く、国内に生産ラインを作るから、それが完成するまでの間、急ぎで試作品を作って欲しいと頼まれた仕事があった。
あまりにも急ぎのため、出荷検査の時間すらなかったのだが、その結果某大手メーカーで受入検査を実施することになった。
生産ライン完成後に、受入検査費用を請求されて、取引を止めたのはいい思い出です。
だから特急対応はしなくなるんだよね。
「さて、お互い急ぎになった原因を潰していこうか。特急にならなければどうという事はない品物だ。クラフトが急ぎで罠が必要になったのも、ジュークが罠を切らせてしまったのも対策をすれば、賢者の学院に急ぎの仕事をさせなくても済むだろう」
この場は私が仕切らせていただきます。
「俺は彼女の誕生日までに、プレゼントを買いたくて、急いで金を稼ぐ必要があったんだ」
クラフトは答える。
「それは真の原因ではないね。まずはどうして罠を切らせてしまったのかを考えようじゃないか」
「罠を買うには金がかかる。俺みたいな等級が低い冒険者には、罠を沢山買うような金はない。だから無くなったら新しく買うようにしているんだ」
「でも、買う時はまとめ買いだろ?」
「そうだな」
「冒険者ギルドの売店では、一個から買えるんだから、まとめて買っても、一個一個買ってもいいじゃないか」
「うっ……」
とらばさみのリードタイムがどれくらいだか知らんが、常に回転在庫を持って冒険をしていれば、売店で売り切れになっていたとしても、一日二日は乗り切れるだろう。
発注トリガーを決めて、ゼロになる前に補充するようにしていけばいい。
「次はジュークだな。どうして品切れになったんだ?」
「最近は迷宮鮟鱇が大量発生していて、そのせいでとらばさみの売れ行きが良くなったんだ。そろそろ仕入れる量を増やそうと思っていたところだったんだよ」
とある佐吉の超管理法を知っていれば、そんな雑な仕入れ量の決め方なんてしないぞ。
というか、お前俺の考えたポーションの発注方法を水平展開するつもりはないのか?
「ポーションの発注にトレーを使う話をしたよね。覚えている?」
「ああ、毎日やっているよ」
「それを他のアイテムにも水平展開したらどうかな」
「え、ポーションの発注以外にも使えるの?」
「当たり前だよ」
なんだかとても疲れるやり取りだ。
水平展開できるかできないか少しは考えて欲しい。
「発注のトリガーになる通い箱の数を決めようか。それで、売れ行きが良くなれば通い箱の数が足りなくなるから、そうなったら通い箱を増やせばいいんじゃないかな。通い箱が停滞するような数を減らして調整してね。人の感覚に頼らなくてもすむでしょう」
「なるほど」
それでも急ぎが無くなるわけではないが、少しは急ぎになる原因を潰せたと思う。
双方に非があるとなって、その場は収まった。
後日、ティーノの店でシルビアと食事をしていると、サイノスとカレンがやってきた。
「この前はごめんなさい」
「なんの事?」
カレンにいきなり謝られたのだが、何の事だか身に覚えがない。
「とらばさみの付与忘れよ」
「ああ、あのことね」
「サイノスが作業していたんだけど、その時私が次の旅行について相談したら、付与を忘れて出荷しちゃったのよ」
「は?」
俺は一瞬硬直した。
作業者への声掛けは禁止です!
あと、職場でのイチャラブも!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます