第10話 淫夢

 セシルは引き込まれるように泉に沈んでいった。

 奇妙だった。メティスと水際で遊んだことがあるが、この泉は一番深いところでもセシルの腰までしかない。体すべてが沈んでもなお足がつかないなど、あるはずがなかった。

 けれどセシルをみつめる青年の蒼い瞳に、囚われてしまったようだった。自分でも息苦しいのかさえわからないまま、青い水の中に引きずり込まれていく。

 水底で、青年は王座に坐すように岩の上に掛けて、悠然とセシルを見ていた。

 ふいに泉の底から水草が伸びてきて、セシルの手足に巻き付いた。触れた途端、氷のようなその冷たさに震えた。 

 氷の水草は生き物のようにセシルの体をつたい、襟元や袖元からセシルのドレスの下に忍び込む。

 セシルの膝の裏をなで、脇腹をくすぐる。冷たい舌のようにざらついていて、触れたところからセシルの肌が粟立つ。みるみるうちに鎖のようにセシルの手足の自由を奪って、ほどけなくしてしまった。

 セシルに巻き付いたまま、水草は枝分かれしていく。足首に巻き付いていた水草は足指の股に入り込み、二の腕を縛っていた水草は薄い脇の下の肌を動物のように舐め上げた。

「や……!」

 事態の異常さに気付いて悲鳴を上げようとしたときは、遅かった。セシルの口に囚人にするように水草が入り込んで、声を封じてしまった。

 口の中で水草から蜜のような液がにじみ、セシルの喉に注ぎ込まれていく。たまらなく苦く、独特の臭気を放つそれを吐き出したいのに、無情にも喉の奥に押し込まれる。

 その間にも脇腹をくすぐっていた水草は上下に枝分かれして、上と下のふくらみに到達した。上のふくらみの柔らかさに気付くや否や、絞るように締め上げる。

 セシルは思わず塞がれた喉で悲鳴を上げて、哀れな防御本能で足を閉じた。それがかえって、水草にセシルの急所を教えることになった。

 下のふくらみを探っていた水草が、セシルの体内への入り口に気付いた。セルヴィウスが一度触れて、セシルが泣いて嫌がったために触れないと約束していた、もう一つの小さな入り口も。

 水草はセシルが嫌がる方を選んだ。セルヴィウスに繰り返し解きほぐされた花とは違って、固く道を閉ざしていたそこに、無遠慮に入り込む。

 たった一本の細い水草が入り込んだだけで、すさまじい嫌悪感がセシルを襲った。そこは忌むべきものを外に追い出す道としか思っていなかった。けれど水草は殊更そこを意識させるように、前後に行き来してセシルの嫌悪を煽る。

 二本、三本と内部を行きかう水草が増えたとき、セシルは子どものように泣きだしていた。水草はそこでも粘ついた蜜をにじませ、執拗にセシルの内部に塗り込める。今口の中に吐き出されている臭気と同じ匂いをそこでも放っていると思うと、まるで自分の体に汚物を注がれているようでたまらなく気分が悪かった。

 それでももっとセシルの心を蝕んだのは、そんな水草に次第に反応する自らの体だった。セシルの体内の道は水草の来訪を喜ぶように広がり、奥へ奥へと誘う。今や粘ついているのは水草の方ではなく、セシルの体内の壁の方だった。

 時々兄上が口にするように、自分の体はみだらなのだ。こんなものでも喜んで飲み込む、汚れた体なのだ……。セシルの心に絶望が迫った時、大きな波が襲ってきた。

 そのとき一体何本の水草が体内に入り込んでいたのかわからない。それらが一斉に、表面をけばだたせながら引き抜かれる。

 セシルの体内はそれを引き留めるように縮んで、葉を一枚一枚なぞりながら体外に産む。羊水のような体液をしたたらせながら、セシルの体は狂ったように震えた。

 嫌、こんなのはもう嫌……。永遠のような屈辱と嫌悪に涙をあふれさせながら、セシルの意識は暗く塗りつぶされていく。

 意識が途絶える寸前、碧玉の光が見えた気がした。宴のときに垣間見た人の瞳の色に似ていた。

 あんな綺麗な人に、こんな汚れた体ではとても近づけない……。悲鳴を飲み込んで、セシルの意識は完全に沈んだ。

 夜、熱に浮かされて目覚めたセシルは、ベッドの傍らに座っていたセルヴィウスに気付く。

「すまなかった。慣れない場で緊張させてしまったな」

 セルヴィウスは眉を寄せ、セシルの頬に触れながら言う。

「無理をせずともよい。そなたがひととき楽しめれば、それで」

 なじみ深い手のぬくもりに、セシルはいたたまれなくなった。弱々しくセルヴィウスの手を避けると、背を向けて体を丸める。

「ごめんなさい……」

 しゃくりあげるセシルに、セルヴィウスがいぶかしげに問う。

「どうした?」

 セルヴィウスの内心に違和感がよぎる。女官からの報告では、セシルは意識を失う前、メティスやルイジアナと楽しく話していたという。

 誰かがセシルを傷付けるようなことを言ったのだろうか。一言自分に告げればすぐにその者を遠ざけてやれるのだが、セシルの口から誰かを責める言葉は聞いたことがない。

 セシルはまるで汚れを嫌うように、しきりに夜着の上から自分の体に爪を立てる。セルヴィウスはそれに気づいて、その手をつかもうとした。

 びくりとセシルの体が震えた。怯えてセルヴィウスの手を振り払う。

 セルヴィウスの脳裏に、あってはならない想像が浮かんだ。自分を拒絶するような何かがあったのだ。

「……汗で夜着が湿って、気分が悪かろう」

 セルヴィウスは奇妙に優しい声で告げて、目を細める。

「不愉快なものは取ってやろうな」

 悲鳴を上げて逃れようとしたセシルをなだめながらも、片足をベッドの支柱に縛り付けてしまう。もう片方の足を大きく開かせて自らの膝で押さえ、閉じられなくすると、夜着を腰までたくし上げて灯りを近づけた。

「見ただけではわからぬか」

 熱源が近づく緊張と、視線を向けられる恐怖で、セシルのそこは哀れなほど震えていた。セルヴィウスは一拍考え、灯りを枕元に置いて、手をそこに押し当てる。

 セシルの内部に、慎重に指を差し込む。普段のように十分に解きほぐされていないために、そこはきつくセルヴィウスの侵入を拒む。セルヴィウスはもう片方の手でセシルが動かないように押さえながら、指を止めることなく奥まで伸ばす。

 セルヴィウスはほっと安堵の息を吐く。では、とセルヴィウスは指を抜きながら考える。

 ふとセルヴィウスはシーツが濡れていることに気付く。セシルの体内は、ほぐしていないためにいつものような蜜は出ていないはずだった。恐怖でそそうをさせてしまったかと後悔がよぎったが、その出所がもっと下にあることにも気づく。

「嫌ぁ!」

 かつてセルヴィウスが触れないと約束していた、もう一つの体内への入り口へ指先がかすめた。指先が濡れると同時に、セシルが過剰なほどの拒絶反応を示す。

「嫌! そこは触らないって言ったのに! や……!」

 セルヴィウスの体に直感が走った。誰かがここに触れた。自分ではない誰かが、セシルの内部に侵入したのだ。

 セルヴィウスの中にどす黒い感情が飛来する。

「セシル。何者がここに触れたのだ?」

 性急にそこに指を差し入れたにもかかわらず、セシルの内部は柔らかくそれを飲み込んだ。

 それどころか、指先に奇妙な塊がからむ。嫌がるセシルを押さえつけてそれをかき出すと、白濁した粘液の塊がシーツに落ちた。

「な……!」

 セルヴィウスは血の気をなくし、指を増やしてさらに奥を探った。どろりとした白濁液があふれてきて、臭気を放つ。

 これは一人の量ではない。セシルの側を離れていたのはほんの数刻のことだった。女官たちもついていたのに、なぜそんな凶行が起こったのか。

「……一人残らず」

 いや、もうすべきことは決まっている。関わった者すべて、極刑に処してやる。

「取って……」

 セルヴィウスが沸騰するような怒りを抱いたとき、泣いていたセシルが掠れた声で言葉をもらす。

「気持ち悪いの……。お腹の中にそんなもの、入れないで」

 熱が上がって来たのか、セシルは朦朧とした意識の中で歎願を口にする。

 上気して汗ばんだセシルの肌、もどかしげにシーツにこすりつけた腰、それを見ていて、セルヴィウスは怒りとないまぜの欲望を抱く。

「嫌……もう入れないで……」

 セシルの中に指を入れると、それはとろけるようにセルヴィウスの指にからんだ。セシルが嫌がったために素直に手を引いたのが今となっては惜しまれるほど、なまめかしい感触だった。

「取ってほしいのだな?」

 セシルは体での抵抗はやめていた。セルヴィウスはセシルの足首の拘束を解いてうつぶせにさせると、腹部の下にクッションを入れてその道が隠せないようにする。

 ろうそくの明かりの中にさらされた緊張からか、セシルの肌は粟立っていた。呼吸とともに怯えたように縮むそこに、セルヴィウスは暗い喜びを覚える。

「では、残らず取ってやらねばな」

 セシルの哀願が次第にすすり泣きに変わっていく。

 取って、抜いて、嫌、もう入れないで……。

 セルヴィウスは自分の言葉を違えず、セシルが防衛本能でにじませた水分さえ出尽くしても、セシルの中をかきだす手を止めなかった。

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