第2章

1.小さな窃盗事件。






「シオン君も、冒険者としての活動に慣れてきたみたいだね!」

「はい! 最初はどうなるか、って感じでしたけど……」


 僕が冒険者になってから、半月が経過した。

 クエストも回数を重ねるたびに、緊張しなくなってきている。それに何よりも、あの酒場で働いていた時とは打って変わって、毎日が楽しくて仕方ない。

 孤児院にできる仕送りの額も多くなったし、良いことづくめだった。


「さて、今日はどんなクエストにしようかな!」

「やあ! シオン君、今日も元気だね」

「おはようございます、コールさん!」


 うきうきとした足取りでギルドに向かうと、そこにはコールさんの姿。

 挨拶を交わすと、彼は満面の笑みを浮かべてこちらやってきた。


「ギルドにくるなんて、珍しいですね。どうされたんですか?」

「いやはや、少しばかり困ったことがあってね……」


 しかし、こちらが訊ねるとコールさんは困ったように頬を掻く。

 そして事情を説明し始めた。





「え、盗人……?」

「そうなんだよ。宿に置いていた荷物を、盗られてしまってね……」


 ――いやぁ、参ったよ。

 談話室にて、コールさんは笑いながらそう言った。

 なんでも金品含めて、研究資料の類も盗まれてしまったとか。それで、その犯人を捕まえてくれないか、という依頼をギルドに持ってきたとのこと。


「でも、困ったことに手付金を支払わないといけないらしくてね。いまの私は無一文だから、依頼を受理してもらえなかったんだ」

「それは、災難ですね……」


 僕は彼に、心の底から同情してしまった。

 隣に座るシーナさんは、どこか微笑んでいるような気もするけど。


「それで、どうするかは決まっているんですか?」

「あぁ、そうだね。いまから成功報酬のみで引き受けてくれる冒険者を探そうと思っていたところさ。もっとも、なかなか見つからないだろうけどね……」


 質問に対して、少しだけ沈んだ声色のコールさん。

 最悪、自分で解決するしかないと言って笑うが、友人が困っているのを無視はできなかった。だからつい、シーナさんに訊かずにこう言ってしまう。


「それだったら、僕たちが引き受けますよ!」――と。



◆◇◆



「ごめんなさい、シーナさん……」

「ううん、大丈夫だよ。シオン君なら、そう言うだろうなって思ってたし!」


 コールさんと別れてから数時間後。

 街を歩きながら、僕とシーナさんは情報収集を行っていた。勝手に引き受けたことを謝罪すると、彼女は気にしないでと、そう言って笑う。

 むしろ感心したと言ってくれるシーナさんは、本当に良い人だ。


「それにしても、調べて分かったけど小さな盗難事件が多発してるみたいだね」

「ですね。中心街だけで十件、ほかも含めるともっと……か」


 メモを見ながら、僕とシーナさんは頭を突き合せた。

 この街――リュートではいま、そこまで大きな額ではないが、盗難事件が多発しているとのこと。二人で調べただけでも、これだけの数が判明したのだ。

 もっと時間をかければ、それなりの件数になると思えた。


「でも、もう少し情報が必要だね。ここからは別行動で情報収集しようか」

「そうですね。そっちの方が効率良いですね」


 シーナさんの提案に、僕は頷く。

 さほど危険な調査でもないのだから、ここは手分けしたほうがいい。


「それじゃ、夜になったらギルドに集合ね!」

「はい!」


 そんなわけで、僕は一時的に単独行動をすることになった。

 冒険者になって初めてのことだったけど、不思議と不安感はない。むしろ使命感といえばいいのだろうか、やる気に満ち満ちていた。

 よし、それじゃあまずは――。


「きゃっ!」

「おっと?」


 メモを仕舞って、聞き込みを再開しよう。

 そう思って一歩を踏み出した、その時だった。


「あぁ、大丈夫? ごめんね、ケガはないかな」

「うぅ、大丈夫です。すみません……!」


 猫耳を生やした女の子とぶつかってしまったのは。

 尻もちをついた、僕よりも一回り小さな少女。栗色の短い髪に、くりっと円らな黒の瞳が愛らしい子だった。手を差し出すと、どこか困惑したような表情を浮かべている。


「どうしたの?」

「……あ、いえ。ミミは大丈夫です。自分で立てます」


 どうしたのかと思い訊ねると、自分のことをミミと呼んだ少女は立ち上がった。

 それがこの子の名前、だろうか。


「ご迷惑をおかけしたです!」

「ううん。こっちこそ、前を見てなかったからね」


 深々と頭を下げるミミに、僕はそう言った。

 そして、ふと気づくのだ。


「あぁ、やっぱりケガしてるじゃないか」


 短いパンツを履いた少女。

 むき出しの、綺麗な脚――その膝が擦り剝けていることに。


「え? あ、これくらいは大丈夫です!」

「だめだよ。ばい菌が入ったら、大変だって! ちょっと待ってね!」


 僕はポケットから、消毒液を取り出す。

 そして簡単な応急処置を施した。


「あ……」

「よし、これで大丈夫!」


 微笑みかけると、ミミはどこか驚いたように目を丸くする。

 しかしすぐ我に返ったのか、また深々と頭を下げてこう言った。


「あ、ありがとうございましたです!!」


 そして、足早に去っていく。

 慌ただしい子だな、と思いながら僕はその背中を見送った。


「さて。それじゃあ、改めて調査を再開しよう!」



 気持ちを切り替えて。

 僕はふと、あることに気が付いた。



「あれ、メモはどこに仕舞ったんだっけ……?」



 懐に入れたはずの、調査メモがなくなっていることに。



 

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