第14話 派生スキルはその名を口にしてはいけないものだった
※今回の話はフィクションであり、実在の人物・団体とは関係ありません。
迷宮から帰ってきた俺は二つの事で頭を悩ませていた。
現在は冒険者ギルドの相談窓口で、そろばんを弄くりながら悩みの解決方法を模索中だ。
ひとつは迷宮での死亡事故低減だ。
これは決まったパターンなど無いので、標準化するのも難しい。
KKDといわれる、勘、経験、度胸の世界だ。
たまたまオーガを倒せた剣技も、作業標準書に事細かく書いてあった訳ではない。
現場での閃きで、下半身を攻撃してからの、口内への一撃が思い付いただけだ。
こういうのは、標準化するわけではなく、事例集にまとめて、どこかで教育するのがいいんだよな。
訓練道場とか呼ばれている場所で、品質管理や生産技術の人間が、現場作業者に事例集を解説していたっけ。
今回の土壁設置なんかは、その好例と言えるんじゃないかな。
そこいらへんを報告書に纏めて、ギルド長に報告しよう。
もうひとつは、俺のスキルについての事で悩んでいる。
作業標準書からの派生スキルである、QC工程表を取得するか、新規のノギス測定を取得するかでだ。
派生スキルの系統はステータス画面で確認できるのだが、QC工程表を取得するとFMEA、FTA、工程フロー図と取得出来るようになる。
異世界での使い道がさっぱりわからない。
ノギス測定を取得すると、ハイトゲージ測定、三次元測定、輪郭測定、表面荒さ測定、顕微鏡測定、投影機測定、蛍光X線分析、振動試験、塩水噴霧試験、引っ張り試験、硬度測定など、これまた測定手段の無いようなスキルばかりである。
ハローワークの窓口で再就職先を探すのであれば、どれも取得しておきたいところだが、オーガと戦うのにノギスでどうしろと謂うのだ。
トレントみたいな植物には塩水噴霧が効きそうだけどな。
ん、塩水か。
そこで閃く。
内陸部であるステラは塩は商人が運んでくる貴重な調味料だ。
当然高額なものであり、尚且つ生活に欠かせない。
塩水噴霧試験スキルで塩水を精製できるのだとしたら、そこから塩を抽出してやれば良いのではないかな。
いや、あれは食塩じゃないから駄目か。
その他も、今の文明レベルでは使いそうもないものばかりだよな。
1ミリのズレすら気にしないのに、0.001ミリを求めてどうすると謂うのだ。
蛍光X線分析なら、鉱石の種類を判別するのに使えそうだな。
おや、見落としていたが、糖度測定なんてのも有るじゃないか。
料理人に頼み込んで、調理の作業標準書を作って、食堂経営ならできそうだ。
でも、それって俺が品質管理のジョブをもって転生した意味がないよな。
それに、もっと問題なのは測定系のスキルの派生で品質偽装だ。
それだけでもお腹いっぱいな単語なのに、それを取得すると、更にリコールのスキルがゲットできる。
品質管理業務に携わる人間として、一番関わり合いになりたくない単語だ。
監督官庁にばれないように、暗号化して連絡を取り合い、関係者以外には口外禁止というあれだ。
過去にリコールという単語をメールに入れた品質管理の担当者が、数日後には部署異動になったという話があるくらい口にしてはならないのだ。
もっとも、それほど危険な事案であるため、俺を解雇したらどうなるか判っているんだろうなと会社に圧力をかける、自爆テロに近い切り札になりうるものでもある。
重要保安部品のあれがあれとか、無資格のあれがあれとか、例を上げればきりがない。
※この物語はフィクションであり、実在する人物・団体・品質とは無関係です。
酷いところになると、重要保安部品の品質記録と、一般部品の品質記録を勘違いして、保管期間未到達なのに重要保安部品の品質記録を破棄したのを確認して、会社への嫌がらせのために、当該期間の品質が性能を満たしていないと車両メーカーや監督官庁に嘘の報告をするあれだ。
※この物語はフィクションであり(以下略)
リコールのスキルを使ってみたいが、何が起きるのだろうか。
どうも、思っていた異世界転生とは違うな。
転生者って、もっと自分のいた時代の知識を使って、異世界でチートの強さを示す者だと思っていたが、異世界人が持っていない知識があるからと謂って、チートの強さを発揮できる訳ではないのだよな。
何が悲しくて異世界まで来て品質偽装をせにゃならんのだ。
結局何の結論もでないので、暇つぶしに指で意味もなくそろばんの珠を弾く。
「なにしているのよ」
そこにシルビアがやって来た。
「これはね、東洋の計算機だよ」
「東洋って何を言っているの?そろばんでしょ」
うん、言ってみたかっただけだ。
前世でもそろばんの歴史は東洋の方が古いってわけでもない。
サラミスで紀元前300年頃のそろばんが発見されているのだ。
サラミスといっても、地球連邦政府の艦じゃないぞ。
そんなわけで、10世紀程度の文明レベルのこの世界にも、当然そろばんは存在する。
いや、そろばんのことなんてどうでもいいのだ。
今は目の前のシルビアだ。
今までとはちょっと雰囲気が違う。
なんとなくだが、角が取れて丸くなった感じがするな。
「この前はすまなかったな。助かった」
「ああ、そのことか」
「礼を言ってなかったのでな。それと……」
そこでシルビアが言い淀む。
なんだろう?
「今まで馬鹿にしてすまなかった」
そう言うと彼女は走り去った。
現場では走るのは禁止です!
冗談はさておき、俺に対する態度が変わったな。
最後のはちょっとぐっと来ちゃった。
鋤とか機雷とか言い出しちゃいそうだったな。
俺は心を落ち着かせるために、紅茶にブランデーを入れて飲んだ。
勤務中だけど……
※もう一度書いておきますが、この話はフィクションです。
リコールを隠している不届きな企業があるなんて、小説の中だけの話です。
ホワイト・ドラゴンさんに「この一件、私が仕切らせていただきます」って言われるような事は絶対にありえません。
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