第32話 メッキが剥がれる

「最近このステラの街を騒がせているのが怪盗ラパンなのよ」

「怪盗ラパン?」

「神出鬼没で変装の名人。誰もその素顔を見たものは居ないわ。衛兵も賞金をかけて追っているの」


 俺はシルビアと仕事の後で一緒にお酒を飲みに来ていた。

 そこで出た話題が怪盗ラパンである。

 ラパンがいるならとっつぁんも出てくるのかな?


「でも、誰も見たこと無いんじゃ、ラパンを捕まえても本人かどうか判らないだろう」

「言われてみればそうね」


 この世界の懸賞金大丈夫なのか?

 などとシルビアと会話をしていたら、時刻は夜の10時を過ぎ、そろそろ帰ろうかという時刻である。

 ほら、ただの職場の同僚と食事に来ただけだから、この後の展開なんてないんですよ。

 エッチなのはいけないと思います。


「さて、そろそろ帰ろうか」

「そうね」


 俺達が席を立ったところで外から声が聞こえた。


「ラパンが出たぞー」


 それを聞いて二人で顔を見合わせた。

 あちらこちらから衛兵と思われる声が聞こえる。


「行くわよ」

「え、お酒飲んでいるのに?」

「お酒飲んで走れなくなるほどやわじゃないわ」


 体に悪いと思うけどな。

 俺達は急いでお金を払って店を出た。

 外に出るとトーチを手にした衛兵達が、屋根伝いに逃げていく影を指差していた。


「追うわよ」

「うん」


 言ったときには既に走り出していたシルビアの後を追う。

 お酒がお腹の中で暴れて辛い。


「あ、あっちの屋根から飛び降りたわ」


 シルビアの言うように、屋根の上を走っていた影が消えた。

 どうやら下に降りたようだ。

 急いでそちらの路地へと向かった。

 そこで俺が見た光景は


「ラパンを追っていたらとんでもないものを見つけてしまった。どうしよう」

「どうしようじゃないわよ、女の子が襲われているのよ。助けるに決まっているでしょう」


 そう、女の子が二人の男に襲われていたのである。

 いや、まだ無事だ。

 服も破れていないし、怪我もしていない。


「なんだ、てめぇら」


 片方の男が俺達を睨む。


「どちらが悪いのか判らないが、どうみてもお前らが悪いとしか思えない。覚悟しろ」


 と、俺が言い終わると同時に、男達は地面に倒れていた。

 シルビアさん素敵。


「お嬢さん、大丈夫でしたか?」

「あ、ありがとうございます」


 女の子は一瞬で男達を倒したシルビアに、若干の恐怖を感じているのか、顔は強張っている。

 いや、襲われそうになった恐怖からだろうな。


「ところで、こっちに屋根から降りてきた人が来なかったかしら?」

「いえ、その様な人は見ませんでした」

「そう。じゃあ完全に見失ったわね、折角捕まえてやろうと思ったのに」


 シルビアの言うように、ラパンの足取りが消えてしまったので、彼?を捕まえるのは無理だな。

 今日のところは彼女を家まで送っていくくらいしかやることがない。


「こんな夜中に女の子一人じゃ危ないから家まで送っていくよ」

「ありがとうございます」


 こうして俺とシルビアは女の子を家まで送っていくことになった。

 彼女の案内でついていくと、どんどんと高級住宅街に入っていく。

 実はいいところのお嬢さんなのかな?

 その答えはすぐにやってきた。


「ここが私の家です。ありがとうございました」

「ここって……」

「知っているのか、シルビア」


 ついつい次に民明書房の解説が出てきそうな聞き方になってしまった。

 女の子が自分の家だと言ったのは、ステラではかなり大きい部類に入る家だった。

 シルビアはここが誰の家なのか知っているのか。


「カイロン伯爵邸よ」

「えっ」


 俺は面食らった。

 彼女はカイロン伯爵の娘なのか。

 いや、伯爵はロリコンと相場が決まっている。

 嫁の可能性だってあるぞ。


「カイロン伯爵は私の父です。私はオーリス。本日はありがとうございました」

「はぁ……」


 驚きの余り、それ以上の言葉が出なかった。


「あ、それとこの金貨なのですが、先程の男達が持っていたのですが、なんだか違和感がありますの。調べていただけますか」

「はい」


 俺はオーリスが差し出した金貨を受け取った。

 なんとなく違和感がある。

 でも、金貨なんて持ったことがないからよくわからない。


「調べるのに時間をいただけますか。今日はお酒を飲んでますから、明日から調査に取り掛かります」

「わかりました」


 その日はそれで別れた。

 その後シルビアを自宅まで送っていく。

 今頃になってお酒が全身に回ったようだ。

 やはり飲んだ後に激しく動くのはよくないな。

 シルビアを送り届け、自分の部屋に帰ると、先程預かった金貨が気になりそれを確認する。

 一箇所だけ少し色が違う気がするな。

 部屋の蝋燭の灯だとよくわからないが。

 まあいい、明日酒が抜けたらちゃんと調べよう。

 そう思ってベッドに横になった。


 翌日、冒険者ギルドに出勤して、ギルド長に事情を話して金貨を借りる。

 借りた金貨は正規のものであり、これと昨日の金貨を比較すれば違いがわかるだろう。

 借りた金貨は、重量が明らかに違う。

 これは贋金ってやつか?

 蛍光X線分析の結果、本物の金貨は純金なのに対して、オーリスから借りた金貨は鉄と銅と金で構成されている事がわかった。

 金と銅の比率が極端に小さい。

 所謂金メッキだな。

 銅ストライク処理がされているところを見ると、これはプロの仕業だ。

 ニッケルストライクの方が好ましいが、ニッケルがここでは入手出来ないのだろうな。

 前世でもニッケルの単体分離は18世紀にならないと無理だ。

 じゃあ、どうやって電気メッキをやったんだって話になるが、目の前の現物は間違いなく電気めっきである。

 昨夜色が違うと思っていたのはタッチ跡だったのだ。

 文明レベル的に、メッキならアマルガムメッキだと思っていたが、水銀の反応はないし、銅ストライクの説明もつかない。

 電気メッキっていうのは電気をつかってメッキする技術で、製品に電極を付けるので電極が当たった場所はメッキができないのだ。

 それをタッチ跡と呼んでいる。

 偽金貨のような外観部品?でタッチ跡は致命的な不具合だ。

 電気メッキは電気が発明されてから登場したので、比較的新しいメッキ方法だ。

 それに対してアマルガムメッキは水銀に金や銀を溶かすメッキだ。

 沸点の違いを利用して、水銀を蒸発させることでメッキする。

 かなり歴史の古いメッキだ。

 何故こんなものがと疑問に思うのだが、もっと疑問なのは


「怪盗ラパン、伯爵、オーリス、贋金。このキーワードはあれか?あれなのか?」


 俺は「そいつがラパンだ」と言いそうな予感を胸に抱いていた。

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